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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

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夜陰

「なんで部屋は余っとるのに、ワシもここで休むことになったのかね?」

用意してもらった簡易ベッドに座った骨董屋のアバス老人は、機嫌の悪そうなジェラルドに尋ねた。

「知らないよ。保安上の配慮だとブレイクは言っていた」

「やっこさんはどうした」

「さあね」

ジェラルドは、ベッドサイドのランプの明かりで、何やら地図らしきものと書面を見ながら、そっけない返事をした。

「彼は夕食後に出かけました。多分、朝まで帰らないから、不審者には十分気をつけるようにと言っていましたが……なにしにどこに出かけたんです?」

首を傾げるヘルマンにジェラルドは肩を竦めてみせた。老人はジェラルドのベッドの枕元に例の黄色い鳥の魔除けが置いてあるのを見つけた。




「あんたのご主人をほっぽって来ちゃって良かったの?」

暗い色合いのショールを被ったマユーリは、人目を気にしながら小さな声で心配そうに尋ねた。

「宿をお借りしているヴィジャイ氏のところの使用人は皆さん優秀だから、あそこにいれば安全だと思う」

川畑はマユーリの手を引いて、駅舎の横手から、人気のない倉庫の裏に足早に向かった。

自分を襲った奴らがどうでるか多少不安ではあったが、今夜中に動いてしまうことにしたのだ。ヤクザの抗争ではないので、手を出しに行った構成員を潰されたからといって、すぐに乗り込んでくることはあるまい。牽制代わりに、相手の拠点に軽いトラブルも仕込んできたので、一晩ぐらいは留守にしても大丈夫なはずだった。


「あなたの方は何か問題は?」

「ないわ。部屋は引き払ってきたし、惜しむような付き合いもない」

「荷物は?」

「これだけよ。もともとたいして持っていなかったから。持ち歩けないものはまとめて隣の部屋の子にあげたわ」

マユーリの荷物は孔雀琵琶のケース以外は肩掛けのさほど大きくないズタ袋1つだけだ。

「心配しないで、どのみちあの店に雇われていたから住めた部屋だったのよ。クビになった以上、出ていかなきゃいけなかったから、あんたのせいじゃないわ」

「行く宛はあるのか?」

「ないけれど、どこに行ったってコレがあればなんとかなるわ」

マユーリは愛用の楽器を撫でた。

「あなたは、かっこいいな」

「いやぁね。それは女を褒める言葉ではないでしょ、マーリード」

暗がりでマユーリはくすくすと笑った。




「引込線があったのはこのあたりか?」

「ええ。周りの様子はだいぶ変わっているけれど、方角は間違いないわ。……たぶんここが待機小屋のあったあたりよ」

マユーリは繋いでいた手を引いて、川畑の目線が自分と同じあたりに来るように、彼の頭を抱き寄せた。

「ほら、ここから見ると駅舎のあの塔が2本重なって見えるでしょ。駅舎は昔から変わっていないから」

なだらかな坂になっているので、その2つの塔が今のように重なって見えるのはこの辺りだけだという。

「ちょっと面白いなって見るたびに思っていたからよく覚えているの」

「なるほど」

「つまらないことを面白がって覚えているのは、悪癖だと思っていたけれど、役に立つこともあるのね」

「観察力と記憶力に長けて機転が利くというのは一般的には美徳として褒められる能力だ」

この手の些細なことが大好きな川畑は、大真面目にマユーリを褒めた。

マユーリは川畑の頭を抱き寄せたままの姿勢で、まじまじと彼の顔を見上げてきた。あたりは暗いので彼女からはほとんど見えないらしく、細い形の良い眉を寄せて目を細めて妙な顔をしている。

「(”顰に倣う”の倣われる側の人だな。基本が美人の人がこういう表情をするとなんか可愛い感じだ)」

息が掛かる距離に顔を寄せられて、川畑は呼吸をすべきかどうか迷った。

「マーリード。あなた、難しい言葉を使えるようにはなったみたいだけど、女と話すのは下手だわ」

ばっさり言われて、川畑は言葉に詰まって固まった。

マユーリは女慣れしていない彼をいじめる気はないらしく、線路に話を戻してくれた。


タミルカダル方面からの鉄道の北の終点がこのヴェナラスの南駅だ。人も荷物もこのヴェナラスで大河を利用した河川交通に乗り換える。駅舎を建築し鉄道を導入した王国の資本家はここから東西にも鉄道を伸ばそうとしたが、恒河の運送の利権を握っているシダールの各藩主が、それを許さなかった。当時は、シダール北方は皇国の影響力も強く、今のようにシダール全域に対して王国が宗主国として確たる地位を築いていなかったので、東西線の計画は立ち消えた。


「ここから先にも線路を伸ばそうとしたけれど、途中で止めたそうよ。ヴェナラス東岸は忌み地だから呪われたという噂もあったけど、私は単にお金が足りなかったんだと思うわ」

結局、半端に作られた試線は、切り出した木材や廃物の運搬程度にしか使われなかったまま、放置されていた。それを、ヴェナラス東岸に広がる原生林の奥で剛石鉱床を見つけた山師が、非合法に占有して利用していたらしい。

「昔はこのあたりにも線路が残っていたのよ。でも、いつも汽車が停まっていたのはこのずっと先でね。どうして駅からすぐに汽車に乗れないのかって聞いたら、そんなに大ぴらにできるかボケって殴られたわ。今考えたら当たり前よね」

彼女に案内されるままに、川畑は暗い貨物置き場を歩いた。


「ダメね。すっかり線路がなくなっているわ。明るいときに見れば、何か跡がわかるかもしれないけれど、こう暗くてはなにも見えないわ」

あっちの丘を回り込んだ先に鉱山行の汽車が停められていたところがあるはずだが、暗すぎてわからないとマユーリは足を止めた。


「これ以上先は野犬やもっと大型の獣も出るから、今夜はここまでにして、明日出直しましょう」

組んでいた腕を引いて帰ろうと促すマユーリに従って、駅舎の近くまで戻ってきたところで、川畑は持ってあげていた手荷物をマユーリに返した。

「あなたはこのまま、夜行か、でなければ朝一番の汽車でここを離れてください」

「え?」

彼は、自分のカバンから夕方に市場で買った大きめのバッグと女物のショールや服を取り出した。

「服はこちらに着替えて。好みでないとは思うけれど印象が違うほうがいいから。楽器は目立つのでこのバッグに入れて、周りに服を詰めてください」

「でも私、あんたを案内してあげるって約束したわ」

「十分案内してもらえたから大丈夫。今夜中に行ってくる。明日、明るくなってからあなたとこのあたりを彷徨いているところを見つかるのは避けたい」

駅舎から洩れる薄明かりの下で、マユーリは心配そうに瞳を揺らした。

「特に行く宛がないなら、タミルカダルのヴィジャイ氏のお屋敷にいるヴァイオレットさんのところに行ってみてください。事情を話せば状況が落ち着くまで匿ってもらえると思うので」

川畑はマユーリが被っていたショールをそっと脱がせて、自分が用意した大きめのショールで彼女をくるんだ。

「今度はあなたが、おいていって忘れる側になっていい」

「男って、去っていくときも残るときも身勝手なのね」

「身勝手ついでにこれも受け取ってください」

川畑はマユーリにそこそこの額の紙幣を渡した。

「えっ?あんた、これ」

「交通費と当座の生活費に」

「やめとくれよ。……こんなことをされると、心根が貧しい私はあんたに縋り付きたくなっちまうじゃないか。それにこれはあんたのご主人様の金じゃないのかい?」

川畑は視線を逸らせた。

「……旦那様には後で返すので」

「あてはないだろうに」

「鉱山で原石を拾ってくる」

「賢そうでバカな男だね」

マユーリは笑って札を1枚引き抜いた。

「汽車賃にこれだけもらっておくよ。ありがとう」

「ジンの代わりになれなくてすみません」

マユーリはジンの名を聞いて泣きそうな顔をした。

「あいつはあんたみたいに優しくはなかったよ……でも、そうだね。今度はあたしがあいつと同じように、タミルカダル行の夜汽車でバックレるってのもいいかもね」

何気なく呟かれた一言に、川畑は引っかかりを覚えた。

「彼は、ここを出てタミルカダルに行ったのか?」

「そうよ。途中下車したかもしれないけれど、タミルカダル行の夜行列車に潜り込んだの。脚に酷い怪我をしていてね。応急手当はしたんだけどとてもまともに歩ける状態じゃなかったから」

川畑は諸々の違和感を覚えながらも、避けてきた話題に踏み込むことにした。

「何年ぐらい前だった?」

「覚えていないの?条約が締結されて皇国軍がここを離れる前だから、20年以上……25年近く昔よ」

Q;マユーリはマーリードは何歳だと思っているの?

A;40代。

翻訳さんが違和感を抱かせないように印象補正の小細工をしているせいだが、基本的に川畑がおっさん顔なせいで疑問に思っていない。

「若い頃から老けてると、歳をとっても変わらないのね」とか思っているのかも?

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