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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

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対岸

亜大陸中央部の峻嶺からいでて、広大な大地を東へとゆったりと下る恒河の流れは、浄都付近で急にその向きを変える。

「しかしまぁ、見事にあっち岸は何もないなぁ」

南北に流れる河の東岸は、ヴェナラスのある西岸と比べて、びっくりするほど建物も何もなかった。

いくら沐浴は朝日を見ながらが良いといっても、昼日中にガートに降りている人もいるのだから、向こう岸でも良さそうなものである。ヴェナラスの過密ぶりを考えるとなんとも不自然な偏りだった。


「あちら側は土地が悪いんでさぁ」

居合わせた地元の男に尋ねてみると、どうやら向こう岸はこちらと比べて、かなり住みにくい土地らしい。

「井戸も掘れないし、作物も育ちにくい。荒れ地の先の密林から獣は来るし、あちらの岸にはガーもたくさん棲んでいるときたもんだ。人の住むところじゃあない」

ガーというのはワニのような大魚で、なんでも喰うそうだ。夜行性で、昼間は静かな東岸で眠り、夜になると川底で餌をさらう。

生ゴミやなんやらをどんどん河に流しても大丈夫なのは、そういう理由かと、川畑は納得した。ここの人々は、源の象徴である牛を食べて生き、死後は涯であるガーに喰われる生涯を送るのだ。

夜のガーはガート付近にもやって来るので、ヴェナラスの者は、夜にガートには行かないが、迂闊な観光客がちょくちょくガーに喰われるという。

「あんたたちも夜にガートには行くんじゃないぞ」

「月の恒河を楽しむのは、宿の窓からにしておくよ」

ジェラルドが笑うと、男は「河を眺めるならそこのレストランのテラスがいい。昼間のほうがよく見えるしな」と言った。

「弟の店だ。ついてきな。割引させるよ」

好意か客引きかはわからなかったが、朝から歩き回っていたので、ジェラルドはその店で一休みすることにした。




案内されたのはなかなか綺麗で雰囲気のいい店だった。昔は皇国軍の士官クラブだったところを、条約締結で皇国軍が引き上げた後に王国の観光客向けに改装したらしい。

改装はそれほど徹底したものではなかったようで、内装はパッと見は王国風だが、皇国支配時代の意匠が端々に残っていた。壁の一部には古いシダール風のレリーフもあり、折衷様式の独特の雰囲気を醸し出している。

メニューにも、シダール料理以外に王国風の品書きが豊富にあった。

ジェラルドはスコーンとヴェナラス風のミルクティーを注文した。


河の上に張り出したテラス席は、風通しが良く、涼しかった。

「これからどうなさいますか」

「そうだね……宝石職人を探すのは止めようと思う」

正直、ヴェナラスの規模を見誤っていたとジェラルドは嘆息した。

「珍しい職業だから簡単に見つけられるかと思ったんだが、この街は想像以上に大きいし、混み合っているし、人の出入りが多すぎる」

それでも職人が身を隠す気がなければ、なんとか探せないことはないだろうが、もし身元を隠していたら、下手な探し方をすると相手を危険にさらしてしまう。タミルカダルを離れたということは、後者である可能性が高いだけに躊躇された。

「いくつか方法は考えたんだけど、どれもそれなりに時間がかかるし、こっちの持っている手がかりをバラ撒くことになってしまうからね。嗅ぎ回っている競合者がいる状態では下策だよ……どう?ここまでで何人かいた?」

「確実な尾行者は今のところいません。ただし、よくガイド料目当ての案内人や土産物屋や宿坊の客引きがついてくるので判別はしにくいです。旦那様は目立つので、プロがセオリー通りに複数人で連携すれば容易に居所は追えるでしょう」

ジェラルドは、ポットのミルクティーをサーブする従者を微妙な顔で見上げた。

「なんでプロのセオリーをお前が知っているのか聞いてもいい?」

「こう、普通に生活していて、見聞きしていつの間にか覚える知識って、出所を覚えてはいないものですよね」

「あー……うん。まぁいいや」

ジェラルドはカップを手に取った。


「石を持ち込んだ方の男の手がかりもないし、この線の調査はここまでだ」

原石がどこで見つかったのかに興味はあるが、手がかりなしで探すにはシダールは広すぎる。

「どうせここまで来たのだし、その昔、宝石国と呼ばれたアシュマカというところに行ってみても面白いかなとは思うけれど……さて、ここからだとどうやっていったものだか。舟かな?」

ティーカップから顔を上げたジェラルドは、従者が彼ではなく対岸をずっと見ていることに気づいた。

「それでお前は何がそんなに気になるんだ?」

「あ、すみません。向こう岸はこちらと地質が違うなと考えていました」

「地質?」

ジェラルドは眉を寄せた。

「ほら、岸の色が違うでしょう。それに岩の形状も。おそらくあちらの一帯は硬いんです」

川畑はテーブルの上に指で線を引いた。

「山からまっすぐ下ってきた恒河の流れが、こう、硬い岩盤にあたって曲がったところが、ヴェナラスなんでしょう」

川畑は河の流れを指の動きで再現し、街の位置をトンと突いた。

「これだけの大河の曲がり角なのに、大した三日月湖があるわけでもないし、街の位置が変わった様子もない。何百年も侵食が進んでいないとすればよほど硬い層なんです。だから、井戸も掘れないし作物も育たちにくい」

こいつ当たり前のように地学も語りやがるな、とジェラルドは内心で呆れた。

「うーん。面白い仮説だけど、今の僕らにはあまり関係のない話じゃないかな?」

「そうですか?」

従者はジェラルドに視線を戻して、軽く首を傾げた。

「でも剛石鉱床って硬い岩盤の中にあるんです」


ジェラルドが一瞬返事に詰まって沈黙が降りたところで、テラスの下で人が言い争う声が聞こえた。

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