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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

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黒街

ここからシダール編です。

章を分けるか迷いましたが、そのまま続きです。よろしくお願いします。

王国の南方に位置するシダールの中でも、タミルカダルは南端に近い。

王国は霧が立ち込めて暖炉が必要な季節だったが、ここの空気は暑くて乾燥していた。

生成りの麻の上下を着たジェラルドは、白い帽子のつば越しに強い日差しを見上げて目を細めた。

「まったくもって異国に来たという感じだな」

通りを行き交うのも、馬車ではなく牛が引く車だ。立派な茶色い角がある白茶けた牛は、背にコブが盛り上がっていて、王国の農村でみるものより大型である。ホテルの前で見たときには驚いたが、乗ってみれば、馬車のような軽快さはないものの、牛車も思ったほど遅くはない。

「ここからは歩きだそうです」

牛を止めた御者と、二言三言交わしていた従者は、そう言うと先に降りて、ジェラルドが降りる側のステップを下ろした。

「その先が目的の店がある黒街ですが、通りが狭くて人が多いので牛車は入れないと言われました」

「たしかに人も店も多いね」

ジェラルドは賑わう通りを見て呆れたような感嘆の声をあげた。


黒街と呼ばれる繁華街は、その名に反して舗装されていない白茶けた路と、間口の狭い白くて四角い建物が連なる通りだ。ただし、ありとあらゆる生活用品が商われているそこは、どこからどこまでが何屋かわからないほど、店や露天商が並んでおり、路や壁の色などにわかにはわからない有様だった。


「あの鳥売りの後ろの鍋屋の奥のショール屋で見えない店舗は何屋かな?」

「雑穀屋か香辛料屋と、古金物屋でしょう」

ジェラルドは、子供のように無邪気に、彼の従者にあれこれ質問しながら、楽しそうに両脇の店を眺めて通りを歩いた。

「あれは甘蔗だろうか?」

青臭い太い茎の束を手押し車に山積みにした露天商の敷物の上には、手回しハンドルの圧搾器と水桶と素焼きの小さな器がある。

「絞った汁を売っているようですね」

甘蔗屋は、客が選んだ甘蔗を受け取ると水桶で泥を落として、手慣れた様子で搾り器にかけた。搾った汁にレモンと香辛料を少量入れてでき上がり。乾燥して暑く、喉がすぐに乾く気候なので客足は絶えないようだ。

「器を濯ぐのもあの水桶ってのがシダールだなぁ」

「衛生観念に関しては王国もどっこいなところがありますから、そこはいいっこなしでしょう」

「お前がうるさ過ぎるんだ。風呂に毎日入れと強要したり、人の耳の中まで掃除しようとしたり、果ては、王都の上水道の取水口の位置に文句を言ったり……」

「すみません。無臭で透明な清浄な水が使い放題の環境で暮らしていたので」

ぼそりと口答えした従者の言葉に、ジェラルドは山奥の澄んだ湖水を連想した。そういう所で暮らしていたのに、鉱山で働かされ、奴隷商に売られて、あの有様だったのかと思うと、この従者がとても可哀想に思えた。

従者は、ジェラルドの同情には気付かず、いつもどおりの仏頂面で淡々と続けた。

「まぁ、風習が違うと言うのは理解しています。衛生観念が低い世界に住んでいるからと言って旦那様を不潔だという気はないので、お気になさらないでください。耳だって洗顔のときに耳介も洗えと言っただけで、耳穴の垢を掃除したことはないでしょう?」

従者はジェラルドの耳をちらりと見た。

「しますか?耳掃除」

ジェラルドは慌てて両手で耳を塞いだ。


そのとき、銃声とともに派手な音がして、通りに面した建物の2階の窓が蹴り破られた。

壊れた鎧戸の破片と一緒に、人間が落下する。露天商の日除けが崩れ、悲鳴と怒号が上がった。

窓から外を覗いた男が何やら叫び、人が落ちた辺りに向かって、銃を2,3発撃った。

「え?何?」

耳を抑えたまま、目をパチクリさせて振り向いたジェラルドの方に、騒ぎの中心から緑色のターバンを被った小柄な人影が駆け寄ってきた。その片手には短刀が、もう片方の手にはなにかの小袋が握られている。

「おっと」

ジェラルドまであと2歩のところで、相手の体は横に吹き飛んだ。鳥の籠がひっくり返り鍋釜が崩れて派手な音を立てる。

ジェラルドは自分の前に突き出された長い脚の主を横目で見た。

「旦那様、ご無事ですね」

「そこはご無事ですか、じゃないのか」

「私の隣で旦那様に危害を加えるような真似はさせません」

「あっそう」

「ただし……」

従者は転がってきた鍋を拾って、無造作に投げた。

小鍋は真っ直ぐ飛んで、逃げ惑う人々の向こうで銃を構えていた男の手から銃を跳ね飛ばした。

「銃弾は止められないので、射線が通らないところに隠れてください」

最初に騒ぎのあった建物から男がもう一人出てきた。痛そうに手を抑えている男の同僚だろう。二人とも軍服に似た黒っぽい服装で、見るからに荒事のプロっぽい風体だ。

もう一度、銃声が響いた。

ジェラルドは、銃声がする前に、彼の従者が身体をわずかに捻って銃弾を避けていたのを見て、彼の心配をするのを止めた。


背後でジェラルドが絨毯屋の商品の間に飛び込むのを確認しながら、川畑は前に出た。何故か黒服どものヘイトをかってしまったようで、後から来た男の銃口はまだこちらを狙っている。背を向けて逃げるわけにも、他の人々の間に隠れるわけにもいかないので、やむなく距離を詰めることにした。

射線に対して不規則にジグザグと左右に振れながら走る。近づきついでに、甘蔗の茎を1本拝借。大人の身長ほどもある長い茎を、銃を持つ男の手首を狙って振り抜いた。

太い茎はしなやかな鞭のようにうなって、男の前腕部を引っ叩いた。男は呻いて銃を握った手を引いたが、もう片方の手でナイフを引き抜いて構えた。シダール風ではない、北方諸国の軍用装備風の片刃の直刀だ。

牽制で振った甘蔗の茎が、一振りごとにゴツいナイフで切り払われて短くなっていく。

「お。あれ?よく切れるな。それ」

川畑は茎が短くなるごとに一歩ずつ踏み込んだ。

「はい。おつかれ」

甘蔗の茎に集中していた相手の意識の死角から伸ばした左手でナイフを払うと同時に、なにか叫びかけた相手の口に、短くなった茎の残りを突っ込む。

呻いたところでベルトを掴んで適当に放り投げると、男は香辛料の籠の上に落下して、赤黄色い煙が派手に上がった。

「甘いと辛いのコラボレーション……というよりは催涙爆弾だな、これ」

くぐもった悲鳴が上がる大惨事の香辛料屋に、川畑はペコリと頭を下げた。

ついでに首筋を狙ってナイフを突き出してきた黒服の足を払う。最初にジェラルドを狙った方の男だ。

「お連れ様がお待ちです…よっと」

こちらの男も、バランスを崩したところを膂力に物を言わせて放り投げる。

香辛料まみれになって、激しく咳き込みながら立ち上がりかけていた男にぶつかって、二人とももんどり打って香辛料の山にもう一度頭から突っ込んだ。


同じ服装の新手がもう数人現れたところで、川畑は端の一人に文句を言った。

「あんたがリーダー?どこの部隊か知らないけれど、うちに絡まないなら素直に通すから、さっさと行ってくんないかな。あんたたちが追ってたのは最初に逃げたあいつだろ」

どこの国の者ともわからぬ風貌の男に、クリアな発音の()()()で話しかけられて、黒服達は怯んだ。

たしかにターゲットはこの得体のしれない男ではないし、同国の者なら自分たちが知らされていない同盟者の可能性はある。そして何よりも、コレにかまっていると、被害が拡大してターゲットは取り逃がすという最悪の事態になることが容易に想像できた。

「コイツにかまうな。追え」

リーダー格らしき男の短い命令で黒服達は、緑色のターバンの奴を追って川畑の脇を走り抜けて行った。


川畑は、振り向きざまに彼の背中を撃とうとした最後尾の黒服に、脇の屋台の西瓜をぶつけて昏倒させた。

「代金はそいつが払う」

屋台の親父らにそう言い残して、川畑は男達が出てきた建物に向かった。


思ったとおり、そこは目的の骨董屋だった。

いいね機能とやらが実装されたようですね。なんかあとがきの下にボタンが増えているようです。

何が起こるのか知りたいので、試してみようと思ったのですが、読んでいる先でまだ押せるところがなかった……。

(そして自分の話にいいねなんてできない)


親切な方、気が向いたら押してみていただけるととても嬉しいです。

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