宴席
「(舞踏会じゃなくてボリウッドだった)」
川畑はアップテンポで賑やかな音楽に合わせて踊り始めた人々の間で遠い目をした。
夕刻になって婚礼披露の宴は始まった。
白大理石の宮殿は、鮮やかな布飾りと花で飾られ、レースのように繊細かつ精密な透かし彫りの窓々は、吊灯籠とランプの灯りで煌めいていた。
豪華なパレードは、近隣からの一般客が集まった広い庭園の中央を抜けて、招待客がいる広間までやってきた。昼間に親族のみで行われた式で成婚した花婿と花嫁は、その身を飾る金の装身具以上にキラキラした笑顔を振りまいていた。
「(象の上から花と金貨を撒くって、本当にやるところ始めてみた)」
川畑は招待客に混じって演物を観た。
川畑の分の礼服は、ここの召使いが用意してくれた。アイリーンが、着るはずだったドレスが、河賊の襲撃でダメになったと相談したら、彼らは川畑の服の入った荷物も河に落ちてしまったのだと早合点して、彼女のドレスと一緒に、揃いの意匠のものを一式揃えてくれたのだ。
川畑は、アイリーンの付属品になったつもりで、彼女の隣でひたすら大人しくしていた。が、内心かなりこの珍しい体験を楽しんでいた。ガチの大富豪の祝宴は、アトラクションや映画以上にエンターテイメントだった。
それに演物以外でも、集まった人々の諸々の行動を見ているだけでも面白かった。
「(椅子がなくて床に座るのは、王国からの人達は不慣れっぽいな)」
胡座をかくのになれていない男性陣が、脚を持て余してクッションの間でモゾモゾしている。ジェラルドは意外にそつなくふるまっていて、他のシダール人の客と談笑していたが、宴会が進むに連れて、膝や股関節がなれない姿勢で違和感を感じ始めたように見受けられた。彼が履いていた細身のスラックスだと、膝をずっと深く曲げていると辛いのかもしれない。
それに対して、川畑が着せてもらったシダールの礼服は、王国風のスラックスよりゆったりした巻ズボンで、床に座りやすかった。
もともと和室生活がベースの川畑にとっては、革靴から開放されて床に座っていいパーティはありがたかった。彼はきちんと背筋を伸ばしてだらしなく見えないように気をつけながら、どっしりと座っていた。
「随分、サマになっているわね」
「床に座るのも、手で摘んでものを食べるのも抵抗はないですから」
宴席で供された食事の中には、手で食べるメニューもあった。シダール料理に不慣れらしい王国人客の中には、スプーンを持ってきてもらっている人もいたが、川畑は寿司は箸より手で食べたい派なので、気にならなかった。
アイリーンは「あなた、なんでもできてつまらないわ」とふくれっ面をした。
「少しくらいあたふたしてくれるほうが可愛いのに」
「あなたのエスコート役を仰せつかっているのに、みっともない真似はできません」
それに、可愛いと言われても嬉しくないと、川畑は渋い顔をした。
「では、このあとのダンスも期待しているわ」
「できるだけご期待に添えるように努めますが、……女性はそのドレスで踊るんですか?」
アイリーンやヴァイオレットを含め、女性陣はほぼ全員、シダールの女性の正装だ。美しい一枚布を複雑に巻きつけて、薄いベールを長く垂らしたその装いは、とても色っぽくて魅力的だが、踊るには向かない感じだった。
「(コルセットはしていないみたいだし、ソーシャルダンスみたいにぴったり組んで、腰に手を回すんだとちょっとやりにくいな)」
川畑は、隣の美女の胸と腰にちらりと目をやった。師匠である北の魔女ほどではないが、かなりの魅惑の曲線だ。
心を無にする覚悟を決めて、無表情になった川畑を見て、アイリーンはくすりと笑った。
「このドレス意外と動きやすいのよ。それに女性の踊りは、男性の踊りほど激しくないから」
「え?」
「よほど年配の方はともかく、男性は皆さんかなりしっかり踊るから、頑張ってね」
ヘルマンさんじゃなくて、あなたで良かったかもしれないわと、彼女は頷いた。
「ちょっと待って下さい。想定していたダンスと違う気がするんですが、一体どんなダンスなんですか?」
「あら、基本は単純なパターンの繰り返しの輪舞よ。周囲に合わせて1,2回やれば覚わるわよ。ソロパートは、曲にさえあっていればどんな踊りでもいいし、極論、曲の方は楽隊が合わせてくれるから、即興のデタラメで大丈夫」
「ソロ……?」
「身内や親しい友人がやるのが普通だから、まず回って来ないけれど、もしも飾りのついたリングを渡されたら頼むわね。婚礼の宴での踊りは、祝う気持ちと、もてなしへの感謝だから、グダグダ恥ずかしがったりせずにきちんと踊るのが礼儀よ」
「リングとやらが来ないことを祈ります」
これだけ招待客の人数がいて、しかも身内優先と言うなら、新郎の叔父のしごとの付き合いの知人の代理である姪の遠縁の従兄弟……ということになっている自分まで、ソロの役目が回ってくることはないだろうと、川畑はたかをくくった。
「(男女別れて踊るなら、端っこで大人しくしていよう。常識的に考えて、俺一人なら絶対にリングとやらを渡しに来るやつはいない)」
もちろん、そんな前提の間違った異世界の常識は通用しなかった。
その頃のノリコさん……
「何が起きているのかわからないけれど、川畑くん、また大変な状況に巻き込まれているのかなぁ……」
彼は頼りになるんだけど、状況がオーバーフローすると、ちょっと行動が予想外の方向に振り切れることがあるから心配だと、ノリコは手帳の”たぶん”の文字を見つめた。
「(”頑張れ”……は負担になるかも)」
返信;”応援してるね”




