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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

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齟齬

骨董屋の店主であるアバスは、目の前の妙な青年を黙って観察していた。

彼は、薄暗い倉庫で、渡した明かりをろくにかざしもせずに、寝台のヘッドボードの古傷を見ては、黙々と何やら手帳に書き込んでいる。明るいところで見ていたときは、お人好しそうな朴訥な顔つきで、わざと細めているのか元々細いのかわからない目元には、全く険がなかった。が、今、暗がりにうずくまっている人影の目元からは、緑色の光がチラチラと揺れていた。よく見るとその大柄な体躯全体から陽炎のように何かが漏れて立ち上っている。その様は、薄闇の中に棲む魔物にしか見えなかった。


アバスは魔術や秘技のたぐいは習得していなかったが、生来、人よりもそういう力を帯びたものに敏感なたちだった。

呪いや加護のある品を見分けられるのは、この商売をしていると重宝だったので、意図的に各地の有名な祭器や呪物を見て回って勉強した。

長年、色々な物をじっくり鑑定してきたため、今ではその種の特異な力のあるものは、ある程度見分けられるようになった。比べたことはないが高位の聖職者と遜色ないはずである。


アバスは渡された魔除けの置物に目を落とした。こちらはこちらで、うっすらと光っている。このように発光しているように感じるほど力の強いものは、神殿の秘宝級の祭器でもなかなかなかった。しかもどうやら自分が感じられているのは、この置物が自身の力を秘匿している効果だけなのであろうということがなんとなくわかった。実際に、これが周囲に与えている力自体はどれ程のものかなど考えたくもない。

もちろん今あの青年から漏れている力の異常さも恐ろしいレベルだ。アレは普通の人間とは違う超常の存在だとしか思えない。アレの主人も大概だったが、これは格が違った。どう考えても人が使役していい化け物ではない。


手帳から顔を上げた青年に、アバスは声をかけた。

「おぬしの主人は、どういう男だ?なんでおぬしはあの男の召使いをしておる」

青年は唐突な質問に首を傾げたが、特に気負うわけでも警戒するわけでもない普通の口調で答えた。

「旦那様は見た目はあの通り浮ついた方ですし、生活習慣はだらしないし、見栄張りなところはありますが、まぁ、悪くない人ですよ。俺はこっちに来る少し前に、あまり良くない店であの人に買われて、こうして護衛兼従者にされたんです」

こんなモノを売る店が王国にはあるのかと、アバスはゾッとした。その顔を見て何か誤解したらしく、青年はこの国では王国の奴隷身分の者に対して強い禁忌があったり、わきまえねばならない社会的な身分上のルールがるかと、心配そうに尋ねた。手帳をしまってランプを手に取った彼は、普通の青年に見えた。

「ひょっとして自分の身分を明らかにせずに、あなたの治療をしたり、例の豪邸やここに上がり込んだのはまずかったでしょうか?」

店主は青年がためらいながらおずおずと質問する様子に戸惑った。

身分差によって制限される行いは色々あるが、お前のようなイレギュラーなものの場合は、どういう扱いになるのかわからないと答えると、彼はどうも今ひとつ奴隷制度や身分制度が理解できていないので正しいふるまいがわからないと、眉尻を下げた。

困った顔をしている彼は、まるっきり普通の温和な青年にしか見えなかった。その大柄な体格にも関わらず、威圧感はない。先程、魔物のようだと感じたのは、なにかの間違いだったのではと思わせるぐらい、無害な印象に変わった青年に、アバスは困惑した。

「……少なくともワシは、命を救ってもらって感謝しておる。おぬしが何者でもワシの身内に害をなさないなら、咎めるつもりはない」

「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしていないなら良いのですが」

何か無作法をしていたら、遠慮なく指摘して欲しいと青年は頭を下げた。

アバスは彼をあらためてじっくり見返した。

……素焼きの壺並に地味な男だった。

古美術商としての感で、アバスは彼を”買う”ことにした。




「ではおぬしはあやつに心酔して従属した下僕というわけではないのだな」

「購入されましたし、奴隷としての契約はありますが、心酔はしていないです」

「あやつの事をどれぐらい知っている?」

「金持ちの道楽息子か有閑富裕層の遊び人らしいという程度のことしか知らないです」

青年はなぜそんなことを確認されるのかわからなくて不思議そうな顔をした。

「では一つ教えておいてやろう。アレはなかなか厄介な奴じゃぞ。古の女神の眷属にゆかりの者だ」

「カーラ派がどうとか言ってたやつですか?何やら秘教の教義は知識として多少知っているらしいですが、日常的に信心している様子はないですよ」

「そういう信仰心があるなしのレベルの話ではない。人の質の問題だ」

老人は目を細めた。

「古の女神の眷属は只人とは違う。人外と恐れられて狩られたぐらいだ」

「迫害があったんですか」

「それで身を隠したのがカーラ派で、反発して離脱した過激派がシャーマ派だが、区別するのはよほど知っとる奴だけで、外から見ればどっちも恐ろしい秘教の徒じゃよ」

「迷信と宗教的対立による暴力は怖いですね」

「あまりわかっちゃおらんようだが、まぁ、せいぜい気をつけることだ」

アバスの言葉に、青年は「はあ……」と頼りない返事をした。


「ご店主殿もお気をつけてください。襲われた理由がわからないということは、またあの連中がくるかもしれないということでしょう?」

逆に気遣われて、アバスは眉を上げた。

「二十年以上も放置していたわしのところにいまさら来るとは、シャーマの奴も皇国軍もおぬしらが引っ張ってきた厄ネタじゃろう。わざわざニセの貿易商まで間に噛ませおって」

「ん?」

青年は怪訝そうに店主を二度見した。

「貿易商はご店主が最初に声をかけたのでは?」

「バカ言え。誰があんな連中に自分から近づくんだ」

「ではご店主が店をたたむにあたって、ドクターウィステリアへの手紙を貿易商に預けたのがキッカケというわけではない?」

「奴らがアッシュの事を根掘り葉掘り聞いてきたのが先だ」

二人は顔を見合わせた。

「どうもワシラはもう少しお互いに腹を割って話を通しておいたほうが良さそうだな」

老店主は青年に向き直った。

「アバスだ」

二人は自己紹介から始めた。

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