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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

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寝台

「なかなかアグレッシブな方ですね」

ホテルで留守番いていたヘルマンが、アーサー・ウィステリアの話を聞いた感想がそれだった。


「では、”真実の愛”の帽子は、宝石職人が後から代わりに寄越した宝石で作られたというわけだったんですね」

「帽子の本体は、本国から取り寄せて、飾りは黒街のお針子に頼んだそうだ」

「中央の大粒の石はクライアントに納品したオリジナルと同じカットで仕立てた柘榴石。周りに散らした分はオリジナルをカットしたときに出た屑を使ったのか」

「店売りや、富豪の道楽ではなく、譲られた物で仕立てた心づくしの一点物だからこそのアンバランスさだったのさ」

なるほど、と肯いたヘルマンは、ふと重要なことに気がついた。

「あれ?それではくだんの古美術商は宝石に関しては完全に部外者で何も知らないのでは?だって、原石は流れ者が宝石職人に持ち込んで、ドクターが一時拝借していた完成品も、結局その宝石職人が期日通り納品したんですよね」

「そういうことさ。だから店主は”女神の瞳”のことも神殿のことも何も話さなかった」

ジェラルド残念そうに苦笑した。



「それじゃあ結局、遺産というのは何だったんですか?」

「今の話だよ」

「はい?」

怪訝な顔をしたヘルマンに、ジェラルドは肩をすくめてみせた。

「倉庫を整理していたら当時のことを思い出して、昔話をしたくなったんだとさ」

「なんて迷惑な。それで呼びつけられてはたまりませんね」

「ヴァイオレット嬢は喜んでいたから、それはまぁいいんじゃないかな」

「そんなものですか」

ヘルマンは、よくわからないというように首を傾げた。

「あとは診察に使っていたベッドが倉庫に残ってるから持ってけって言われた。悪いけど輸送の手配をしてくれ」

「承知しましたが……どこに送りましょう」

「うーん。廃棄してもらったほうがいい気がするんだけど、ブレイクが受け取りに行っちゃったんだよな」

ジェラルドとヘルマンはどうしたものかと顔を見合わせた。


「そういえばウィステリア嬢はどちらに?ブレイクさんとご一緒ですか」

「場所を借りていた豪邸の主人……さっきの話でいうところの富豪の孫のヴィジャイがやって来てね。思い出を語りあいたいと言って連れて行ったよ。幼馴染なんだそうだ」

部外者だからと邪険に追い出されたジェラルドは、シダール風のいい男だった富豪の跡取りの事を思い出して、憮然として籐椅子の肘掛けに頬杖をついた。




遺品の受け取りのために川畑が老人につれてこられた倉庫は、倉庫というよりも、あばら家に雑然と物を突っ込んだだけという風情のところだった。

「思ったよりもしっかりしたベッドですね」

「ワシは古美術商じゃぞ。店にはそれなりに選んだものしか置かん」

木箱や梱包された大きめの品々の奥に放置されていた寝台は、ヘッドボードにシダール風の透かし彫りの入ったなかなか良い造りの品だった。川畑は、病院のパイプベッド的なものを想像していたので意外に思ったが、そう言われてみれば、ここではパイプベッドのほうが入手しづらいだろう。

「本来はここに板でもあったんですか?」

マットレスが外された寝台は外枠だけだった。

「ああ、あんたは王国の人だから知らんか」

シダールでは、枠を巻くように太いバンドを交差させて編んで、寝台の底にするそうだ。職人がしっかり編むと、底板にマットレスを敷くよりも寝心地は良いらしい。

老人は、バンドは汚れと傷みが激しかったので捨てたが、必要なら新しいものを手配できると言った。使う気なら寝台本体もきちんと清掃するという。

「たしかに本体も相当傷んでいますね」

透かしにホコリが薄く溜まった寝台は、あちこちに細かい傷や黒ずんだ染みがあった。重傷の患者の治療用にも使っていたようなので、ひょっとすると染みのいくつかは血の跡かもしれない。エキゾチックな装飾の血染めのアンティーク家具って、ホラーアイテムだよな……と川畑は思ったが、口には出さなかった。


「磨いておいてやっても良かったが、当時のことを知りたいならこの状態も見ておきたいだろうと思ってな」

「お気遣いありがとうございます」

川畑は寝台の木枠の中に入って、ヘッドボードをじっくり見た。小さな傷に混ざって、何かを書きつけた跡がいくつかある。その昔、ここに寝かされた人が書いたものだろう。感謝や相手に神の加護があることを祈る言葉だった。書き方が一様ではないから複数の人達が書き残したものだろう。寝台を商品として見るなら消す必要がある落書きだったが、変わり者のドクターがいかに人々に感謝されていたかがわかる跡だった。


「ああ。これはいい。ご店主がこれをお嬢様にお見せしたかった気持ちはわかります」

読み取りにくいものもあるから、言葉を書き写しておきますと言って川畑が手帳を取り出すと、老人はランプを灯してくれた。

「すみません。傷がおつらいのではないですか?どこか休める場所にいていただいていいですよ」

「ここでいいさ。手当が良かったんじゃろう。痛み止めもよく効いとる」

老人は白いホコリよけの布のかけられた椅子に座った。

「そうじゃな。待つ間にあんたの魔除けを見せてくれ。あの黄色い鳥のやつだ」

川畑は少し迷ったが、懐から黄色いアヒルを取り出した。時空監査局製の人避け&防音結界発生装置であるが、展開したときの見た目はただのオモチャだ。素材的にはややこの世界のテクノロジーレベルにそぐわないかもしれないが、ツッコまれたら王国製の新素材じゃないですか?とでも言ってしらばっくれようと思いながら、川畑はアヒルを老人に渡した。


「見慣れん意匠だが、なかなか愛嬌のある顔だ。黄色い鳥とは珍しい。どこの神の魔除けかね」

「この世界を統べるちゃんとした神の魔除けではないですよ。知人からもらったオモチャです」

「ほう……」

老人は川畑と黄色いアヒルを交互に見た。川畑はその視線は気にせずにヘッドボードの落書きを書き留めていった。と、その中の一つ。他のものより下の方に書かれた文字に、目を留めた。マットレスか敷布団を敷いていたならちょうど隠れるかどうかの高さだ。寝ているときに書いたのなら、おそらく余人の目から隠す意図があったのだろう。書かれた後に擦って消されたのだろう。普通なら文字としては読めない擦り傷程度の跡だった。

明かり取りの小窓と、小さなランプが多少あるだけの薄暗い部屋で文字跡を読み取るために、暗視に加えて翻訳さんに痕跡の強調表示とパターン認識をさせていた川畑だからこそ気づけたようなものだった。

川畑はその文字列は他のものとは別のページに書き付けた。

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