廃坑
廃坑は草に埋もれていた。
「(夏草や……夏じゃないな)」
川畑は繁った草を踏み分けながら、荒れ果てた作業小屋や、野ざらしになって錆びた機器を見渡した。
「(こずかたの……城じゃないな)」
この手の草生した廃墟の句があった気がするけれど何だったかな?と川畑は首を捻った。
「(城春にして草木深し……だから城でも春でもないって)」
どうでもいいことを考えながら、ぶらぶらと歩く。
マユーリと別れてからここまで、荒地と原生林を一気に駆け抜けて来たので、少し休憩したい気分だった。
教えてもらった引込線の線路は、人の目がある駅周辺はもちろん、おそらく昔、仮の停車場があったあたりも、跡形もなくならされ、消されていた。昼間だったとしても、普通に探しては辿れなかったろう。
しかし川畑には翻訳さんというインチキ手段があった。わずかな痕跡を強調表示してもらって、あたりをつけて奥地まで踏み込めば、林の奥に放置されて草に埋もれた線路が見つかった。線路さえ見つけてしまえば、鉱山跡地まで、あとは比較的楽にたどり着けた。
「(四半世紀ぐらいじゃ、たいして朽ちないもんなんだな)」
錆びて傾いだ大型機械の脇で、川畑は足を止めた。よくジンと点検した機械だ。二人で夜中にくつろいだテーブルは、ひどく壊れて木屑になって散らばっていた。これは歳月で朽ちたというより鉱山が襲撃されたあの夜の騒ぎで壊れたのだろう。
「(懐かしいな)」
自分にとってはそれほど前のことではないのに、こうも廃墟感があるとずいぶん前のことに感じるものだと、川畑は片膝をついてテーブルのあったところの地面を撫でた。
ガタガタするテーブルを気にしていたジンを思い出す。雑なようでいて、繊細なところもある人だった。
「あった」
川畑は昔、自分が埋めた石を取り出した。
「思った場所にこれがあるということは、よく似た別の場所ではなくて、本当に俺がいたところか」
川畑は立ち上がって、石をポケットに突っ込んだ。
意を決して、懲罰小屋のあったところへ行く。小屋は影も形もなくて、黒ずんだ土台がわずかに残るだけだった。
「(自分の死亡現場を眺めるのも変な気分だな)」
教えては貰えなかったが、自分はかなりエグい殺され方をしたはずだった。リモートアクセスしていた偽体との接続をすぐに切られたので、それほど体感せずに済んだが、あのときやってきた男達のやり口は序盤からひどかった。
「(あいつらとジンはどういう関係だったんだろう)」
男達は川畑が原石を持っていることを知っていた。あのとき、石の存在を知っていたのも、その在処を知っていたのもジンだけだ。
「(ジンが先に捕まって吐かされたとか、そういうことじゃないんだろうな)」
川畑はうなだれた。
草の間にガラスが割れてひしゃげたランタンが転がっていた。
ジンはよくこのランタンのシャッターをカシャカシャ開閉させていた。手持ち無沙汰を紛らわして遊んでいるように見せかけていたが、あれは外に潜んでいる連絡員に伝文を送っていたのだろう。少なくとも夜中の決まった時間にやっていた開閉パターンには規則性があった。
彼は、鉱夫として潜入していた諜報員だ。
あの夜も彼はなんだかんだ理由をつけてランタンを調達していた。懲罰小屋の外でしばらく口笛を吹いていたのは、定時外の報告のために連絡員を呼び出していたのかもしれない。
「(察していたのに、原石のことを教えたのは、俺のミスだけど……)」
なんとなく、隠し事がある者同士の連帯感というか親近感があったので、こっそり秘密を共有してみたかったのだ。でもそれは孤独だった川畑の勝手な感傷で、一方的な甘えだった。
ジンにとっては、川畑の身柄をあの男達に差し出したのは、単なる仕事だったろう。
冷静に考えれば子供っぽい甘えのせいで痛い目にあっただけなのだが、どうにも辛かった。
「(あー、やばい。俺、思ったよりジンさんに思い入れがあったんだな。色々棚上げにしていたことを棚卸ししたら落ち込んできたぞ)」
0点と書かれた棒付きの札を出した帽子の男の姿が思い出されて、川畑はがっくりした。
採掘用の竪穴は黒黒と闇に沈んでいた。
「(あれ?翻訳さんの暗視が効かない)」
川畑は穴の縁から底を覗き込んだ。
自前の空間感覚を展開して、詳細を確認しようとすると、視界に翻訳さんのワーニングメッセージが現れた。
”現在選択されているレギュレーションではこの先の表示は推奨できません”とは、なんとも回りくどい表現だ。
川畑はレギュレーションの指定を変更して、穴の底を確認した。
「(ああ。鉱山が廃棄されたとき、口封じに全員ここで始末されたのか)」
穴の底にはおびただしい人骨が残っていた。
非合法組織が運営していたこの鉱山を接収したのは、おそらく当時北シダール一帯を占拠していた皇国軍だ。王国との条約の締結に伴い、ここを撤退するときに、王国側にここの存在が漏れないように、関係者をまとめて片付けていったのだろう。
川畑は暗澹たる気持ちで穴の底を見下ろした。
「(ジンがここを去ったのは、いつだったんだろうな)」
鉱夫のマーリードが殺されたあの夜に一仕事を終えてお払い箱にされたのか、皇国軍が撤退するときに関係者として消されかけて命からがら逃げ延びたのか、それとも全部の後始末を終えた後でどさくさ紛れに軍を裏切って抜けたのか。あるいはすべてブラフでタミルカダルに行ったのも軍務なのか。
「(ここに来れば何かがわかるかもしれないと思ったけれど、胸くそ悪いだけで肝心なことは何もわからんな)」
いっそ時間を遡上する転移を行ってみるのも手かと、川畑は思案した。
やったことはまだないが、理論的にどうすればいいかは、勉強のかいあって理解しつつある。幸いここは絶対座標系の存在する世界なので比較的容易だ。偽体との接続が絶たれた後で、奴隷商のところに出現させられる前なら、同一存在の重複問題も発生しないし、試してみてもいいかもしれない。
「(とはいえ、普通の転移も控えろと言われている立場で、それはまずいか)」
時間遡上転移は、元の世界の自分の家に帰るためには、いつかはチャレンジしておかないといけない技術だが、今は練習すべきではないだろう。
「俺も何やってんだか……」
川畑は座り込んで、窓から百日紅の花が見える自分の部屋を思い出した。
今は闇に沈んでいるこの地も、南国の原生林の奥地だ。花ぐらい咲いてはいるだろう。
でも……それにしても遠すぎる。
「山青くして花然えんと欲す……何れの日か是れ帰年ならん」
タイトルを思い出せないので、自宅にある古典Bの教科書を見返したかったが、それも叶わない。
「(手帳で、のりこに聞こう)」
まだ春には遠いから、そこまで嘆くほどのことはないか、と気を持ち直して、川畑は立ち上がった。
落ち込んでも、ノリコのことを考えるだけで、けっこう持ち直せる男。
……ただし、この療法は両刃の剣である。
返信;”絶句だよ”
「うう、単なる回答だとわかっていても、字面の拒否られてる感がメンタルにくる」




