想定外の協力者
「召喚勇者育成計画第一次調査団、西方部隊……よくそんなのに潜り込めましたね」
帽子の男は川畑の経過報告に驚いた。
異界からの不正な召喚を試みようとしている世界で、情報収集を手伝ってくれとはお願いしたが、正直いうと、ここしばらくは王都での生活拠点を作って、慣れておいてもらうこと程度しか期待していなかった。だから、途中で様子を見に行くこともせず放置していたのだ。フリーパスで仕事を与えて、この男を野放しにしておくとどうなるかについて、帽子の男はこの時点ではまだ思い知っていなかった。
「潜り込んだとか、人聞きの悪いことを言うなよ。ちゃんとクライアントの要望で引き抜かれたんだぞ。日頃の地道な仕事の積み重ねの成果だよ」
川畑は急須とマグカップを座卓に置くと、座布団に座った。
「私の分のカップがない」
「お前は飲み食いできないんだろ。幽霊擬きの前に影膳とか縁起が悪すぎる」
「ティーブレイクもできないこの身が悲しい……。それはともかく。たまたま所属していた隊の隊長さんがそんな任務に任命されるなんてラッキーでしたね」
「ああ、バスキン隊長は優秀な人だからな。楽だったよ」
帽子の男は若干の違和感を感じて首をかしげた。
「隊長の負荷が減るようにちょっと仕事のやり方を改善したら隊全体に展開して定着させてくれたし、差し入れとかしたら喜んで部下と休憩とかしてくれる優しいところあるし、トラブルが不自然に推移している統計を出したら、ちゃんとこっちが意図した通りに読み取って、西方で何かが起こる前兆かも知れないから調査が必要だとか報告書上げてくれるし……」
「それはいい上司ですねー」
「お陰で、誰がトップになっても簡単に管理できそうにみえる優良な部隊で、問題意識のある有能な士官が暇してるって構図が簡単に作れた」
「はい?」
「西方調査を誰にやらせるか迷ってた偉いさんに、あいつらが推薦したら一発で決まったよ」
「あいつら?」
川畑が指した方を見ると、部屋の隅で青と黄色の小妖精が遊んでいた。
「え?なんで妖精がいるんです?」
「妖精王のところから出向中。俺だけ休憩するのずるいって騒ぐから、この部屋も妖精OKな仕様にした」
「え?え?妖精OKって、いわれてみれば精霊力があるけど?なんで?」
「俺の力で充填してる。だからあいつらはこの部屋にいる間は俺の眷属だな。個体の構成パターンは同一だけど材料になるエネルギー源が違うのってテセウスの船的にどうなのかな?と思わなくもないけど、まぁ、あいつらはアイデンティティーで悩むような質ではないから」
「よんだー?おーさま、ごよう?」
「なんかティーのおはなし?あ!おちゃしてる!ボクたちもほしい」
妖精達は小さなマイカップを持って飛んできた。
「待て待て、今いれると渋いから。……まぁ、精霊魔法が使える設定になってると、いちいちお湯を沸かさなくていいのは楽だよ」
川畑は急須に少しだけお湯を足してから、妖精達のカップにお茶を注いだ。
「青いのがカップで、黄色いのがキャップだ。集合のorとandで覚えると楽だぞ」
指を上向きと下向きのU字にして妖精を紹介する川畑を、帽子の男は不可解なモノを見る目付きで見た。
「おーさま、となりのおへやでアニメみていい?」
「てれびのじょーん」
「もうすぐ戻るからちょっとだけだぞ」
「いーよー。あおいひかりかけて」
「アカデミーじゅしょうけっさくせんがいい!」
川畑はカップを流しに片付けると、押し入れの隣の扉を開けた。
「悪いな、ちょっと待っててくれ」
妖精を肩に乗せて川畑が入っていった"隣の部屋"を見て、帽子の男は唖然とした。
そこは、映像機器、コンピューター、ゲーム機、オーディオ機器、各記録媒体、書籍、関連製品その他諸々が年代メーカー問わずに、無節操に詰め込まれた大きな部屋だった。明らかに畳の部屋とは天井の高さも柱や梁の構造材も違う異質な部屋だ。
正面のモニターの前には、座り心地の良さそうな大きな椅子があり、妖精達はその椅子に行儀よく腰かけて、川畑がディスクをセットするのを待っていた。
「なんですか、このオタク部屋」
「俺が集めた訳じゃないぞ。賢者の部屋だ。"地球"系列の20世紀前後を調べたときの収集物なんだってさ」
「賢者……。え?ここ、どこなんですか?」
帽子の男は畳の部屋の窓の外を見た。青空の下で百日紅の葉が揺れている。
「賢者の家の離れだ。そっちは追加で拡張した俺の部屋だよ。窓の景色はダミーだから気にすんな。離れ単体で異界として独立しているから窓の外側は定義されてない」
帽子の男の顎がカクンと落ちた。
「よーし、1話だけだぞ。でも迎えに来るまでは椅子の範囲から出るなよ。機器に悪いからこっちの部屋は椅子の上しか精霊力張ってないからな」
「はーい」
「わかってまーす」
よいこの妖精達を残して戻ってきた川畑は座布団に座った。
「悪いな。どこまで話したっけ?」
帽子の男は2、3度まばたきしてから、恐る恐る尋ねた。
「ご自宅に戻っていた訳じゃないんですか?」
「悪かったな。まだだよ。ここに転移した時点でわかるだろう」
「いえ、私は川畑さんの持っているデバイスをマーカーにして転移しているので、気づきませんでした」
「そういうものか。……それはそれで便利かもな。そういえば俺のが予備装備だったってことは、お前の使っているのと互換性あるんだろ。翻訳さんの入出力を一時的に同期できたりしないか?」
「何をする気です?」
思わず身構えた帽子の男に、川畑は経過報告を効率的にやりたいだけだと説明した。
「紙に書いてもお前は物持って帰れないからな。口頭報告はまだるっこしい。それにお前、俺の感覚とリンクできたらお茶飲んだりが楽しめるんじゃないか?」
帽子の男は目を瞬いた。
「どうなんでしょう。お菓子の味とかわかるのかな……しょうがないですね。知覚情報の同期なんてやったことないけど、やってみましょう。こ、こうかな?」
帽子の男は胡座をかいている川畑に近づくと、恐る恐る体を重ねた。
「どうでしょう?初めてなんで勝手がわからないんですが、繋がってる感覚ありますか?」
「お前にこわごわ弄られるのが思ったより気持ち悪い。これ、俺側から接続していいか」
「……どうぞ」
言ったとたん、自分の感覚に、重ねた身体の感触や体温が一気になだれ込む。
「待って!ヤバい、これヤバい」
同期された知覚から、触れたこともない感覚が、どばどば流し込まれ、溺れかけた。
「ダメ、ダメ、こんなの死んじゃう。止めて、止めて……あぁっ」
川畑はあわててリンクを解除した。
「私は日頃、干渉率を下げたうっすい視覚と聴覚だけで生きてるんです。あんな濃い情報を一気に流し込まれたら意識が飛びます!!うええ、口のなかに舌がある感触があんなに気持ち悪いとは。内臓のリアルな感覚とか知りたくなかった……」
帽子の男はぐったりと倒れこんだ。
「入れるのは視覚だけ!しかも必要な部分ちょっとだけにしてください!」
「視覚だけ?……ええと、これでいいかな?」
川畑が男の顔の前に左手を伸ばすと、帽子の男の視野に、大量のテキストデータと切り取られた小さな映像が流れた。
「ぶっ。なんですかこれ!」
「口述筆記の要領で思考入力を視野内に文字出力してから、推考した。これなら馬に乗っていても書けるから手書きより楽なんだけど」
「視覚情報の部分保存とか編集とか、また訳のわからない応用をしている。並列処理が多過ぎて……うええ、酔う」
帽子の男は涙目で口をおさえた。
「この直接データリンクは無理です。川畑さんの扱う情報量が多過ぎて、私じゃ処理しきれません。頭がくらくらして、なんか色々まずい感じに、意識とか記憶が飛びました」
「すまん。もらった本で使っているデータ形式のプロトコルがわかれば、翻訳してもらって流し込むんだけど。あれの記入可能な"手帳"版ってないの?あったらそれで報告する」
「手配します」
帽子の男は消え入りそうな声で了承した。
「おーい、そろそろ戻るぞ」
「はーい」
「ピアノかっこいい!おーさまピアノひいて」
「下の階の部屋にあったから、また今度な」
妖精を肩に乗せてた川畑は、まだ床に突っ伏して半分沈みかけている帽子の男に声をかけた。
「音もいじると結構面白いことができるんだけど、聴覚は大丈夫なんだっけ?よかったら今度……」
「お断りします~!」
帽子の男は悲鳴を上げた。




