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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

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河上戦

早朝の大河は薄靄に白く霞んでいた。

「こんなに早い時間の出発でごめんなさい」

アイリーンはきっちりした王国風の旅装で、シダール人のポーター達に荷物を運ばせていた。

舟を借りられる期間の都合で、本来は2,3日でゆるゆると行く行程を、早朝発、夜半着でこなすらしい。


ジェラルドは、夜更しの延長でならともかく、早起きでこんな時間から活動することはないので、どうにもスッキリしない様子だったが、アイリーンと合流した途端、急に笑顔になった。よどみなく彼女の美しさを称え始めた彼を、にこやかにサラリとあしらって、アイリーンはヘルマンやアバス老にも挨拶した。彼女の柔らかく優美な物腰は上流貴族の令嬢と言われても納得できるものだが、王国貴族的な特権階級意識は見受けられなかった。

彼女は後ろに控えた従者にちらりと目をやった。従者はすました顔だったが、アイリーンは、彼女が視線を向けたとき、彼が自分のカフスと靴を素早くチェックしたのを見逃さなかった。

なるほど、袖口は真っ白で、靴もピカピカだ。

アイリーンは、無表情な従者から、どことなく”褒めてもらいたい大型犬”の雰囲気を感じた。

「おはよう、()()。そちらの荷物もそこのガートに下ろして」

ヴァイオレットが彼を褒めるときに使っていた名前で呼んでやると、彼はどことなく満足げに一礼してから、宿のポーターを呼んだ。


「汽艇は街から少し離れたところのポートに停泊しているのだけれど、荷物が多いし客人も一緒だと言ったら、ここのガートまで舟艇(ランチ)を回してもらえたの」

なるほど、ガートの石段に据えられた浮き桟橋に、平底の川舟が着けられている。

沐浴をするには早過ぎる時間のためか、ガートに人影はまばらだ。日の出待ちでもしているのか、石段に座り込んでいる男達は、王国人の一行が珍しいのかチラチラとこちらに胡散臭気な視線を送っていた。


「ヴァイオレットはやはり間に合わなかったの?」

「ああ。昨日、電報で知らせが来たので、向こうで合流しようと返信しておいたよ」

ジェラルドは浮き桟橋を渡って、舟ヘの渡し板の脇でアイリーンにスマートに手を差し出した。アイリーンがその手を取ろうとしたとき、ふいに大きな水音がして浮き桟橋が揺れた。


「旦那様!舟に乗ってください」

振り返ると、ガートを駆け下りて来た男達を、従者が河に蹴り込んでいるところだった。

従者は、自分が持っていた分の荷物を舟艇に放り込むと、桟橋を戻って、逃げたポーターが放り出した荷物を奪おうとしていた襲撃者に飛び蹴りを喰らわせた。


「ヘルマンさん!」

揺れる浮き桟橋でバランスを崩しかけたヘルマンは、ぎりぎり落水を免れて、舟に飛び乗れた。アイリーンを支えながら、アバス老の手を引っ張って舟に乗せたジェラルドは、船頭に舟を出すよう命じた。

舟がゆっくりと桟橋を離れる間に、またたく間に2,3人の襲撃者を叩きのめした従者は、手荷物を手早く拾い集めて桟橋を走った。桟橋を離れ始めた舟にぎりぎり間に合いそうなタイミングで戻って来た従者に、ジェラルドは叫んだ。

「ブレイク後ろ!」

手荷物の一つに、ボウガンの太矢が刺さった。

「伏せて」

従者は手にした荷物を舟に放り込んだ。ヘルマンとアバス老は、荷物をキャッチしたはずみで尻もちをつき、そのまま船縁の影に伏せた。

従者は桟橋にかがむと、落ちていた渡し板を拾い上げた。振り向きざまに膂力に任せてぶん投げる。渡し板はブーメランのように水平に回転しながら、まっすぐ飛んで、ガートにいたボウガンの射手を打ち倒した。


「追手が!」

笹の葉のような形の2人乗りの軽量艇が数隻現れた。櫓櫂を使っている様子はないので動力付きらしい。かなりの速度で向かってくる。操船手と乗り手は細長い小艇の後方に立っている。船体から垂直に突き出た棒の先がハンドルのようになっており、操船手はそれで艇を操船しているようだ。


浮き桟橋をスルーして、ジェラルド達の乗った舟を追おうとした小艇の1つに従者は飛び乗った。

軽い船は衝撃で大きく傾いて進路を曲げた。不意をつかれた乗り手はあっさりと落水した。従者に組み付かれた操船手は、必死で艇を立て直そうとしたが、あっという間に並走する仲間の艇の横腹に突っ込んだ。

相手の艇が横転する。衝突の衝撃で船首が跳ね上がった小艇は、そのまま横転した艇の上に乗り上げ、大きくジャンプした。

小艇の後方下部には、海竜のヒレのようなものが何枚もあって、規則的にうごめいている。プロペラ式のスクリューではないらしい。

派手な水しぶきを上げて着水した艇から、操船手を放り出すと、従者は操舵輪と言うにはいささか頼りないハンドルを握りしめた。




「(こんな不安定なものに立ち乗りで、全然強度のない細い棒の先で操船って、設計者は何を考えているんだ)」

川畑は悪態をつきながら、重量バランスがどうなっているのかさっぱりわからない小艇を、体重移動とぶっつけのハンドル操作で、無理やり立て直した。少し左右に振ってみて操船方法を確認する。だいたい勘でなんとかなりそうだ。

大きく逸れた進路を変更して、河の中ほどに出てしまった艇の舳先を、ジェラルド達の乗った舟艇の進行方向に向ける。

あちらの舟艇も動力付きらしい。船足は小艇ほどではないが、それなりに先に行っている。追いついた襲撃者の小艇2隻から、乗り手がジェラルド達の舟艇に乗り移ろうとしていた。


「(ちっ、間に合わないか)」

左舷側の襲撃者はジェラルドが迎え撃とうとしていた。しかしそのせいで、彼は右舷後方からの敵には手が回らないようだった。

右舷に並走する小艇から襲撃者が乗り込んだ。手には大振りのナイフらしきものを持っている。

「(やばい)」

川畑は魔力で介入するか躊躇した。


ジェラルドは左舷側の襲撃者に応戦を始めた。下がったアイリーンが、振り向いて目を見張った。ヘルマンも同じく、右舷からの襲撃者に気づいて青ざめた。

襲撃者がナイフを振りかぶった。

「危ない!」

「この!!」

振り下ろされたナイフに、ヘルマンはとっさに手近にあった旅行鞄を盾に使った。ナイフの刃が留め金具に当たり、金具が弾けて、箱型の旅行鞄が大きく開く。女物のドレスが風に煽られて広がって、襲撃者の視界を塞いだ。

襲撃者はあわててドレスを払おうとしたが、生地をたっぷりと使ったスカートは、その顔や腕ににまとわりついた。

もがく襲撃者の側頭部に、アイリーンの肩掛けポーチがうなりを上げて、ブチ当たった。


「(女物のバッグって、金具付きブラックジャックなのか)」

川畑は、昏倒して落水した襲撃者にわずかに同情した。しかし、それはそれ。相手が裏稼業のプロなら、手心を加える気は基本的にない。

仲間がやられたのを見て、右舷の小艇の操船手は銃を取り出した。

「(だアホめ)」

川畑は後方から接近し、皆の乗る舟艇と敵の小艇の間に割り込むと、敵の小艇を弾き飛ばすように、その土手っ腹に自艇の船首を思いっきりぶつけた。衝角(ラム)がついているわけでもないが、脆くて細長い船体同士なので、けっこうなダメージが双方に入った。

艇が転覆する直前に、舟艇側に飛び移った川畑は、そのまま船首方向にまわって、ジェラルドの胸ぐらを掴んでいた男を蹴り飛ばした。

「ご無事ですか、旦那様」

襲撃者もろとも船べりから落ちかけたところを襟首を掴まれて引き寄せられたジェラルドは、扱いが乱暴だと文句をいったが、川畑は取り合わなかった。


残った左舷の小艇は追撃を迷う素振りを見せ、速度を落として後方に下がった。

「諦めたか」

「いや、あれを見ろ」

前方の薄れてきた朝靄の奥から、見るからに軍属の小型哨戒艇が姿を現しつつあった。

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