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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

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連勝

「あいつは”乱舞”って奴だ。トリッキーな技が得意で、競舞では相手のペースを乱しに来る。気をつけろ」

「……ああ」


「次の相手は”飛天”の二つ名持ちだ。あいつめ。さてはさっきのおまえのハイジャンプで闘争心に火がつきやがったな。奴は天を舞うような軽いステップとジャンプ系が得意だが、パワーはないから迫力で押せばいけるぞ」

「……わかった」


「ついに”キング”がお出ましだ。すげぇな。こういう場であいつが自分から競舞の挑戦者になるなんてもう何年も見たことがないぞ!」

「…………いや、それはともかく、お前は何なんだ」

川畑は、なぜか身内ヅラして解説役に収まっている調子のいい男を睨んだ。

「俺はアンシュ。”歌舞の申し子”なんて呼ばれることもあるくらい、ここいらじゃちょっと有名なダンスの名手なんだぜ」

さっきはお前にしてやられたが、あれはおまえのあの奇抜なステップに驚かされただけで、もう一度やれば勝てるだのなんだのほざくチンピラ顔の若者は、たしか3人目あたりの挑戦者だ。

色黒でいかにもシダール人という風貌だが、愛嬌のある二枚目半で、どことなくジャックに雰囲気が似ている。スマートだがバランスよく筋肉がついた身体は体幹がしっかりしていて、身ごなしはしなやかだ。……ジャックよりも女にモテそうな感じだと川畑は思った。

「俺のパートナーから離れろ」

川畑はアイリーンを抱き寄せて、アンシュにしっしと追い払う仕草をしてみせた。


”俺の”と言われて腰に手を回されたアイリーンは、隠しきれない……というか隠す気もない喜びでとろけるような笑みを浮かべて、黙ってされるがままになっていた。うっかり声を上げたり、現状を指摘したら、おそらくこの難儀な男は妙な線引を思い出して、あわてて手を離して、下手をすると謝ったりしてきかねない。

「(そういうところもキライじゃないけれど、今はこの感じが幸せだわ)」


独占欲丸出しの男と、その男にべた惚れの美女のラブラブカップルにしか見えない二人に、アンシュはアテられて辟易としたと言わんばかりの顔をしてみせた。

「へいへい、わかりましたよ。こちとら競舞で負けた身だ。あんたの女にゃ手を出さねーよ。でも、ほら。曲が変わるぜ。早く準備しな。”キング”は一筋縄じゃ勝てない相手だ。その美人さんを不幸にしたくなけりゃ、頑張れよ」

あいつは女を虐めて喜ぶ趣味があるって噂だぜ、と言ってアンシュはニヤリと笑った。

川畑の手に力がこもった。

うつむいてピクリと身を震わせたアイリーンを安心させるため、川畑は腰に回していない方の手で、彼女の背中をあやすように軽く数回叩いた。

「大丈夫。貴女は誰にも渡さない」

もう少しでこめかみに口付けるほどの距離で、低くそう告げられて、アイリーンは腰が砕けそうになった。

「(どこまでその気で言ってくれているのか判らなくてつらい〜っ!!)」

”惚れたほうが負け”とは良く言ったものだと泣きたい気持ちで思いながら、アイリーンは不安げに揺れる潤んだ眼差しで、川畑を見上げた。

「信じてるわ」

無愛想な男は、少しだけ目元を和らげて、彼女の頭をポンポンと撫でた。

「勝ってくる」




勝ってきた。




「すげぇ!すげぇよ、お前!最高だ」

戻ってきた川畑は、興奮して早口で賛辞をまくし立てるアンシュを適当にあしらいながら、アイリーンの前に立った。

「勝った」

「素敵だったわ」

川畑はそろそろこの馬鹿騒ぎを終わらせて、部屋に戻ってゆっくりしたいななどと考えながら、アイリーンの手を取った。

「もしよければ……」

「なぁ、お前。覚悟しろよ。”キング”を倒した奴が出たとなったら、あっちこっちの腕自慢共が全員勝負を挑んでくるぜ。なんせお前に勝ったら”キング”に勝ったも同然だって言えるようになるからな」

アンシュにバンバン背中を叩かれて、川畑は眉を寄せた。

「もう、いい時間だぞ。そろそろお開きじゃないのか」

「バカ言え。夜明けまで踊り明かすに決まってんだろ」

川畑は助けを求めるようにアイリーンの顔を見た。彼女は同情するような微笑みを浮かべた。

「そういう風習なの」

「マジか」

「頑張ってね」


「踊り明かすなら……」

彼は、握った彼女の手に口付けた。

「君と踊りたい」

「(まるで愛を囁かれているみたいだけれど、これ、とりあえず約束を消化しておきたいだけって可能性が高いのが泣けるわよねぇ)」

アイリーンは、それでも嬉しいのが悔しいと思いながら、作法通り優雅に一礼した。

「喜んで」


彼女は彼に手を引かれて、一緒に中央に進み出た。はやりの恋歌の旋律が流れ始める。事前にした話を楽士が覚えていてくれていたらしい。アイリーンは、旋律に合わせて歌い始めた。季節の花だの空の色だのに恋しい人を想うといったあまりシチュエーションに具体性のないよくある歌詞だ。

「(メロディがきれいだから、気付きにくいけれど、この曲、相当に歌詞はベタよね)」

要約すると、会えなかった間、ずっとあなたが恋しくて、何を見てもあなたを想いました、という話だ。

他愛のない恋の歌だが、その分、自分に投影しやすいのが、こういう曲が流行る理由に違いないと思いながら、アイリーンは傍らの男を見上げた。

「(いるわけ無いと知っていても、その花の影からあなたが現れないかと思ったこと……あるわよ!あなたと出会ったときに咲いていた花が咲くたびに……思い出してたわよ。悪かったわね)」

特に気にしていなかった歌詞が、自分に投影した途端にズバズバ刺さって、アイリーンは猛烈に恥ずかしくなった。こんな通俗恋愛歌の恋する乙女の心情と自分が同等というのが容認し難い。しかし、うっかり歌詞の一部に感情移入をしてしまったせいで、何やら自分の秘めていた内心を吐露しているような心持ちになってくる。

「(これは歌詞だから。こういう曲だから。別に……あなたへの私の気持ちを歌っているわけではないから)」

頭の隅っこで、ものすごく沢山言い訳をしながら、アイリーンはずっともう一度会いたいと思っていた初恋の相手を見つめて恋の歌を歌った。


ほんのりと頬を染めて、艶のある伸びやかな声で恋心を歌うアイリーンは、人々を魅了した。

パートナーの男はこれまでの競舞の豪快さとはうってかわった優しい動きで、ゆったりと彼女をリードした。二人は曲調にあったエレガントなステップで、流れるようになめらかに踊った。

ターンもリフトもあまりに軽々とこなすので、観ている者達は彼女は羽のように軽いに違いないと思った。

シダール風のドレスの薄くて柔らかいベールや裾を夢のようになびかせながら舞う彼女の姿は、天女や精霊といった幻想の存在のようだった。


離れ業の高い高いリフトの後、まるで天女を捕まえた昔語りの男のように、彼女のパートナーは彼女をすっぽりと抱きかかえた。

曲が転調した。男声パートだ。

正直、男の方の歌はいらないなぁと思っていた観客の目の前で、不意に男の雰囲気が変わった。

[ここまでの川畑の対翻訳さん指示内容]

漠然とどこか外国のなんとなく上流っぽい出身という印象。辺境過ぎて有名なところではなく、知っているけれど覚えていないマイナーな小国家じゃないかなぐらいのさじ加減で。作法や容姿の違和感は、”外国人だから”で丸められる範囲で補正。

あくまでアイリーンの添え物なので、彼女の隣で違和感はないが、彼女よりは目立たないようにすること。

全体に印象は薄く。目立つ行動をとってもあまり目につかず、記憶に残らないように不自然でない程度に補正。

競舞の評価があまりに不利になる場合は、補正度を調整。ただし、過剰に有利にするための洗脳、容姿の美化は不可。

元からの知り合いに関しては、できるだけ相手のこれまでの第一印象の評価を維持。大きな印象補正の変更は行わないこと。

誇大表現、美化禁止。




「(え?ここから男声独唱に入るから、パートナーの女性よりあまりに印象が薄いとバランスが変?抑えている補正分を通常レベルに戻して構わないかって?……うーん、あまりに冴えなさすぎると彼女にも喜んでもらえなさそうだしなぁ。じゃあ、今のここでの立場に相応しい程度で頼む。詳細は任せた。美化は原則禁止だが、笑いものにされると彼女にも恥をかかせてしまうので行動に違和感が出ない程度の調整は許可する)」



[川畑の自覚が足りない”ここでの立場”]

= ダンスのディフェンディングチャンピョンを倒し、絶世の美女を相手に、大観衆の注目を浴びて、ラブソング大トリ独唱。

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