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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

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奇遇

アイリーンは、シダールまでの船で一緒だったご令嬢だ。彼女はジェラルド達とは別の寄港地で下船した後、叔父の代わりに得意先や交流のある知人宅への挨拶回りをしていたという。このヴェナラスには次の目的地への道すがら、観光ついでに立ち寄っただけだそうだ。

「それで会えたのだから、運命の絆は言い過ぎにしても、少しは縁があるのかしらね」

恒河に向かって広い窓がある明るい個室で、プラチナブロンドの美女は優しく微笑んだ。ジェラルドは、名画もかくやというその笑みにとろけて、いつにもましてニヤけた顔になった。


聞けば、彼女はこの後、カーシィの州都にいる叔父の知人宅に向かうところだという。

「結婚式があるので、お祝いに伺うの」

なかなか大規模な式なのだそうで、各地から大勢人が集まるらしい。

「ああ、それで上流向けの貸し切り舟の予約がいっぱいだったのですね」

なるほどと大真面目に肯くヘルマンに、ジェラルドは、いくらなんでもそれはないだろうと思った。

ジェラルド達も州都に向かうつもりだったことを知ったアイリーンは、自分の用意した舟で一緒に行ってはどうかと提案した。

「それは是非とも!」

二つ返事のジェラルドに、アイリーンは「それで、もしよろしければ」と続けた。

「あちらに着いてから、少しの間、私の用事にお付き合いいただけないかしら」

「もちろんかまわないが、何か事情があるのかい?」

「実は……」


彼女が言いにくそうに明かしたところによれば、先方はシダールでも指折りの名家の一つで、アイリーンぐらいの歳の娘が一人で訪問するのは、あまり好まれないという。叔父夫妻が急遽来られなくなったという事情を知っている家人は大目に見てくれるだろうが、今回は客人も多い。全員に事情を触れ回るわけにもいかないので、気詰まりなのだという。

「確かにシダールじゃ、お前さんの年頃の娘はたいがい結婚しとるからのう。寡婦でもないのに、親族も連れ合いもおらんで祝の席に出てくるのは妙に思われるかもしれん」

アバス老も肯くところをみると、そういうところは王国ほど女性が一人で活動することに寛容ではないらしい。

「それなら、僕がエスコートしよう」

「あら、いけませんわ。お友達の婚約者にそんなことはさせられませんもの」

ジェラルドは、ヴァイオレットが婚約者というのは、父親の遺産を確認する必要があった彼女に一人旅をさせないための狂言だったのだと、力説した。結局、船にいた間はろくに口説けなかった相手を、この機会に本気で落とすため、かなり本腰を入れているらしく、彼は相当突っ込んだところまで事情を明かした。




「そんな事情なら、もっと早く打ち明けてくださればよかったのに」

驚きながらもそう言ったアイリーンを、ジェラルドは本格的に美辞麗句で口説き始め、是非ともエスコート役を、と申し出た。

「それでもご遠慮させていただきますわ」

アイリーンはすべての口説き文句を華麗にスルーして、あっさり断った。

「この後、ヴァイオレットとはまた落ち合う予定なのでしょう?その時々で、彼女と私の両方の婚約者だと名乗る殿方と一緒では、結婚詐欺師に引っかかったのではないかと心配されてしまいますわ」

「結婚詐欺師……」

絶句したジェラルドをよそに、アイリーンはヘルマンに視線を移した。

「ヘルマンさん、ご協力をお願いしてもよろしくて?」

「えっ?!わ、私ですか?」

久々の王国風料理を堪能していたヘルマンは、急にとんでもない話を振られて、目を白黒させた。


とても務まりそうにないし、歳が離れていると、ヘルマンは美女のエスコートを固辞した。しかし、アイリーンは別に夫や婚約者役でなくとも良いので、身内の引率者のフリをしてもらえないかと頼んだ。

「母方の遠縁の従兄弟でどうでしょう?シダールの方々から見れば、私とヘルマンさんなら髪や肌の色味が同じように薄い分、少々似ていなくても親族で通ると思いますわ」

確かにヘルマンは色白で、淡い色味の金髪にアイスブルーの目だ。アイリーンとは、華やかさが段違いだが、顔立ちもスッキリしていて細面で、整っていると言えなくもない。黒髪で色黒、濃い顔立ちの者が多いシダールでは、アイリーンと同分類と言えるかもしれない。

「はあ。それで良いのでしたら」

ヘルマンは、押し負けてうなずいた。


「え?いや、待って。それでいいなら、僕でも良くない?」

あわてて言い募るジェラルドを見ながら、アイリーンは頬に手を添えて思案した。

「そうね……でも、あなたはとても印象的だから、どこかで再会したり、見知った方がいらっしゃったときに、他人の空似だと言い抜けるのが難しいのではなくて?」

金髪巻毛の美青年は、深い青色の大きな目をパチパチ瞬かせた。この絵本の王子様そのものという容姿の男は、雰囲気にも華があるため、パーティだの祝い事だのの席においたら、間違いなく人目をひくこと請け合いだった。アイリーンとセットで並んだら、それだけで座の主役を食いかねない。そこへ持ってきて先程のように甘い言葉を脳を使わずに無限に吐き出し続けていたら、明らかに当日の出席者の大半に強い印象を残すだろう。

「私、叔父のところに”お宅の姪御さんが悪い男に引っかかっている”と注進が飛ぶのは嫌だわ」

ジェラルドは意気消沈して、食後の飲み物を注文した。




食事を終えて退室する間際に、アイリーンは「それで……」と、部屋の隅で控えていた従者に視線を向けた。

「あなたは、大人しくいい子にしていた?」

従者は黙って一礼した。

アイリーンは目を細めた。

「ヴァイオレットの目がなくてもきちんとしなければ駄目よ」

彼女は、彼の靴と袖口を一瞥して、含みのある眼差しで、悪い従者の顔を上目遣いで見つめた。

耐えきれずにわずかに顔を逸らせた従者に、アイリーンはニンマリとした。

「相変わらず困った人ね」

「貴女も……」

彼を困らせている現状が楽しくて仕方がないという感じの顔をして、アイリーンは「どういたしまして」とすまして応えた。

「また、少しの間お世話になるわ」

「かしこまりました。……あなり危険なことはなさらないでください」

「あら、あなたがいるなら大丈夫でしょう?」

彼女は、従者の表情をちらりと見ると、クスクス笑いながら部屋を出ていった。

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