妖精王の白騎士
「モルル先生。ジャッキー・チェンは人類の動作見本として適切ではありません」
川畑は実験台に突っ伏した。
「ジーン・ケリーのが得意?」
「拘束されてジーン・ケリー見せられるって、それなんて時計仕掛けの柑橘類……」
「テストコース作ってキートンチャレンジする?」
「ワイヤレスで重力定数が間違った動きする人達を標準事例にするのはやめて欲しい」
「お前だって重力定数ぐらい変えられるだろ」
「俺はできるだけ物理定数には真摯でありたいんだ」
敬虔な神父のように胸に手を当てた川畑を見て、モルは呆れた。
「そういえば妖精王から面白い物を貰ったぞ」
そう言ってモルが取り出したのは、フルプレートアーマーだった。
「これはまた……派手だな」
白を基調に金装飾。青い宝玉のあしらわれたそれは、金髪碧眼の妖精王が着たら似合いそうな代物だった。
「お前用だって」
「ぶっ!……冗談だろ、派手すぎて顔が負けるわ」
コスプレだとしても様にならない。
「フルアーマーだから面頬を下ろせば大丈夫?」
「お前もダメだと思ってる口調じゃないか」
「うーん。でも、物はいいんだぞ」
「せめてもうちょっと装飾を大人しくしてくれたら……」
モルは腕組みをして、川畑と鎧を見比べた。
「よし。私がこの妖精王センスのデザインを地球風にリメイクしてやろう。せっかくくれたんだから着てやらんと悪いからな。色は諦めろ。デザインも色も変えたら妖精王が気を悪くする」
「うーん」
川畑は眉根を寄せた。
「待てよ。これって妖精基準ではカッコイイってことだよな。おい、カップ、キャップちょっと来い」
「はーい」
「あ、カッコイイ。妖精王さまのナイトのよろいだ」
「やっぱりそうか。これ、あっちの世界の妖精にも受けるかな?」
「ぜったいみんなステキっていう!」
「妖精王さまのナイトはとくべつ!」
青と黄色の妖精はぴょんぴょん跳ねて大騒ぎした。
「よし。モルル、これ俺の体に合うようにサイズ調整してくれ。今、いってる世界で、これを着ていきたいところがあるんだ」
「サイズは最初からお前用だけど、どこに行くつもりなんだ?」
「エルフェンの郷。妖精が棲む森だよ」
エルフェンの郷へは、迷落の森の迷宮の最深部から行けるが、森番の家から洞窟まで歩くのが面倒だったので、妖精王の城から行くことにした。
カップとキャップの案内で、妖精王の城にあるエルフェンの郷につながる門の前まで行ってから、一度、賢者の家に戻って、鎧を着る。
「(翻訳さん、中身が俺ってばれるの嫌だから、声とかエフェクト掛けてくれ。鎧に合わせて美化でもなんでもして構わない)」
なげやりに指示を出して、兜を被る。
背中に深紅のマントが現れ、風もないのにたなびいた。
「よし、行くか」
川畑はエルフェンの郷への門をくぐった。
木漏れ日のさす静かな森の中を、エッセルは花飾りを持って歩いていた。森の奥を一人で歩くのは初めてなので緊張する。今日はエッセルにとって特別な日だ。数々の試練を経て、あとはこの形ばかりの儀式を終えればエルフェンの郷でようやく一人前と認められる。
森の奥に祀られた祠に着く。祠の周囲を丁寧に清掃し、内部の精霊門に花飾りを捧げる。儀礼上の聖句を教えられた通りに唱えれば終わりだ。
祈りを捧げる前には、手足を水で清めなければならないのを思い出して、エッセルは祠の外に出た。祠の脇に泉が湧いていたから、あそこで洗えばよい。
澄んだ泉のほとりで足を洗おうとして、困った。儀式用の服は裾が長く飾りが多いので、泉で足を洗おうとすれば濡らしてしまう。
実際は"足を清める"といっても、儀礼上のことなので、足先に少し水をかければ良いだけだったのだが、細かい作法を聞いていなかったエッセルは、しっかり洗う必要があると勘違いしていた。
礼服を脱ぎ出したエッセルを見て、祠の近くの茂みに潜んでいた郷の若者二人は焦った。
最終試練として、儀式のあとで気が緩んだところで、祠を襲って来る魔獣を追い払わねばならないという茶番があるのだ。二人は魔獣……実は郷の術者が創ったそれっぽい動きをするデコイ、を放つ係として茂みに隠れていた。
エッセルの行動は完全に二人の想定外だった。二人がここに来て隠れて様子を見ていることは、儀式の関係者は全員知っている。もし、エッセルが郷に帰ってネタばらしをされたとき、泉で服を脱いだことを話したら、二人が社会的に死ぬのは確実だった。
エッセルは単に若い娘というだけではなく、体つきが年のわりに……という域を飛び越えて種族の上限を越えそうな勢いで凹凸の激しい娘だった。本人も気にしているから、郷の若者は皆、気をつかって、できるだけそういう目で見ないようにしていた。
そのエッセルの脱衣を覗き!
吊し上げられなくても、今後の郷の酒宴のたびにネタにされるのは間違いない。
「エッセルのやつ、なに考えてるんだ」
「どうする?これ以上はヤバイ」
首飾りを外して、薄絹と一番上の長衣を脱ぎ終えたエッセルは、ほっそりした腰に巻いた長い帯を解き始めた。
追い詰められた二人は、ままよとばかりに魔獣の戒めを解いた。
邪魔な飾りとずるずるした上着を脱いで、ようやく帯をほどいたところで、エッセルは獣の唸り声に気づいた。
はっとして顔を上げると、背後の茂みから、真っ黒な恐ろしい獣が襲いかかって来た。
「やっ……」
とっさに魔術で攻撃しようとしたが、ほどきかけの帯を踏んで、泉に転がり落ちてしまう。
「あぁっ、いやぁっ!」
大惨事の予感に、若者二人は目を覆ったまま茂みから逃げ出した。
影のような黒い獣が迫る。
エッセルは浅い泉の中で腰を抜かして座り込んだ。
もうダメ。
思った瞬間、金色の光線が走り、最後のひと跳びでエッセルに迫っていた獣を貫いた。
「はえ?」
真っ赤に燃え上がった獣は、ボロボロと崩れて消えた。
エッセルは光線が飛んできた方向……祠の扉の方を振り返り、呆然とした。
そこには気高く美しい精霊の白騎士が立っていた。
「大丈夫か」
一声かけられただけで、その美声に心をとろかされる。炎のような赤いマントをたなびかせながら、祠の石段を降りる白騎士をうっとりと見つめながら、エッセルは夢見心地で立ち上がった。
「君は泉の女神か」
「ふわぁい……」
帯も下履きも落ちて、下衣の薄物1枚が濡れて張り付いた水浸しのむごい有り様だったが、騎士に目も心も奪われていたエッセルは、自分の状態にまったく気づかなかった。
「(なんか、マンガのキャラクターみたいな女の人だな。金の斧と銀の斧持ってそう)」
限定解除の言質を得たせいで、翻訳さんがフルパワーの美化を発動させているとは露知らず。川畑は、これまた逆に翻訳さんによって徹底的に全年齢対応にデフォルメされたエッセルを見て呑気なことを考えていた。
謎の透過光とキラキラエフェクトましましで表示中。
スーパーカップさんは、薄着で水から出てきたので、翻訳さんによって人魚と同一カテゴリに分類されました。




