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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第10章 太陽の炎が消えた時

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着陸

燃料切れで着陸脚が壊れた飛行機に乗った二人は、今後の対応を相談した。

「このまま胴体着陸するのと、パラシュート一つで二人で飛び降りるのと、どちらがいいですか?」

「酷い選択肢だなっ!」

「幸い下は湖沼地帯なので、硬い地面ではなく、水場に落ちる可能性は高いです。ずぶ濡れになると寒いかもしれませんが、死ぬよりマシでしょう。湖に落ちたら頑張って岸まで泳いでください。全力じゃなくていいですよ。その後、最寄りの街まで歩く必要があるので体力配分はそれなりでお願いします」

「泣くぞ!それ以上言ったら泣くぞ!!」

「男が泣いても優しくしません」

「わ~ん、従者がいぢめる〜」

「けっこう余裕ありますね。別案試してみますか?」

「別案?」

「あっちの飛行機に、飛び移ります」

ジェラルドはなんとも面白い顔で固まった。




スティーブンは、犯人らしき人物が飛び降りたのを見て、慎重にオレンジ色の複葉機に自機を寄せた。

後部座席に入った青年がこちらに向かって大きく手を降っている。

「おーい。パイロットさーん!燃料ないのでそっちに行きまーす」

「はあっ?!」

「タイミング合わせて拾ってくださーい」

「無茶抜かすなぁっ!!」

スティーブンは怒鳴り返した。

「信用してまーす」

大柄な青年は腹が立つほど無邪気にそう言って、手をブンブン振った。

「こっちの左旋回に合わせて右旋回してください。ランデブーポイントで背中合わせに垂直上昇。テールスイングの要領で空中停止後にそのままの姿勢で垂直降下してください。そちらの空中停止に合わせて飛び移ります。自由落下時間中に乗り移りますので、余裕が持てるように高度稼ぎましょう」

「いいですか?」と聞かれて、スティーブンはキレた。

「誰にもの言ってるつもりだ!」

自分は事故の後遺症でまともに操縦のできないポンコツパイロットだ。そんな曲技飛行ができるわけがない。

しかし、何も知らない青年は、なんの心配もしていない声で答えた。

「いよっ、エースパイロット!倉庫の壁に賞状並んでたの見ましたよ。よろしくお願いしまーす」

スティーブンは自分が未練がましく残していた賞状(過去の栄光)のことを思い出して、恥ずかしさに目眩をおぼえた。


事情を打ち明けようと思ったときには、オレンジ色の機体は左旋回を始めていた。

スティーブンは舌打ちをして、右旋回を始めた。できようができまいが、こうなったらやるしかない。


2機は双葉のように左右に分かれてきれいな輪を描き、互いに交差するタイミングで垂直上昇に入った。不安定に上がるオレンジ色の機体をフォローするように、エンジン性能に余裕のある群青色の機体が高度を調整しながら、ピッタリと背中合わせに機体を寄せた。

「テンカウントで停止する!10、9……」

スティーブンは、大きな声でカウントダウンしながら、機体同士が接触しないように注意しながら、ギリギリまで寄せた。

「7,6……」

スティーブンの頭上にオレンジ色の主翼が迫った。少しのミスで両機とも墜ちると思うと緊張で手足が強張ってきた。

翼の向こうから情けない悲鳴が聞こえた。人質になっていた優男だろう。こんな頭のおかしい曲芸につきあわされるなんて同情する他ない。

「い〜や〜」

優男の悲鳴に自分の心の叫びと同じものを感じてスティーブンは可笑しくなった。

「黙って腹くくれ!」

それに被さる青年の声に、自分自身が叱られた気分になる。

「(やべぇ、かっこ悪りぃ)」

自嘲の苦笑なのか何なのか、自分の口元が半分笑みの形に釣り上がるのを感じた。ふっと手足の強張りから意識がそれた。それと同時に腹の底が定まる。

「…2,1、停止!」

オレンジ色の機体から優男を抱えた青年が飛び降りるのが見えた。




「もうヤダ、こんなの」

「はいはい。いい歳してめそめそしない」

「信じて掴んだ命綱の端がフリーだなんて酷すぎる」

「フリーダムな命綱ってなかなかのパワーワードだなぁ」

「お前のことだよ!」

群青色の複葉機の後部座席に無理やり収まった主従は、関係性がよくわからないやり取りをしていた。


「お前、僕の扱いが雑過ぎないか?」

「いいえ。最優先事項にしてますよ。そうじゃなきゃ野郎を膝の上に乗せて抱えたりしません」

「主人を野郎呼ばわりするな!ついでにこの体勢も本意じゃない!」

ジェラルドは、顔を赤くして怒った。

狭い後部座席に二人で座るためには、体格差の都合上、子供のようにすっぽり抱えられて密着せざるを得なかったのだ。

「狭い。苦しい。風かきつい。背中だけ熱くて、前が寒い」

「文句が多いなぁ」

「お前、そういうことは思っても口に出すなって習わなかったのか」

「習いましたけど、世間の耳目がないならいいかと」

「僕の耳目と心象を考慮しろ!」

「はい。承知いたしました。旦那様」


そういう慇懃無礼な態度はやめろと言いかけたジェラルドは、上からバサリと何か温かい布を被せられて慌てた。

「な、何……?」

布がずらされて顔の上半分が出た。

襟っぽいものが鼻先に見える。どうやら彼の従者が上着を脱いで、後ろ前にして上から掛けてくれたようだった。

風で飛ばないように上着の上からしっかりと腕を回されて、身動きが取れなくなる。

大きな上着は風を防いでくれて、暖かかった。

ジェラルドはじんわりと頬に熱が上るのを感じた。

「大変でしたね。ご無事で良かったです」

あれ?これは本当に心がこもっているんじゃないかなと思わせる声音に、ジェラルドの緊張の糸がプツリと切れた。

「到着までしばらくかかりますから、可能なら眠ってください」

「……うん」

気が抜けたら、体の力も抜けた。

ジェラルドはずり下がるように寄りかかって、目元まで上着に埋めた。

暖かい。

「もう大丈夫です」

その声を聞いたら、なんだか無条件に安心してしまって、瞼が重くなった。

「……本当に…お前は、悪魔に似ている」

ジェラルドは小さく呟いて、眠りに落ちた。




「静かになったな」

振り向いたスティーブンに、従者の青年はうなずいてみせた。

「寒くないか?」

「熱源を抱えているから温かいです」

コートもなく、上着も脱いで白いシャツだけになってしまった青年は平気な顔でそう答えた。

スティーブンは肩をすくめた。本人が問題ないと思っているのなら、口出しすることでもない。


「祭りの会場ではなくうちの格納庫に戻る」

「はい。よろしくお願いします」


それだけ伝えてしまうと他に用も思いつかなくて、スティーブンはしばらく黙って飛んだ。

単調な飛行を続けていると、先程の無茶な飛行がフラッシュバックした。




機首を垂直に上げた姿勢のまま、プロペラの止まった機体は、真っ直ぐに落下した。

その脇を同じように落下する二人は、まるで空中を滑るように、こちらに向かってくるが、このままではやや届かない。

スティーブンは尾翼側を二人の方に少し振って軌道を変えた。

黒髪の大柄な方の青年は、金髪の優男を抱えたまま、空中で器用に姿勢を変えて、こちらに手を伸ばした。彼の手が届きそうになったところで、すくい上げるようにU字の軌道を描く。青年はその一瞬のタイミングを逃さず機体を掴み、うまく勢いを殺して機体後部に取り付いた。

機首が完全に下を向いて、先程の落下の勢いが完全に止まったところで、彼は後部座席に滑り込んだ。

そのまま再度落下する勢いを利用して速度を稼ぎ、なめらかな弧を描いて水平飛行に入る。

「流石です」

後ろから声をかけられたとき、スティーブンは自分の手足が普通に操縦桿を握り、方向舵の操作ペダルを踏んでいるのに気がついた。

「(翼が手足みたいだった)」

まるで機体が自分の身体の延長のようで、流れる風の動きまでもが感じられた。




スティーブンは閉じていた目を開いた。

直に着陸地点だ。後ろの二人に声をかけようと振り向いたところで、青年と目があった。

「ありがとうございました」

「無茶に付き合わせやがって」

「おかげさまで旦那様を助けることができました」

「……お前、俺を信用しすぎだ。無茶振りがすぎたぞ」

「ちゃんと応えてくれましたね」

スティーブンは苦笑した。

「今だから白状するが、俺は事故の後遺症でまともに飛べなくなった2流パイロットだったんだぞ」

「ちょっとスランプだった時があっただけでしょう。あなたは間違いなく一流だ」

ずっと安心していられる安定した飛行をしてくれたと青年は重ねて礼を言った。

「むしろアイリーンさんの車の運転のほうが寿命が縮む思いでしたね」

「あー、アレか……」

二人は顔を見合わせて笑った。


「お前、その”旦那様”に首にされたら、俺のところに来いよ」

「それは……なかなか魅力的なお誘いだな」

「お前の勤務態度ならわりとすぐなんじゃないか?」

「やばい。気をつけないと」

「さっさと首になってうちに来い」

「考えておきます」

群青色の複葉機は、緑の芝生の中に真っ直ぐ伸びた滑走路に、滑らかにランディングした。

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