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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

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骨董屋

骨董屋の店内は荒らされていた。

割れた壺の破片や倒れた置物、棚から落ちた小物などが床に散らばっている。

その荒れた部屋の端の血溜まりに、年配の男が倒れていた。




黒街から数ブロック離れた地区の安宿で、老人は不機嫌そうに寝台から天井を睨んだ。そのいかにも偏屈そうな浅黒い顔の眉間に深いシワがよる。

「なんでワシは生きとる」

「弾はきれいに抜けていて、まずい臓器に傷が入ってなかった。日頃の行いでも良かったんじゃないかな?」

寝台の傍らにいた大柄な異国人の青年は、至極のんきにそんなことを言った。傷は塞いだが、血を失っているからしばらく安静にしろと医者のような口をきくが、医者にしては着ているものが違う。

「誰だ、お前は」

問われて青年は少し姿勢を正した。

「ただの従者です。旦那様を呼んできますので、自己紹介はその後で……あーっと、すみません。その前に一つだけ確認させてください」

「なんだ」

「あなた、古美術商のご主人ですよね?」

「違うと言ったらその粥は食わせん気か」

「いいえ。そんなけちくさい事はしませんよ」

青年は安物の椀に入ったミルク粥を差し出した。椀は安物だが甘い良い香りがする。老人は青年に背を支えられながらなんとか起きて椀を受け取った。

「あなたが巻き込まれただけのただの骨董屋のお客さんでも親切にします。むしろご主人でもないのに、そうだと騙って適当な嘘をつかれると大変迷惑なので、それはやめていただきたい」

「だったらワシが主人でも、無関係な客だと言ってただ食いして帰ったほうが得なように思えるな」

ミルク粥を食いながら、顔のシワを歪めて笑う老人に、青年は困ったような顔で飲み物のカップを用意した。

「そういう遠回りはお互いにとって面倒なので避けたいです」

老人はフンと鼻を鳴らしただけで、黙ってカップを受け取った。

「誰の従者だか知らんが、胡散臭い若造の言う事なんぞ聞く気はない」

「たしかにうちの旦那様は、とても胡散臭い若造ですが……」

と、従者にあるまじき前置きをして、青年は続けた。

「真実の愛を捧げられたレディにならお会いになりますか?」




赤い宝石を配した婦人帽を被ったヴァイオレット嬢に会うなり、ずっと渋面だった老人は相好を崩した。

コロリと愛想が良くなった彼は、ヴァイオレットに「小さい頃を知っている」だの「すっかり美人になった」だの好々爺然と声をかけた。

「で、コヤツは何もんだ」

老人はジェラルドを指差して露骨に顔をしかめた。ジェラルドが名乗って、ヴァイオレットの婚約者だと言うと、老人は鼻で笑った。

「こんなチャラチャラしているくせに腹の中ではろくでもない事ばっかり考えているような、どこの誰ともわからん胡散臭い詐欺師と付き合っちゃいかん」

「さすが骨董屋。見る目が確かだ」

「黙れ、ブレイク」

ジェラルドは無礼極まりない従者をピシャリと叱って、老人に向き直った。

「初対面だから信用してもらえないのは仕方がないが、外見で判断しないでいただきたい」

「いやお主、内面が全然信用ならんタイプじゃろ」

「さす……」

「黙れ、ブレイク」

「いえ、さすがにそれは言い過ぎだとフォローしようかと。……旦那様は見せかけより実は底が浅めですから」

「もういい、お前は喋るな!」

癇癪を起こしたジェラルドをヴァイオレットがなだめて、進まない話をなんとか進めた結果、古美術商はこんな安宿でする話ではないと、一同を知人の家とやらに案内した。




王国もそうだが、シダールは貧富の差が著しい。黒街や安宿のあった界隈の路上には家のない路上生活者がうずくまったり横たわったりしていたが、案内された邸宅は、宮殿と見まごうほどきらびやかだった。そこは古美術商の古馴染みの別邸で、離れは好きに使っても良いと言われているそうだが、正直、簡素な服を着た爺さんを連れて入るのがためらわれるような豪邸だった。

物腰の柔らかな使用人に案内されて、花の浮かんだ泉水を横目に、透かし彫り細工の見事な回廊を進めば、中庭に瀟洒な東屋があった。

「ここなら安心して話ができる」

敷物に座って、傷に響かない楽な姿勢が取れるように、クッションをあてがってもらった古美術商は、従者だと言った青年が懐から黄色い鳥の置物を取り出したのに目を留めた。見慣れない素材で妙な意匠の代物だ。赤い帽子を被った黄色い鳥はずいぶんマヌケな顔をしていた。

「それは?」

「お気になさらず。魔除けのようなものです」

小声で答えた従者は、クッションの影に鳥の置物を置いた。


「それで、あの襲撃者達は何者で、なぜあなたは襲われたんだ」

「そんなもの、ワシの方が知りたいわい」

古美術商の老人は忌々しそうに吐き捨てた。

楽隠居する気で大口の取引はもうせず、店の在庫のほとんどは処分し終えており、店頭には残った多少のガラクタを捨て値で並べていただけだったという。実際、店を開かない日も多かったが、数日前、ヴァイオレットの父親の遺産の件で煩かった貿易商の者が、もうじき娘が来るからと言伝を寄越したので、今日はしばらくぶりに店を開けていた。

そこにやってきたのが、あの緑色のターバンの客で、急に短刀を突き付けてついてくるようにと老人を脅したという。

「嫌だと言ってやったら、本気で刺そうとしてきよったので、お前の目当てのものならそこのチェストの中だと教えてやったわい」

「目当てのものとは?」

「さあて?」

老人は首を傾げた。

「そういうときのために、ちょっといい感じのチェストになんとなく大事そうにガラクタをいくつかしまって置いてあるんじゃが、そのうちの1つを持っていきおった」

「なるほど」

ジェラルドは嫌そうに相槌をうった。たしかに賊はちょっと大事なものが入っていそうな感じの黒い革袋を持っていた。

「そこに軍の連中が大勢やって来て、奴と揉め始めてな。酷いとばっちりじゃよ。一緒くたに撃たれて、気がついたらこの兄ちゃんの世話になっとったわい」

「軍というのは?王国軍の制服ではないし、部隊章や階級章の類もないようだったが」

「皇国の奴らじゃ」

「シダールで皇国軍?条約違反だろ」

「だから部隊章をつけとらんのだろうよ。表向きは傭兵団だかどっかの私兵扱いになっとるのだろうが、皇国軍だというのはここいらのもんは皆知っとる」

ジェラルドは眉を寄せた。

「あの緑色の被り物を被っていた奴はシャーマ派だろう?狂信者と皇国軍に襲撃される心当たりは本当にないのかい?」

ジェラルドは真剣な表情で、老人を見つめた。

色黒で白髪の喰えない老人は、片目を眇めて、色白で金髪巻毛の美青年を値踏みするようにジロジロ見た。

「シャーマ派を狂信者と呼ぶってことは、あんたカーラ派か?」

「敬虔な女神の信者ではないけれど、善き人に加護と繁栄があらんことを願う者に敬意ははらうよ」

ジェラルドは片手を胸に当てて一礼した。

「彼女の母の形見の帽子についている飾りは、女神ゆかりの品なんだろう?事情を知っているなら教えてくれ。彼女に害が及ぶ可能性があるのか知りたい」


老人は、部屋の端の女性用の敷物の上で静かに話を聞いているヴァイオレットの方をちらりと見た。

「そうじゃな。あんたはウィステリアの嬢ちゃんを連れて来てくれたんじゃから、彼女の父親の話をせんといかんじゃろう」

そう言って老人はドクターウィステリアの話を始めた。

いいね押してくれた方、ありがとうございます。

なるほど、こんな感じなんですね。

私も他所で押してきました。

好きな1話ごとに押せていいですね。

トータルでどうとか考えずにその時の気分で気に入ったワンフレーズがあったり、ちょっといいシーンがあったら評価できる。

(個人的には履歴が残らないのも気楽で良い。足跡を残したくないから嬉しい……)


書いている側としては、読んでもらえたんだなぁという実感がわきます。ありがたや。

よし、がんばって続きを書こう。

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