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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

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競舞

「仕方がないから、助けてあげる」

男同士でラブラブペアダンスを踊る羽目になりかけたジェラルド達に、アイリーンはそう小声で告げて、ニッと笑ってみせた。


「彼は私のパートナーなの」

アイリーンは、堂々と宣言してジェラルドの手を払い除けた。びっくりして思わず一歩下がったジェラルドの前に出ると、アイリーンはリングを掴んだ。

「勝負しなさい」

会場がどっと湧いた。


ダン!タン・タン・タタ

アイリーンは力強いが軽快なステップを踏んでみせた。「マネして」と小声で言うと、リングを差出し、グッと胸を張り、顎を引いて、挑戦的な流し目でジェラルドを煽った。

トン……タン・タン・タタ

ジェラルドは戸惑いながら、リングを受け取って彼女のステップを真似た。


「次はそちらから」と促されて、彼は控えめにステップを刻んだ。

タタタ・タタタ・タタタ・タン

タタタ・タタタ・タタタ・タン!

アイリーンは間髪をいれずに、リングを取り上げて、ステップを返した。

タタッタ・タン・タタ

タタッタ・タン・タタ

要領を飲み込んだジェラルドは、やる気の顔になって、彼女に応えた。

タタタ・タタタ

タタタ・タタタ

タタタタタタタタタタタタ・ダン!

華やかなポーズが様になる美男美女が競い合いながら、呼応するダンスを踊る姿に周囲は大いに盛り上がり、喝采した。


「ジェラルド、リングを掲げて」

アイリーンに囁かれて、彼はそのとおりにした。

シンバルが1つ鳴り、拍手が起こった。

次にシンバルが2つ鳴った。

先程より大きな拍手が起こった。

「私の勝ち」

アイリーンは、ジェラルドからリングを取り上げて、両手で胸の前に掲げ、小さくウインクした。

ジェラルドは降参したと、大仰に両手を上げてから、片膝をついて、王国貴族でも今どきやらないような大袈裟な礼を深々とした。


銅鑼が大きく1つ鳴った。

「あら、残念。これからだったのに」

アイリーンは駆け寄ってきた召使いが捧げ持ったクッションの上に金のリングを置いた。

進行役が小休止に入ることを告げた。続きは庭園でとのアナウンスに、人々は談笑しながら、大きく開かれた扉から、三々五々と庭園に移動した。

高齢者や小さな子供、体調が思わしくないものは、ここで退席するらしい。ダンスが苦手そうな王国人の中年男性諸氏も汗をかきかき自室へ引き上げていた。


「僕もここで失礼するよ」

さっき脚を傷めたらしいとジェラルドは苦笑した。

「まぁ、それは大変ですわ」

「お部屋まで、お送りします」

「待って」

ジェラルドを抱えあげようとした川畑に、アイリーンはストップをかけた。

「貴方は、今、彼の従者じゃなくて、私のパートナーなの。わかる?」

さっきの展開の直後に、貴方がジェラルドを抱き上げて部屋に連れて行ったら、どんな噂が立つかわかったものじゃないわよと脅されて、男二人は青くなった。


「ではわたくしがお部屋までお送りしますわ」

ヴァイオレットはそう言って、ジェラルドの傍らに寄り添った。

「抱えあげるのは無理ですが、手や肩にでしたら掴まっていただいて結構ですよ」

そっと手を差し出した、ヴァイオレットに、ジェラルドは遠慮がちにありがとうと応えた。

「でもいいのかい?まだこのあとも庭園でパーティは続くようだよ。僕のことは気にせずに楽しんでもらって構わないのに」

「いいんです。わたくし、あまり賑やかなのは気後れしてしまって得意ではないんですの」

ダンスもうまく踊れないですし……と、はにかむ彼女の手をジェラルドはきゅっと握った。

「では、ご好意に甘えてしまっていいかい」

「ええ……」

手を握られて少し頬を染めたヴァイオレットの肩に、ジェラルドは図々しく腕を回した。

「あっ、あの……」

「ああ、こうやって肩を貸してもらうと脚が楽だ」

ぬけぬけと言うジェラルドがさすった脚がさっき言っていたのと反対側なのを、川畑とアイリーンは見逃さなかったが、ヴァイオレットはそれどころではなさそうだったので、二人とも黙っていることにした。


「ではお先に」

と言って退出したジェラルド達を生暖かい目で見送って、アイリーンと川畑はどちらからということもなく顔を見合わせた。

「俺達も引き上げようか」

「あら、そんなことを言うの?私、まだあなたを助けたお返しをしてもらっていないのだけれど」

「その節は大変お世話になりました。おかげさまで助かりました。このお礼はいかようにも」

口調は丁寧だが、全然、心がこもっているように聞こえないセリフを吐きながら、すまして頭を下げる男を、アイリーンはジト目で見た。

「あら、そう」

彼女は、庭園に移動中の楽士の一人を呼び止めた。


「ロイ。貴方、シダールの歌ならどんなものを知ってる?」

川畑は、何があったか考えた。

彼がここで聞いたことのある音楽といえば、孔雀琵琶の楽士(マユーリ)が聴かせてくれたものぐらいだ。

「(あ、いや。鉱山で聴いた分もあるか)」

単調で過酷な鉱山労働の合間に、時折観た芸人たちの歌謡や演奏は、いい息抜きだった。気に入ったものは視聴記憶を別枠で保存して、暇なときに作業音楽としてヘビロテしていたので、わりと覚えている。

つい先日聴いた、マユーリの曲と合わせて、数曲のサワリを口遊んでみせると、アイリーンは「意外によく知ってるのね」と驚いた。

「最初の1つは知っているけれど、あとのものは、私は知らないわ」

「はじめの曲以外は、かなり昔に流行った俗謡と古典の祝歌でございますね。お若いのによくご存知でいらっしゃる」

「今、彼が歌うと変かしら?」

「いえいえ、中高年のお客様には喜ばれます」

特に3つ目に上げた曲は、こういう宴席での定番曲らしい。

「最初の曲は今年の流行りですね。季節にもあっているし、華やかで縁起のいい歌詞なので喜ばれます」

これに対し、2つ目は歌詞は恋愛ソングっぽいフレーズなのだが、出典元の戯曲が悲恋なので、祝の席向きではないという。

「(たしかに結婚式でロミオとジュリエットの歌を歌ったら顰蹙ものだな)」

コンプライアンスに興味が出た川畑は、知っている曲について、楽士を質問攻めにした。


「なるほど。ありがとう。勉強になった」

川畑が礼を言うと、楽士は「旦那様のお歌を楽しみにしております」と笑顔で応えた。

「いや、俺は歌う予定はない」

「おや?そうなのですか?」

「知り合いが他にいるわけでもないからな。誰も俺のような男にわざわざリングを回したりはしないだろう」

楽士は一、二度瞬きをして、ちらりとアイリーンを見た。川畑はその視線に気づいて彼女に尋ねた。

「貴女はまだ踊りたい?」

「他の男の人と踊るのはもう嫌だわ」

「嫌なことはしなくていい」

「今度はあなたが、守ってくれる?」

「いくらでも。貴女のために俺はここにいる」

アイリーンは口元を微妙に緩ませ、恥ずかしそうに少しうつむいた。そして、視線だけちらりと上げた。

「わがままを言っても?」

「なんでもどうぞ」

アイリーンは嬉しさが隠しきれない顔ではにかむと、一歩近づいて少し背伸びをしてささやいた。

「一度だけあなたと二人で踊りたいわ。今夜なら身分を気にしないでもいいでしょう?」

「……貴女がお望みなら」

川畑は彼女の手を取って小さく頷いた。

「では、最初のあの曲を」

アイリーンは目を細めた。

「歌ってね」

「…………踊るだけでは?」

「お願い」

川畑が否と言わないうちに、彼女は話を切り上げて、脇に控えていた楽士に声をかけた。




「ありがとう。よろしく頼むわね」

「長く引き止めて悪かった」

川畑は楽士に心付けを渡した。貴重な休み時間を潰してしまった詫びだ。

それに楽士にとっては、雇い主からの収入と同じぐらい、客からのお捻りや心付けというのは重要だとマユーリは言っていた。

「(こんないい服を着せてもらって、彼女のパートナー役を引き受けているときにあまりけちくさい額を渡して、彼女の評判を下げるわけにはいかないから、少し多めに渡しておこう)」

楽士は心付けを受け取り笑顔を浮かべた。

「それでは御前失礼させていただきます。このあともどうぞお楽しみください」

「ああ。よい演奏を」


親切な楽士を見送ったあと、川畑はアイリーンの手を引いた。

「では、行こうか」

篝火とキャンドルがきらめく広い庭園には、地元の一般客も含む大勢の人が集まっていた。

イントロダクションが終わり、祝宴の輪舞の本番が始まろうとしていた。

誤字修正しました。

盆踊りも輪舞の一種にあたるそうですね。

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