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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

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塔上

そろそろ戻ろうか、と声をかけられたアイリーンは、最後にちらりと下の土産物屋にいる青年に視線を送った。

まだこちらを見上げてくれている。

「(ああ、もう。カワイイなぁ)」

自分の思考が、油断するとすぐバカになるのが怖い。

「(仕事忘れそう)」

気を引き締めて振り返ると、下り口の脇に屈んでいたジェラルドが、大きく身を仰け反らせた。


「え?」

狭い下り口から、何者かの手が伸びてジェラルドに掴みかかろうとしている。ジェラルドはその手を払って避けたが、体勢を崩した。

「なにをするでございますか?!」

変な敬語のままガイドが間に割って入ろうとするが、足場が狭いので思うように動けない。出てきた男とジェラルドとガイドの3人が、下り口付近で揉み合う形になった。

銀色の刃が陽光にギラリと光った。

あっと思ったときには、ガイドが苦痛の叫びを上げていた。


緑色のターバンを巻いた男は、曲刀の柄でジェラルドの頭を強打し、うずくまるガイドを突き飛ばした。

「ガイドさん!」

とっさにアイリーンは、駆け寄って手を伸ばした。狭い足場から転げ落ちそうになったガイドの服の端をかろうじて掴む。大の大人1人の体重に、自分も一緒に落ちそうになるが、膝を付きすぐ脇の彫刻に手をかけて、ギリギリこらえた。

顔を上げると、緑色のターバンの男がジェラルドに羽飾りの付いた毒針っぽいものを突き刺しているところだった。


でかかった悲鳴を喉の奥に押し込んで、アイリーンは奥歯を噛み締めた。殺す気ではないはずだ。殺すならさっきの曲刀で首を切ればいいだけだ。

ジェラルドはぐったりしている。

アイリーンはジェラルドを救うためにはどうしたらいいか考えた。

ガイドは意識はあるようだが、まともに身動きは取れない状態らしい。身体が足場から完全に滑り落ちていて、アイリーンが服の端を引っ張っているおかげで、なんとかそれ以上は落ちずに済んでいるだけだ。非力な女の身で彼を引き上げて安全を確保するには時間がかかる。その間にジェラルドはどうされるかわからない。

かと言って、ここでガイドを見捨てても、彼女がこの場でジェラルドを救えるかどうかは怪しい。あちらからこちらは丸見えで、動ける範囲もほぼないのに、こちらからはジェラルドが邪魔で、竪穴の中の相手はほぼ見えないからだ。


一瞬の逡巡のうちに、緑色のターバンの男は、意識を失ったジェラルドを竪穴に引き摺り込んだ。

「待ちなさい!」

待てと言われて待つ奴はいないという言葉を思い出しながら、アイリーンは一か八か彫刻を掴んでいた方の手を離した。竪穴のジェラルドに向かって身を乗り出すが、ガイドの青年の体を支えたままでは、流石に無理があった。

「(失敗した)」

想像以上に外側に引かれた体の嫌な浮遊感にゾッとする。これだけの高さから落ちたら無事ではすまないだろう。

空を掴んだ手の先で、ジェラルドの金色の頭が竪穴の闇の奥に消えた。


「(なにか次の手を……)」

何もかもがゆっくりに感じた。

どうにもならない状況で、どうにかする方法を、頭が高速で模索するその刹那のうちにも、体は塔門から落ちる方向に傾いていく。身体の芯がゾクリとして、頭がカッと熱くなった。

ここが限界……と思ったところで、大きな力強い腕が、アイリーンをしっかりと抱きとめた。


「アイリーン」

「ふぇ……なんで?」

さっきまで下にいたはずの青年の腕の中で、アイリーンは思わずマヌケな声を上げた。安心感とさっきまでの緊張が一度に押し寄せて、冷や汗が出るのに体が熱くなって、目が回りそうだった。

「何があった」

無愛想な青年は、右腕で彼女を抱きかかえたまま、左腕一本でガイドを軽々と引き上げた。

「上がってきた男に襲われたの。彼は切りつけられて、ジェラルドは攫われたわ」

アイリーンはそこで1つしかない出入り口のはずの竪穴を見て、はたと気づいた。

「あなた、どうやってきたの?」

背後から自分を抱きしめている男は、たしかに神出鬼没だが、空でも飛ばない限り、あの狭い階段を通らずにここの塔門の上に来ることはできないはずだ。

「外側を登ってきた」

「はい?」

アイリーンは下を見た。

塔門は上部に行くほどややすぼまる尖塔を束ねたような形ではあるが、側面はほぼ垂直と言って良い。表面は彫刻がびっしりと施されているから、手掛かり足掛かりはあるといえばあるが、この高さである。一体、どんな勢いでどうやって登ったら、このタイミングで間に合ったというのだろう。


「旦那様を助けなければならないが、まず君と彼を安全なところに降ろす必要があるな」

「わ、私は大丈夫。でもガイドさんは傷が深そうだわ。どうする?」

あの階段をこの傷で一人では降りられない。ガイドは出血のために朦朧としていて、ほとんど意識がないようだった。それに階段は、まださっきの奴やその仲間が途中で待ち伏せしているかもしれなくて危険だ。

そして一番重要なことだが、大柄で肩幅の広い彼は、あの狭い階段を通れない。


「俺にしっかりと掴まっていてくれ」


しっかりと掴まっているのは、まったく嫌ではなかったが、塔の外側を人二人連れて降りるのは、無茶だとアイリーンはつくづく思った。

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