土産物
一摘み程のサイズの木の実は、殻の上部が象の形に彫刻されていた。
「細かい」
「そこを摘んで外してみなよ」
象の部分は蓋になっているらしい。
外すと中から米粒の半分ほどの大きさの象の彫り物が12個出てきた。
「……細かい」
「気に入ったら買っとくれ」
土産物屋は、神殿の広大な敷地の一角にかたまっていた。どうやらこの場所では商売が容認されているらしい。専売だの公認だのといったルールはないようで、きちんと屋根がある店よりも、ゴザを敷いただけの露天商が多かった。
並ぶ品は、縁起物やお守りから、骨董、安いアクセサリなどで、玉石混交と言いたいが、古美術商のアバス老に言わせると「パチモンのガラクタばっかり」だそうだ。黒街にもいたような水屋が、”聖なる健康水”をうたって、ぼったくり価格で水を売っているあたりで、色々お察しである。
それでも置いてある土産物の中には、風変わりなものや、なかなか凝った細工のものもあって、川畑はヴァイオレット達と一緒に、楽しく露天をひやかしていた。
細工神殿という品は、人気の土産なのかあちこちの店にあった。片手で持てるサイズの寄せ木細工で、前蓋を扉状に開くと、中から神話や説話の細密画と神像の彫刻が現れる。ちょっとしたカラクリ細工風の造りで、絵や彫刻の出来は、美術品とまでは言えないレベルだが、どれも細かく手が込んでいた。とにかくバリエーションが多く、店によっては、中央に入れる細密画や神像を自分で選んで入れて”自分だけの祭壇”をカスタマイズできるところもあり、流石は主神のない多神教という様相だった。
「王国の御主人様のコレクションで似たような物を見ました。精緻な細工で貴重な品だと思っていたのですが……観光客向けの土産物だったのですね」
「ピンキリじゃよ。ここにあるものは二束三文の安物だが、古王国期の豪族が作らせた逸品だと、たいそうな値がつく。そういうものは見るからに出来が違うがな」
「たぶん御主人様のは、このあたりのものと同レベルかと」
ヘルマンはがっかりした顔で肩を落とした。
「お客さん方はどこの神様の眷属かね?うちでなにか買ってくれたら、好きな神様のお札を付けるよ」
売り子の手には薄く削った木でできた札があった。焼印だろうか。神像が描かれている。
「香りがいいよ。家に飾ってもいいし、裏に望むことを書いて、そこの献火台で焚き上げれば、神様に願いを運んでくれるし、厄落としにもなるよ」
どうやら絵馬と線香を兼ねた代物らしい。
「表も自分で書ける札はあるか?」
「ああ、神無札もあるよ。ほれ」
川畑は木札を受け取って苦笑した。これはなにか買わねばなるまい。
「では、この青色の象を貰うとするかな。いくらだい?」
店員の提示価格を聞いて、アバス老が鼻で笑った。外国人の金持ち観光客と見て相場の10倍以上ふっかけてきたらしい。10倍だとしても川畑の感覚からすると、1つあたりの工賃がいくらで作っているのか心配になる値段だったので、そのままなら言い値で買いそうなところだった。しかし、黒街で長年、店を構えているアバス老が、価格交渉なしの買い物などさせるわけもなく、あれよあれよと言う間に、土産物の価格は3分の1以下になった。
「えぐい爺さんだなぁ。勘弁してくれよ」
「まだまだぼっとるクセに何を言うとる」
鼻白む土産物屋と、ここからが本番だと、鼻息を荒くするアバス老の間に入って、川畑は穏やかに「では、もう一つ黄色いのも付けてもらおうかな。それでどうだい」と硬貨を差し出した。
「へい、まいどあり」
土産物屋はこれ以上値切られる前にと、さっさと金を受け取って、商品を川畑に渡した。
川畑は、青と黄色の小さな玩具を、手の上で転がして、満足気にうなずいてから、それを大事そうにポケットにしまった。
「旦那、子供への土産かい?」
「ああ。うちのチビ共はこういうのが好きそうだと思ってね。久しく会えていないんだが」
「じゃあ、お子さん達に早く会えるように神様にお祈りしなよ。もう一枚札をやるから」
気前のいいところをみると、2個であの価格はやはり相場よりまだ高めだったらしい。川畑は礼を言って木札を受け取った。
「おぬし、故郷に子供がおったのか?」
土産物屋を離れたところで、アバス老が小声でそう尋ねてきた。
「実の子供ってわけじゃない。訳あって引き取った奴らなんだ。今は友人が面倒をみていてくれる……はずだ」
川畑はかわいい小妖精達のことを懐かしく思い出した。どっちかというとジャックの面倒をみているのがあいつらかもしれんと思うと、ため息が出た。
「きっと元気にしとるよ」
どこかいたましげに、老人は川畑を慰めた。
この青年が王都の奴隷商の元で売られていたことを知っている者たちからすると、故郷に残してきた子供達に、渡す宛もない土産を買ってため息をつく姿は、涙を誘うものがあったのだが、とうの本人はそんな外野の勝手な想像は知る由もなかった。
「そろそろ南門組は最上部に上がれただろうか」
巨大な塔門を仰ぎ見た川畑は、その頂上でアイリーンがこちらに手を振っているのに気づいた。
「あ!おーい」
届かせる気もない程度の声だが、ついそう言って、手を振り返した。だからどうというものではないが、こういうのはなんとなく楽しい。
アイリーンはしばらくこちらを見ていたが、あたりを見回したり、後ろにいるジェラルド達となにか話したりした後で、塔の端から彼らのいる中央部に戻っていった。
そのあたりに出入り口があるのだろう。屈んでいたジェラルドが、不意に大きく身を仰け反らせた。
「(しまった)」
川畑は、知覚を絞った状態で、護衛対象と離れすぎていた己のミスに気付いた。




