表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

359/484

退避

「急にいなくなって。どこに行っていたんです」

土産物屋のある賑やかなあたりから少し離れた場所で、ヘルマンは探していた相手が、ふいに自分の傍らに戻ってきていたのに気づいた。心配したと文句を言いかけた彼は、戻ってきた従者の青年が、ぐったりしたガイドを抱えているのを見て、ぎょっとした。

「ど、ど、どうしたんですか?」

「暴漢に切られた。応急処置で止血はした」

「顔色が悪いですわ。あちらの木陰に寝かせて」

「彼を頼みます」

気を失っていて重いガイドの身体を押し付けられて、ヘルマンはよろけた。

「おい、どこに行くんだ」

「旦那様が誘拐されました。追います」

従者の青年は南門の方を険しい顔で睨むと、駆け出した。

「ぅおいっ!」

呼び止める暇もあらばこそ。

あっという間に、彼は走り去ってしまった。ヘルマンは和やかな観光中に突然起きた緊急事態に、すぐには対応できずまごまごした。

「誘拐……って……えぇ、また?」

「ヘルマンさん。まずはこの方の容態を確認いたしましょう。ジェラルド様のことは、彼に任せるしかありません」

「そ、そうですね。では我々はあちらの塀際に」

ヘルマンはヴァイオレットの言葉に従った。




「お嬢さん、上で何があったんじゃ?」

アバス老に問われて、従者の青年とともに戻ってきたアイリーンは、塔門の上で起きた騒動を説明した。

「緑色のターバン……ワシの店を襲った奴らと同じ一派じゃな」

「以前から敵対している相手なの?」

「シャーマの過激派どもじゃ。敵対しているというわけではないが、ワシが奴らにとって貴重なもんを持っとると誤解しておってな。あの兄さんを拐ったというなら、ワシがあやつにそれを渡したと思っとるんじゃろう」

アバス老の話に、アイリーンは少し考え込んだが、すぐに現実的な結論を出した。

「訳アリで犯人側で欲しい物がはっきりしている誘拐なら、さしあたって彼の命の心配はしなくて良さそうね」

アイリーンは、犯人の目的やジェラルドの奪還方法は後で考えることにして、まずは自分たちの身の安全の確保と、このガイドをどうするかを決めましょうと言った。


「賊に襲われて怪我人が出たのだから、神殿の者に連絡したほうがいいのではないですか。これだけ大きな神殿なら警備の担当者もいるでしょう」

ヘルマンのしごく真っ当な提案に、アイリーンはいささか歯切れの悪い様子で異を唱えた。

「ああ……んー。それはちょっとやめておいたほうが良いかも」

「なんでですか?」

察しの悪いヘルマンは、ストレートに聞き返した。

「別にこちらは何も悪いことをしていないんでしょう?」

「そうなんだけど、そうじゃないっていうか……その……()がね」

視線を泳がせたアイリーンに、残りの全員が嫌な予感で真顔になった。

「私達を助けるために、塔の外側を登ったのよ」

「外側……?」

一同はそそりたつ巨大な塔門を見上げた。その表面にはびっしりと彫刻が施されている。鳥獣や装飾紋もあるがメインは神像だ。

「あやつ、神々のお姿の上を土足でよじ登ったのか」

アバス老は、罰当たりなモノを見聞きしたときにする魔除けの仕草をした。

「あれ?そういえば、重症で意識のないこの人が今、下にいるということは?」

「ご想像の通り、彼が抱えて降りたのよ……外側を」

アイリーンは目を閉じてこめかみをさすった。


「どうしてだかわからないけれど、幸い誰にも見咎められなかったようなのだけれど……どうやって無事に降りられたのか、とてもじゃないねれど神殿の人に事情を話せないわ」

「それはそうじゃな。よくもまぁ、こんなに人目のあるところでそんなことをして騒ぎになっていないもんじゃ……」

アバス老は、そういえば先程、従者の青年がいなくなったとき、下にいた3人が誰も塔門の方を見ようともしなかったことに気がついた。よく考えたらそちらに行ったと考えるのが普通なのに、塔門の反対側ばかりを見ていた気がする。

さっきまで自分たちがいた土産物屋の方を見て、アバス老は、おや?と思った。土産物屋付近にいる人々は、てんでバラバラに行動していて、あちこち好き勝手な方向を向いているのに、こちらに顔を向ける人がいない。たしかに自分達がいるのは特になにもないあたりだが、それにしてもいささか不自然だ。逆に塔門を見上げている人は、今はちらほらいる。


アバス老は、ふと青年の持っていた妙な魔除けを思い出した。彼は余計な横槍やいらぬ耳目を締め出したいときにアレを出していた。

「お嬢さん、お前さん、あの男から黄色い鳥の魔除けを預かっておらんかね?」

「これのこと?」

アイリーンは小さなポーチから黄色い鳥の玩具を出した。アバス老の眼には、今のそれは怪しく揺らめいて見えた。このあたりのそこかしこに祀られている神像などよりよほど強い力を発している。

「お守りだといって渡されたけど」

「うーん。なるほどのう……。大事にしまっておきなさい。わしらが余計なトラブルに巻き込まれんように渡してくれたんじゃろう」

こんなに強力かつ直接的な即時効果のあるお守りなんて、祭器でもありゃせんわいと、アバスは内心で呆れた。




「しかし、そういう事情なら早めにここを出たほうがいいですね」

ヘルマンは神経質に眼鏡をくいっと押し上げて、鋭い目つきであたりを警戒した。一緒に過ごす時間が多いと、どうも情けないイメージが先行してしまう彼だが、そうした立ち姿だけ見ればなかなか頼もしそうではあった。

「ガイドの方の容態はどうですか」

「応急手当は終わっているけれど、きちんとお医者様に診ていただいたほうが良いですわ。ホテルに戻ってお医者様を呼んでいただきましょう」

ガイドの傍らで様子を確認していたヴァイオレットは、心配そうにそう提案した。

「いや、ホテルは無理だ。宿泊客でもないただの地元ガイド相手にそういう対応はしてくれんよ」

アバス老は、あの手の富裕層相手のホテルはそういうところはシビアだと言った。

「こやつ、実家が近くにあると言っておったよな。身内のところに連れて行くのが一番いいじゃろう」

「ああ、たしかに。宝石付きの土産を買うなら、このあと案内すると言っていましたね。町外れの池だかなんだかの側だと」

「南の聖なる池(ティールタ)じゃ」

古王国の都を守る堀の名残だという。名前は仰々しいが、現在は年に一度、祭事がある程度のただの池だとガイドは語っていた。


「では、お嬢様方は先に安全なホテルにお戻りください。私とアバス殿で彼を送りましょう」

一時のパニックから完全に立ち直ったヘルマンは、キリリとした態度でヴァイオレットとアイリーンにあとは任せるようにと告げた。

「わかりましたわ」

ヴァイオレットはヘルマンの言葉に素直にうなずいた。

アイリーンは、思案げに眉を寄せた。

犯人一派がどうやってジェラルドがここに来たことを知ったのかわからないが、宿泊先も突き止められている可能性は高い。彼らがジェラルドを拐ったことで、目的を達せていなかった場合、再び自分達を狙うとしたら、行く先はホテルだ。

ここは下手に別れずに全員一緒に行動したほうがいいと提案すべきか、アイリーンは迷った。しかし、治安がどうなのかわからない郊外にヴァイオレットを連れて行くよりは、ガードマンのいるホテルの方が、たしかに安全だろう。結局、彼女はそのままヘルマンの提案に従うことにした。

「どうぞお気をつけて」

「我々も、彼を実家にあずけたら、すぐにホテルに戻ります」

ヘルマンは、自分が保護するべき女性二人と老人の顔を見て一つ頷くと、横たわる怪我人を見下ろした。


「(やっぱり私が運ぶしかないのかな……)」

ヘルマンは自分が抱えることになるものの重さに胃が痛くなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ