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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

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調律

俺は今夜は彼女のエスコート役である。

……これは正しい。納得もしている。


彼女は今夜はもう他の男性と踊りたくない。

……これは正しい。俺もそれがいいと思う。


彼女は美人で魅力的でとても目立つ。

先程、俺のためにあんなパフォーマンスをやらせてしまったせいで、腹の立つことに大勢の有象無象が彼女の魅力にやられている。あいつらのような下心しかないケダモノ共が彼女に触れるなど許し難い。


俺の任務はジェラルド及びその関係者の護衛である。ジェラルドとヴァイオレットが安全な居室に戻った今、俺はジェラルドの関係者である彼女を守る義務がある。

……これは正しい。極めて論理的だ。


それに、彼女が俺が思っている通りの存在なら、彼女に不愉快な思いをさせないのは、俺の任務である。(そういえば口約束で協力していたので、明確な任務完了は言い渡されていない)


俺が行きがかり上、この屋敷で偽装する羽目になっているロールは、彼女の遠縁の従兄弟だ。彼女の叔父上の仕事上の付き合いに支障をきさないためにも、”クズ男”な振る舞いはしないように気をつけねばならない。


かかる根拠により、俺は論理的にも倫理的にも、彼女にちょっかいを出してくる野郎どもから、彼女を守る義務と責任と権利を有している。


「(うむ。過程は完璧に正しい)」


川畑は、金色のリングを掲げながら、アイリーンにダンスの申込みをしに来たシダール人の青年が差し出した手を、脇から裏拳で払った。

「悪いが、彼女は俺のパートナーだ」

川畑は、うっそりと若者とアイリーンの間に割り込んで、不機嫌そうに青年を見下ろした。


「(しかし、過程は完璧に正しいのに……これをやった場合、結論はどうにも納得がいかないんだよなぁ)」


「勝負だ!」と叫ぶ青年が突きつけたリングを掴み返して、川畑は口をへの字にした。

「(なんで踊らにゃならんのだ)」

そういうルールだった。




川畑は伝統と様式に配慮して、踊り手さん達が踊っていた踊りを思い出しながら、できるだけシダール風の無難な感じになるよう心がけて踊った。と言っても、ちゃんと習ったわけでもないし、習得する気で視ていたわけでもないので、どうにも今一つ感が拭えないできでしか踊れない。

川畑はダンスのたぐいは苦手ではないし、それなりにやらされた経験もあるが、けして天才でもプロでもない。これまでは身体で覚えるぐらいしつこく反復練習をして、どうにかこなしてきただけである。こういう、ぶっつけ本番は本当に嫌だった。


幸いなことに、対決相手の青年もそれほど良い踊り手とは言えず、判定の拍手は二人ともどっこいどっこいだった。

「(まずいな)」

上位者に判定してもらった結果は、防衛勝利だったが、シダール人ではなく、明らかに女性のパートナーである川畑に、お情け票が入った結果だろう。リングは判定をした花婿が、次の曲の区切りで踊りの輪に投げ入れることになった。


川畑は定形の輪舞を踊っている大勢の客の中に「自分なら勝てる」という顔をした男が何人もいたのを見逃さなかった。あの辺りの輩にリングが渡れば、さっきの青年のようにアイリーンを狙ってくる可能性が高い。

「(負けてたまるか)」

真横にいる護衛対象を守りきれず、おめおめと掻っ攫われるなどという屈辱を味わうつもりは、全く無かった。

川畑は輪の中で、定形の踊りをこなしながら、視野外に別ウィンドウを立ち上げ、ここまで好評だった踊り手達のダンスの比較検討と、シダールの曲のリズムとダンスの分析などを並行して開始した。

「(受けるポイントは、オリジナリティと意外性か)」

踊り手の個性と似合っているか、あるいはまったく相反する創作ダンスが評価される傾向があるようだった。

「(対戦なら、いかにそっくりに真似るかではなく、本歌取りをした上でいかに自分らしくアレンジして相手を凌駕するか……といったところかな)」

川畑は自分が使える手札の組み合わせを高速でシミュレートし始めた。




幸いなことに、リングはその後、初々しいカップルと、老夫婦に回った。

「(とはいえ、やはりイメージのシミュレーションだけでは不安だな。やっぱりちょっと練習しておくか)」

きりのいいタイミングで川畑はアイリーンに声をかけた。

「少し休もうか」

「私はまだ……そうね。なにか飲み物をいただきましょう」

二人は踊りの輪から外れた。広い庭園の周囲には、植え込みとベンチが程よく配されていて、踊り疲れた客が一息つけるようになっている。

「ここなら大丈夫か」

少し奥まった位置の人目につかなさそうなベンチにアイリーンを座らせると、彼は「飲み物を取ってくるからここでじっとしていてくれ」と言って、どこかそわそわした様子で姿を消した。




待つというほどの時間もたたないうちに彼はグラスを持って帰ってきた。

「お待たたせした。どうぞ」

「ありがとう」

アイリーンはグラスを受け取った。細い背の高いグラスはよく冷えていて、足元の小さなキャンドルの灯りで、グラスの中に細く立ち上る泡がキラキラしている。

「ティーソーダ。酒精は入っていない」

酔わせてどうこうしてくるような相手だったら、私もこんなに気を揉まなくていいんだけど……と考えながら、アイリーンはグラスに口をつけた。

「好きな香りだわ」

「それは良かった」

昔、好んで飲んだお茶の香りだ。あのときはアイスでもソーダでもなかったが、間違いない。彼に入れてもらった……この世界にあるわけがない茶葉だ。冷たいグラスの表面が結露していく。もう、立ち上る泡は見えない。彼は一体どこからこのグラスを運んできたというのか。


アイリーンは彼の様子をあらためて見た。

「どこで何をしてきたの?」

「貴女に飲み物を取ってきた」

嘘つきは落ち着いてそう答えた。さっきまでのどこか不本意そうで不機嫌な様子も、そわそわした様子もない。

「襟が曲がっているわ。飾帯も」

彼は一瞬ギクリとした気配を見せたが、すぐに何でもない顔を取り繕った。直してあげるから屈んでと頼むと、彼は素直に従った。


空のグラスを返して、両手で彼の襟元や飾帯を直す。少し癖のある黒髪を両耳にかけて後ろに流すように整える。

アイリーンは彼の頭を両手で挟み込んだまま、間近から彼の目を覗き込んだ。

「準備はできた?」

鼻先が触れ合うほどの距離でニンマリ笑うと、彼は喉の奥で一度息をつまらせたあと、ちょっと尊大な無表情を作り直して「オールグリーン」と答えた。

裏手の川畑(あるいは裏目な川畑)……


「(やばい。また、理性が飛びかけた……いかん。落ち着こう。俺はあくまで護衛や名目上のパートナーの役を果たすだけでだな。彼女のああいう態度にいちいち反応していては、のりこに申し訳が……いや、言い訳が必要な立場ではないんだが……)」

グダグダな脳内を立て直すべく、こっそり手帳を取り出す。


別に質問も現状説明も何もしていないので返信は来ていないはずだ。

彼女と語りたい気持ちはすごくあるが、とてもではないが、現状を報告して意見をもらう気にはならない。「良かったね。お幸せに」とか言われたら目も当てられない。


というわけで、今は彼女の手書き文字を見るだけで、満足することにする。

手帳の交信ページを開くと、意外なことに返信が入っていた。


返信: 応援してるね。


「(違う!誤解だぁああっ!!)」

川畑はアイリーンと腕を組んで庭園を歩きながら、心の中で絶叫した。

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