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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

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旧王都

お師様の口利きで館の主人が用意してくれたのは、8人乗りの小型艇だった。

「オーニソプター……」

「皇国製の特注機です。どうぞお乗りください。パイロットとガイドが同乗させていただきます。皆様のお荷物はすでに積込み済みです」

どうやらシダールの最上クラスの富豪達は、プライベートジェットの感覚で、この手の小型航空機を所有しているらしい。ヴァイオレットがこちらに来るときに幼馴染の若様が手配してくれたのも、これより一回り小型のオーニソプターだったという。


空を飛ぶ金属塊に乗ると聞いて、やっと少し体調が回復したばかりのヘルマンは青ざめ、つい最近、曲芸飛行につきあわされてひどい目にあったばかりのジェラルドは苦い顔をした。

しかし、これを使わない場合に、舟と馬車でどれくらい時間がかかるかを聞いた時点で、二人はあっさり了承した。女性二人は航空機になんの忌避も感じてはいなかったし、もちろん川畑はいつもどおりの無愛想な顔のまま、全身からワクワクしているオーラを立ち上らせていた。

古美術商の老人は、最上級の古美術品だらけの屋敷に未練タラタラだったが、向かう先が古王国アシュマカの旧王都と聞いて、誰よりもノリノリで出発を急かした。


「それでは、快適な空の旅をお楽しみください」

屋敷の従業員が安全な位置まで下がると、海洋生物めいた細長いスマートな機体にそって畳まれていたトンボの羽のような薄くて半透明の翼がゆっくりと展開した。浮揚力の力場の発生装置の駆動音が高くなり、4枚の翼がそれぞれ高速で”羽ばたき”始めた。

豪奢で快適なシートに座った乗客は、あるいは座席の肘掛けを握り、あるいは目を閉じて祈り、あるいは優雅にくつろぎ、またあるいはパイロットの真後ろにかぶりつきで興奮気味に離陸シークエンスを堪能していた。


オーニソプターは、飛行機よりもむしろヘリコプターに近い挙動で浮き上がり、なんの問題もなくシダールの空を飛んで、無事に一同を目的地に運んだ。

ガイドとして付いたのは、アンシュという若い男だった。彼は婚礼の宴で川畑に競舞で負けたうちの一人で、そのせいか妙に親しげに川畑に接した。

彼は旧王都の出身だが、家業を継ぐのが嫌で、王国人向けの観光ガイドのようなことをしているという。やや敬語が怪しいが一応王国語が話せ、小型のものならオーニソプターの操縦資格もあるというので、見かけによらずなかなか優秀な若者であった。

オーニソプターでテンションが上がっていた川畑は、昨夜の塩対応が嘘のように気さくに応え、あれこれと質問した。彼らは意気投合して、技術と歴史と地理とダンスの些細な雑学で盛り上がった。


「旧王都が見えてきましたでございます」

アンシュは窓の外を指さした。

「お泊りいただくパレスホテルはあの右手の丘の上にある白い建物でございますです」

旧王国の陥落時に破壊を免れた小離宮を改装したホテルだという。シダールの富裕層や王国などからの観光客が宿泊する高級ホテルで、小型艇の発着場もあるらしい。

垂直離陸とまでは言わないものの、ほぼ滑走路無しで着陸したオーニソプターから降りた一行は、小休止の後、ホテル側が用意した馬車で観光に向かった。

どうやら紹介元の威光が効いているらしく、ホテルの従業員の態度は完全にVIPを迎えるそれで、ジェラルドやアイリーンの王国での身分を考えると、明らかに過剰なもてなしだった。

一般人なら恐縮しそうな状況であったが、ジェラルドもアイリーンも当たり前のような顔でそれらの最上級のサービスを受け、ヴァイオレットもまた勤め先が上位貴族で夫人のお供を度々していたせいか物怖じしていなかった。ストレスに弱いヘルマンも、平時に主人に従うだけの使用人ムーヴをしている分には、なんら動じずに、冷静なできる秘書としてふるまえる男だったので、一行は至って自然に歓待を受け入れた。


「お主らと一緒におると、なかなか平民がお目にかかれんお宝を山程見られて眼福じゃわい」

アバス老の言葉に、川畑はうなずいた。

ホテルが用意した馬車は、パレードでも使えそうな立派な6頭立てだった。さっきのオーニソプターの内装といい、この馬車といい、貼られた布地や、金具一つ一つが美術工芸品レベルで、御料車もかくやという豪華な造りである。

「乱世の王族より、後世の平和な観光客の方が、こういう贅沢を享受できるのでは、と思うと皮肉ですね」

どことなくしんみりと呟いたヘルマンを、ジェラルドは鼻で笑った。

「この程度で贅沢というのは平和な観光客さ。古王国の末期は、見せかけの平和にあぐらをかいた爛熟期の極みだったからな。テクノロジーの進歩に伴う利便性は今のほうが優れているが、王侯貴族どもの贅沢はこんなもんじゃなかった。……相当、破壊と略奪が横行したからろくに残っちゃいないだろうが」

「そうなのですか?では、元離宮だというあのホテルは、奇跡的にかなり良い状態で残ったのですね。素晴らしい造りの宮殿でしたもの」

「ああ。あれは、一番どうでもいいミソッカスの貧素な離宮だったから、誰もわざわざ手を出さなかったんだ」

「ええっ?!あれが貧素?」

「輝ける宝玉城の異名は、そう安くはなかったと言うことさ」

「贅の限りを尽くして、恨みと妬みを溜め込んで、はじけて滅びちゃったのね。さもありなんとしか言いようがないわ」

「それは略奪も横行しますね」

「もったいない。富と芸術のコレクションは、集めるのには偏執狂的な熱意と才覚が必要だが、散逸するのはあっという間なんじゃ。しかも散り散りになると、その総てが揃っていたときよりもはるかに小さな価値しか持たなくなる」

古美術商は顔をしかめた。


「されど水は低きに流れ、万物はチリに還る……」

この世界でもエントロピーは増大する法則はあるのかな?と考えたところで、川畑はふと不安になって口を閉ざした。うっかりその先入観で物事を捉えすぎると、この世界の法則に、現代地球物理を組み込みかねない。川畑は慌てて、自分が世界属性(ワールドプロパティ)に干渉していないか自己チェックして、受動的なものも含めて相互作用範囲を極小にした。


「哲学的なことをいう男だな。それともどこかの教義かね?」

哲学よりももうちょっと身も蓋もない問題でバタついていますとはおくびにも出さないで、川畑は「どうでしょうね」とだけ応えた。

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