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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

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古王国

予定を確認しに来た秘書のヘルマンは、ジェラルドにアシュマカ行きの舟の件を尋ねられると、頭を下げた。

「申し訳ございません。舟の手配はまだできておりません」

貨物や乗合の運搬船ならあるが、ジェラルドのような王国の富裕層が乗るような舟はつてがないとなかなか手配しにくいという。

「カーシィの州都までなら乗合ですが多少ましな便があるのですが、そちらでよろしいですか」

「仕方がない。そうしてくれ」

ジェラルドは面倒そうに了承した。乗合舟は快適ではないだろうが、ここでゴネてもいいことはない。


その他の細々とした連絡を終えて、下がろうとしたヘルマンに、ジェラルドの従者はこっそり声をかけに行った。

「ヘルマンさん。ちゃんと食事は取れていますか?顔色が良くないですよ」

「あ、いや……まぁ、ぼちぼちかな。どうにもここの食事は香辛料が多くて味が合わなくて」

「昨日、旦那様と行った店は王国風のメニューがありましたよ。後でご案内しましょうか」

「いいのかい。それは助かる」

部屋の出口の所でひそひそ話をしている二人にジェラルドは気を悪くした。

どうしてうちの従者は、自分の主人の事はいたって雑なやっつけ仕事で片付けるくせに、他の人間には細々とした気遣いをするのか。

「ヘルマン!ブレイク!なにをこそこそしているんだ」

「は。申し訳ありません、旦那様」

頭を下げた二人にジェラルドは不機嫌に命じた。

「今日の昼食は外で食べる。昨日の店で良い。ヘルマン、今後の予定について打ち合わせるから同行するように。個室の席を予約しろ。店の場所はブレイクに聞け」

「はい。承知しました」

恭しく礼をしながら、ヘルマンはジェラルドのことを、素直ではないがいい坊っちゃんだなぁと思った。




レストランの待合室は、古い石壁を活かした内装で、下段にレリーフの残る壁面の上半分には、シダール風のタペストリーが垂らしてあった。

古美術商であるアバス老は、興味深そうにタペストリーを見上げた。

「古いものではないが、まぁまぁ良いものだ。皇国占領下でよく作られた外国人向けの贅沢品だな。アシュマカ陥落の物語絵だ」

「それはまた随分と反骨精神と皮肉が効いた土産物だね」

ジェラルドは大判のタペストリーを見て苦笑した。


アシュマカは宝石国と呼ばれた古い国だった。最盛期には現在のシダール北方から北方列強に至る一帯を支配した。神に守護された国とも言われたアシュマカは、繁栄の驕りの結果、神の加護を失って滅びたという。


「悪しきものの誘惑によって堕落した簒奪王が悪政を敷いたんで、勇者に討たれたんですよね。子供の頃、そんな昔話を聞きました」

「へー、一般にはそんな風に広まっているんだ」

「聞いたのは子供向けの話ですからね。実の所は、普通に政争か戦争で負けただけなんじゃないんですか?」

秘書のヘルマンは、冷めた物言いで返した。そうしてシャキッと仕事モードでいると、子供時代など想像できない感じのクールな印象の男だ。

「まぁ、そうだね。当時の王が建国の祖の直系尊属でなかったのは確かだが、どちらかというと外交政策を致命的に失敗したと言えるかな。国威に物を言わせて高圧的だったアシュマカを脅威に感じていた当時の北方諸国と南シダールの諸藩国の連合が、魔に堕ちた悪の王国呼ばわりをして、共闘して攻め滅ぼしたんだ。国力の差は大きかったけれど、アシュマカは爛熟期に入って政治も軍も腐敗していたから、電撃作戦で王都を落とされてあっさり負けた」

「強大な悪を倒す英雄譚は人気があるから、シダールでもよく演芸芝居の演目でかけられとるぞ。藩王の雪山越えの話だの、宝玉城炎上だのネタには事欠かんからな」

骨董屋の老人は、仕事柄そういうモチーフの民芸品や絵画もよく見るといった。芝居や美術品の意匠ではアシュマカの簒奪王はおぞましい魔物の姿で描写されるそうだ。なるほどこの部屋のタペストリーにもそれらしき姿がある。まったく人間には見えない。

「アシュマカの王家の人間は外見は、シダール人より北方諸国の者に近かったからね。まともに絵にすると、反植民地の独立思想があからさまになりすぎるんで避けたんだろう」

ジェラルドは皮肉な笑みを浮かべた。

「藩王国の精鋭が神聖な霊山を越えて古王国の王城を落としに行く話なんて、それぐらいファンタジーにしないと、ただの宣戦布告なしの奇襲攻撃で、属国のゲリラ軍が盟主国に攻め入った蛮行だからな」

このぐらいシンボリックにしてあれば、何が書かれているかなんて、当時サロンを使っていた皇国軍の士官は気にしなかったろうが、シダール人が北方の支配者を追い出す話だと聞いたらいい顔はしなかったろうねと、ジェラルドは笑った。

「お前さんは英雄譚は嫌いなのかね」

「当事者は物語ほどお綺麗なもんじゃないと思うだけだよ」

物語の王子様然としたジェラルドがそう言うと説得力があった。


ヘルマンは学生時代の記憶を辿ってみた。古王国史は専攻しなかったが、王国史は習った覚えがある。

「たしか我が国の王室はアシュマカの正当な王族の直系でしたよね」

古王国を滅ぼしたあと、アシュマカを手に入れた側は、熟れすぎた果実を持て余した挙げ句、仲間割れを起こして散々争って、すっかり荒廃させてしまった。現在も北シダールと北方列強の間は、小さな都市国家が寄り集まっているだけの地域だ。

この古王国崩壊後の混乱期に、難を逃れ市井に埋伏していた古王国の王子が、乱れた世を憂いて北方で建国したのが、今の王国だという。

王子といっても簒奪王の子ではなくて、古王国建国の祖の血を引く正当な王子で、簒奪王の元で冷遇されていたところを、古王国が滅ぼされて落ち延び……というなんともヒロイックでいかにも建国神話的な英雄譚だった。

薄幸で美貌の貴公子が、仲間を集めて、知略を尽くして、国を興すのだ。

ヘルマンも、講座のテキストが通俗小説並みに面白いから受講してみろと先輩に勧められて、授業を受けたものだ。

「大学時代に王国史を受講しましたが、建国王の話は人気がありました」

「僕はその話も嫌いだよ。大学って、つまらないことを教えてるなぁ」

個室の仕度が整ったと店員が告げに来て、その話はそこまでになった。


店員の後について、ホール奥の階段に向かう途中で、ジェラルドは目を見開いて足を止めた。

「レディ!こんなところで再会できるなんて、何という運命の絆が僕らにはあるのだろう!」

ちょうど入店してきたばかりらしきその若い婦人は、突然声をかけられて、驚いた様子でこちらをみた。

「まぁ、奇遇ですわね。今日は婚約者殿はご一緒ではありませんの?」

先制で牽制されて鼻白んだジェラルドに、アイリーンは悠然と微笑んだ。

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