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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

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「迷いがあるかね」

「若いうちは尽きせぬ悩みに悶え苦しむのが当たり前だと人に教えられましたが、それにしても、己の悩みは俗過ぎて、嫌になります」

「悩みとは俗なものよ」

瞑想室で向かい合って座っている”お師様”は、温和に微笑んだ。


徹夜踊りに参加したくない川畑は、お師様との修養の約束を理由に、宴会を抜け出した。あのままアイリーンと一緒にいるとどうかしてしまいそうだったので、一度冷静になりたかったというのもある。

特に具体的なお悩み相談をしたわけではないが、お師様とポツポツと言葉をかわしながら、魔力循環や整体の単純作業を行っていると、なんとなく落ち着いて、いつもどおりの自分に戻れたように思えた。


「食や睡眠は過剰に摂れば身を損なうが、断てば人は生きられぬだろう?人との交わりは精神の食であり休養だ。断てばやはり身を損なう」

己を律することは必要だが、過ぎた禁欲は歪みの元だと、お師様は川畑に語った。

「俺は……食と睡眠は、実はなくても結構生きられます」

「体がもつことと、健やかに生きることは別だ」

身を清め、滋養をとり、ゆっくりと眠る。

自分ではまだ大丈夫だと思っていても、心が疲弊しているときはある。可能であるならば、そうやって身を整えなさい、とお師様は説いた。

「神ならぬ身なれば、神々には不要な世俗の憂いから体をまず解放しなさい」

身体が整えば、精神も安定する。

気を整え、己を平静に見つめ直し、それでも晴れぬ憂いがあれば、神に問うのが正しいありかただと言われて、川畑は控えめに苦笑した。

「神に己の弱みを託すのは嫌ですね」

「今どきの若者らしい言だ」

お師様は、川畑に古い神殿を訪れることを勧めた。

「人が今よりもずっと身近に神を感じていた時代の息吹を感じることができる。根源と向き合えば、自ずから信仰が何たるかもわかろう」

川畑は少し考え込んだ後で、訪ねてみたい神殿があるが、道を知らないし、行く手段がないと相談した。お師様はそれならばと、便宜をはかることを約束してくれた。

「まずは今夜はゆっくりと休みなさい。良いな」

徹夜踊りに戻る気のない川畑は、お師様に寝台できちんと眠ることを約束した。




「(忘れていた)」

川畑は寝室に1つだけ鎮座している大きなベッドの前で途方に暮れた。


「いいわよ。ベッドで寝なさい。あなた結局、昨日はまったく眠っていないのでしょう?」

アイリーンは躊躇する川畑に、ベッドに入れと命じた。

「いや、俺は床でも眠れるし……」

「何言ってるの。こんなに広いんだから気にすることないわ」

入浴を済ませ、髪をおろした彼女はシダール風の薄手の白い夜着の上から王国風のナイトガウンを羽織っていた。

少し不満そうに子供っぽく口を小さく結んでむくれている表情は、すごく可愛かったし、腕を組んだせいで強調された胸元は、迂闊に視線を送ると世が世ならセクハラで訴えられかねないボリュームだった。


川畑は、ゆっくり寝れば迷いが晴れる可能性はあるが、ゆっくり寝るためには迷いを吹っ切らないといけないというジレンマに直面した。


自分は割と欲望に忠実で、状況に流されやすく、かつ調子に乗って羽目を外しやすいタイプだと自己分析している川畑は、これは危機的状況だと判断した。

「……安眠できる気がしない」

「私、そんなに寝相の悪い方ではないし、鼾や歯ぎしりもしないはずよ」

「そういうことでは……」

「寝付きが悪いならナイトキャップでも飲む?」

「酒はやめておく」

眠くなるほど酔おうとしたら相当強い酒をかなりの量飲む必要がある。ただでさえ危ういのに、酔って理性が飛んだ自分なんか一欠片も信用できないと川畑は思った。それこそ睡眠薬か何かで一気に眠くならないとまずいだろう。


「そうだ。いいものがあった」

川畑はいつぞや帽子の男からもらった香炉のような見た目のアイテムを取り出した。

「なあに?それ」

「安眠できる香だ。貰い物だが俺用に調合してあるそうで、前回使ったときは夢も見ないで朝までしっかり眠れた」

これを使えば、きっと何も問題なくぐっすり眠れるだろうと、川畑は香炉を枕元にセットした。




特になんの香りもしないのに、その香はしっかり効いたようで、彼は寝台の右端でたちまち安らかに眠ってしまった。

「(本当に彼用なのね)」

アイリーンはちょっとおもしろくない気分で、寝台の左端で横になった。

疲れているはずだが眠れる気がしない。

「(私にも効けばいいのに)」

寝返りをうって隣を見れば、灯りを落としきっていないせいで、無防備に眠る彼の横顔がよく見えた。

窓の外から宴のさんざめきが遠く聞こえる。


「(”嫌いでない相手”の隣で眠るのは平気だったけれど、”好きな相手”だと全然違うものね)」

アイリーンは、憎たらしいほどスヤスヤ寝ている男をしばらく見つめているうちに、どうにも腹が立ってきた。

「……こら、こんないい女が隣りにいるのに、何ぐーすか寝てるのよ」

半身を起こして、小さく呟く。

相手は眠ったままだ。これだけしっかり寝ていたら少々のことでは起きないだろうと思うと、アイリーンは少し大胆になった。

彼女は身を乗り出して手を伸ばすと、彼の少し癖のある短い黒髪にそっと触れた。

「帽子掛と踊るほど孤独なら、すがってくれていいのよ。気遣おうとして、私を拒まないで」

相手を愛おしいと思う心が指先から伝わればいいのにと思いながら、髪をすくように頭をゆっくりと撫でてみる。

彼は目覚めない。


庭園で彼が教えてくれた歌では、ヒロインは自分の心を伝える勇気をくださいと神に祈っていたけれど、心を伝えるのに神の力なんていらないな、とアイリーンは思った。

「”貴方は一人じゃない”」

ヒロインが怪人に歌うフレーズを口ずさんでみたが、自分の心はこっちではない感じがした。


キミヲアイス……


孤独な怪人が最後にヒロインに伝える言葉のほうがいい。

自分を一顧だにしなくて、他の人の元に去っていく相手にこう告げる怪人の気持ちのほうが、自分にはふさわしいと思えた。

「(でも、あなたは怪人の最期は嫌いなんだっけ)」

そう思ったら悲しくなった。


「もし少しでも私を好ましいと思ってくれるなら、今宵この一時だけ私の想いを受け取って。本当に嫌なら拒んでいいわ」

眠る相手が拒めないことを知ってこう告げる卑怯な自分に辟易としながら、アイリーンは身を乗り出した。

自分の思い出のために、額に一つだけ口付けをさせてもらおう……そう思って顔を近づけたところで、彼が目を開けた。


「(ここで起きるの?)」

やっぱり拒まれるのかと気落ちして、自嘲気味に微笑んだアイリーンを、川畑はぼんやりと見上げた。寝ぼけているらしい。

「気にしないで。おやすみなさい」

「ああ。おやすみの挨拶か」

不明瞭にそう呟くと、川畑は彼女の後頭部に手を回した。

「え?」

「おやすみ」

彼はいわれたとおり何も気にせずに、以前賢者に教えられた”おやすみの挨拶”をした。


「もう一度……いい?」

時空監査局謹製のたちの悪いアイテムの影響下にいる川畑は、もちろん断らなかった。

彼女が望めば、彼は際限なく応じた。




翌朝、彼は何一つ覚えていない状態で、すっきり爽やかに目覚めた。

アイリーンは彼に、以後香炉の使用を禁ずると命じた。

入学、入寮諸々の私事が忙しく書き溜めが底をつきました。シダール編はもうちょっと続きますが一時休憩をいただきます。

(書き上げてから数日後に見直して手直しする時間がないとひどいことになるので)

章の間ほどの期間はいただかない予定です。申し訳ありませんがよろしくお願いいたします。

最近、毎回「いいね」くださっていた読者様!とても励みになりました。ありがとうございます。

できるだけ早く再開しますので見捨てず、お待ちいただけるとありがたいです。


本章あるいは本章の途中から読み始めた方は、この機会に、本章前の小話あたりなどを読んで過ごしていただければと思います。

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