留守居の子守り
「あのこ、かわいかったねー」
「ちからがきれい。いやされた~」
「そうだな。あの回復魔法は凄かった。まだあんなにちっちゃいのに頑張ってて偉い。さすが伯爵令嬢は違うなって思った」
「ふ~ん、そう」
賢者モルは不機嫌そうに口を尖らせた。
「よそ事喋ってないで。はい、もう一回やって」
「う……モルル先生、さすがにきついので一回寝かせて欲しいんですが」
実験用の台の上に横たわったまま、川畑は賢者を見上げた。
「口答えしないで、さっさと出せ」
「こないだは、嫌なら断っていいって言ったじゃないか」
「思い出させんな、バカ」
「痛てぇ!くそぉ、カップ、キャップ、お前達先にかえって寝てろ」
「おーさま、だいじょうぶ?」
「げんきない?あのこにカイフクしてもらう?それともにんぎょさんのとこいく?」
「あー、それもいいけど……痛てぇ!……とりあえず布団で寝たい。1日労働したあとにマッドサイエンティストの人体実験に付き合うのはヤッパきつい」
「うるさい。魔力総量測定してるんだから、さっさと魔力全部絞り出せ。アホみたいに不老長寿の霊果の過剰摂取しやがって、お前の肉体疲労なんて気のせいだ!そら、教えた手順通りにやれ!」
「魔力測定なら、ストレッチと筋トレ混ぜたみたいな体勢要求するの勘弁してくれよ。今日のポーズサンプル映像、酔拳の修行はいってたじゃねーか」
「身体測定も兼ねてるんだから、全身の骨と筋肉の動きが解るように筋一本にまで魔力を添わせて動かせよ」
川畑はなぜか機嫌の悪い賢者を恨めしげに見上げて、渋々、決められた手順で、台の上の魔方陣に順番に力を注いだ。
「また、魔力上限が上がってるし」
「最近、制御のコツがわかって来たから全部測定できたせいじゃないかな」
「それだけでこんなには……まさかまた人魚のところで仙桃もらったんじゃないだろうな」
川畑の目が泳いだ。
「……カップとキャップに聴かせるついでに、いつもお世話になってるから、あいつらのところでキーボード引いてやったら、意外に受けた」
モルは口をへの字にした。
「こんなにお世話してるのに私は聴いてないぞ」
「いや、俺は遊び程度にちょっと触ったことがあるだけだから、賢者に聴かせるほどの腕はない。あんなコレクションしてるやつに披露できるわけないだろ」
「むう……」
「あ、そうだ。グランドピアノと燕尾服って持ってないか?カップとキャップが"ねこさんのピアノコンサート"ごっこして欲しいって言ってるんだけど」
モルは川畑が燕尾服を着てピアノを弾く姿を思い浮かべた。
「……私も呼んでくれるなら調達してもいい」
「軽い遊びだから、さすがに調達まではしなくていいよ」
「ネモ船長の服とノーチラス号のパイプオルガンの再現品ならあるんだけどな」
「なんだそれ、めっちゃ見たい。……けど、今日はさすがに限界だ。部屋かえって寝るわ。お休みモルル」
川畑は賢者に教えられた通りの作法に従って、きちんとお休みの挨拶をすると、あくびをしながら戻っていった。
モルは少し機嫌を治して、実験室を片付け始めた。
爽やかな森の早朝の香りを胸一杯に吸い込んで、川畑は大きく延びをした。しっかり眠ったので気分は爽快だ。
「お前、昨夜どこにいっていた。納屋にいなかっただろう」
体についた藁をはたき落としていると、後ろから声をかけられた。
「ああ、ソウくんだったっけ、おはよう」
「ごまかすな!昨夜、目を盗んで、どこに行ってた」
森番の家の子供は、顔を真っ赤にして喧嘩腰で突っかかってきた。相性が悪いのか昨日、出会ったときからずっとこんな感じで取りつくしまもない。
騎士達が森番の案内で森の中の洞窟を調べにいっている間、森番の家でこの子と留守番するように言われたのだが、どうにもやりにくい。
結局、昨夜は家にいれてもらえず、納屋で寝ろと言われた。
「ずっといたぞ」
「嘘だ!見に来たらいなかったぞ」
「じゃあ、小用でも足しに出たときだったんじゃないか」
「お前が森に出た気配はしなかった!」
川畑は首をかしげた。
「気配とか難しいことを言うなぁ。家に居たら納屋からの俺の出入りなんてわからんだろう」
「バカにするな!オレは森番の跡継ぎだぞ!お前みたいなボーッとした大男の気配ぐらいわかるに決まっているだろ!」
川畑は困った。ソウは12か13才だろうか。"気配"とか"殺気"とか"暗躍"とか大好物な年頃なのかも知れない。
「人がいるかどうかを離れたところから知る方法はあるけれど、それは"気配"とか曖昧なもので判断するものじゃないぞ。昨日、森でお前を見つけたのも、気配とか関係なく普通に丸わかりだったからだし。だいたい俺はそんなもの出してないからな」
「なっ!?」
「そんなことより朝メシにしよう。炊事場は借りていいんだろう?また、お前の分も作るから」
「な、う、あ、えっ餌付けはされないぞ。メシの前にオレと勝負しろ!こら!!どこへ行く。逃げるな!」
「馬の世話が先だ。馬のことと朝メシが終わったら遊んでやるから、薪でも割っておいてくれ」
適当に手を降ると、川畑はやるべき仕事に専念した。
「思い知……うひゃぁ」
「こら、馬を脅かすんじゃない」
後ろから木の棒で打ちかかってきたソウを、無力化して踏みつける。
「痛たたた。バカ!離せ!」
「仕事中だ。遊ぶなら向こうでやれ」
「隙あ……どひゃぁ」
「火のそばではしゃぐな、バカもん」
かまどでパンを暖め直しているときに、突きかかってきたのを払って、胴を抱えて、表に捨てる。
「何しやがる!」
「台所で遊ぶな。もうメシにするから井戸で手を洗ってこい」
「……。おかわり」
「自分で好きなだけよそえ。成長期に食っとかんと、背も延びんし、必要なところに肉がつかんぞ」
ソウは自分のほっそりした体を隠すように抱き抱えると、顔を真っ赤にして叫んだ。
「オレの肉付きとかお前に関係無いだろ!バカぁ!!」
「子守りって難しいなぁ」
朝食の片付けを終えた川畑のところに、森に行かせていた妖精達が帰って来た。
『おーさま、おつかれ?』
『げんきない?ピアノひいて』
『お帰り、カップ、キャップ。バスキンさん達はどんな様子だった?』
『ドウクツについたよ。すこしなかにはいってタンケンするっていうから、ドウクツにいた妖精たちにみといてねって、おねがいしてきちゃった』
『ボクたち、おーさまといっしょがいいもん。それでよかった?』
『ああ、いいよ。ありがとう。ピアノは練習中だからちょっと待ってくれ』
『れんしゅうみたい!』
『おめめとおみみ、おーさまとおそろいにして!』
『はいはい』
川畑はテーブルの上に、仮想の鍵盤を表示した。カップとキャップにも同じものが見えたり聞こえたりするように、調整してやってから、リクエストを受けている曲をポツポツ練習し始めた。
テーブルの上をピアノに見立てて、カップとキャップが曲にあわせて楽しそうに跳ねる。この遊びは二人のお気に入りだ。
『あー、クライマックスはやっぱりまだ指が動かんなー。もう少し練習しなきゃダメだ。すまんな』
『いいよー、たのしみー』
『おもしろいー。いっぱいうれしい』
「なんだ今のは!」
詰問調の叫びに、そちらに目をやると、ソウが唖然とした顔で出入口に立っていた。
「軽い指慣らしだよ。ブランクがあるんで練習中なんだ」
「軽い……って、右手と左手が全然別の動きでバラバラだけど滑らかに動いて気持ち悪かったぞ」
「あー、気持ち悪いねぇ」
『音も聞こえないし、そもそもピアノ知らなきゃ意味不明な動きかぁ』
『おーさまじょうずなのに、アノこヒドイ』
川畑は苦笑して憤慨する妖精をなだめてから、ソウに向き直った。
「左右の手を別々に使う訓練方法の一種なんだ。左右の手で別のことが同時にできると便利だろう?」
「な、なるほど?変な訓練だな。ひょっとして……お前の一族に伝わる秘伝か何かか?!」
「いや、別に一族というわけではないが」
「では、どこかの組織か?やっぱりお前ただ者じゃないな」
なんだかひどい勘違いをされたのはわかったが、面倒なので放置することにした。
「別に秘伝でもなんでもないから、気になるなら初歩を教えてやってもいいぞ」
どうせ遊んでやる約束だったし、と思いながら、川畑はソウに手遊びを教え始めた。
「右手は四角形、左手は三角形を書くんだ」
「四角形とか三角形とかってなんだ?」
「そこからか。見て覚えた方が早そうだな。こうやるんだよ」
右手で1、2、3、4。1、2、3、4。
左手で1、2、3。1、2、3。1……。
「こうか?1、2、3……あれ??」
「これは慣れたら簡単だから」
「これが簡単……くっ…………あっ……どうだ!できたぞ!」
できが微妙すぎて、川畑は褒めていいものかどうか、ちょっと迷った。
「左右の手の動きよりもまず、リズム感とタイミングの練習からやってみようか。オレの動きをよく見て合わせてごらん。まず両手を胸の前で叩いて、それから手のひらを前に向けて向かい合った相手の手に合わせる……」
「叩いて、合わせ……ううっ」
「これが"1"。次は手を2回叩いて合わせる。"2"。同じ要領で"3"までいったら、次はもう一度"3"、そして"2"、"1"と戻って1セットだ。123、321、123……。と繰り返してだんだんスピードをあげていく。わかったな」
「うええ?」
「はい。始め。1、トン。1、2、トン。1、2、3、トン。1、2、3、ト……。はい。もう一度」
結局、午前中はいろいろな手遊びをして過ごした。
『できたー』
『たのしー』
意地を張らないもの同士で楽しむ分には平和な手遊び。
負けず嫌い同士で、エンドレスルーチンが際限なくテンポアップしていくと、とてもキツイ。




