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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第10章 太陽の炎が消えた時

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旋回

ジェラルドはオレンジ色の複葉機の狭苦しい後部席で、縛られたまま身を縮めていた。

「(ちょっといいカッコしすぎた)」

殴られた頭はズキズキするし、風は寒いし、猿轡は苦しいし、酷い状態だ。

「(ヴァイオレット嬢や小さな子がこんな目に遭うよりはマシだけどさ)」

よく考えたら、自分は寒いのも一人で心細いのも、もっとずっと子供の頃からお馴染みの状態だったから、わりと平気だ。

「(まぁ、そういう意味では、良くはないけど悪くもない展開かな)」

ジェラルドはこの後どうなるか推理するために、操縦席の男の様子を思い出してみた。


服装は王国風の地味でオーソドックスな仕立て。着古されていたが、肘や膝の擦れた痕の位置が本人の体格と微妙に違っている。そして服は古着なのに、靴は底が厚く爪先が補強されたオーダーメイドの特注品だった。手入れはされているのに磨かれてはおらず、かなり荒っぽい状況を踏み越えてきた様子がみてとれた。大事そうにしていた鞄は頑丈そうなハードケース。旅行用ではなく、商人や役人が重要な書類や貴重品を入れるタイプだ。乱暴に扱ったのだろう。新しい傷が付いていた。

一見、地味なくせに、ちぐはぐな男だ。


「(顔つきや体型からすると、退役軍人……それとも現役かな?)」

男はわずかに皇国なまりがあった。

単独犯の強盗ならいいが、もしも皇国の諜報員あたりが下手をうって強硬策に出ていると厄介である。国境を超えて皇国の軍施設に着陸されたらどうしようもない。

「(ドライトンベイには海軍基地の他に王立航空工廠もあったよな。その手の技術では追随を許さない皇国が、王国軍の研究資料なんかに興味を持つとも思えないんだけど……)」

見たところでどれだけ遅れているか確認できるだけのような気もする。

王国軍に失礼なことを考えながら、ジェラルドは自分の足元にある鞄を見た。


「(気づかれてないよね)」

腕の力を抜いて、慎重に拘束を外す。

急いで巻かれたベルトは、腕と手首の力の入れ方と角度を調整してやると、かなり緩くなる。ジェラルドは、操縦席の男に気付かれないようにそっと片腕を抜いた。

「(世の中、教わったけど絶対使わなくて良さそうな変なことが、役に立つこともあるんだな)」

子供時代の自分に、使い所のわからない技術や知識をいっぱい教えてくれた相手を懐かしく思い出しながら、ジェラルドはもう片方の腕も自由にして、拘束に使われていたベルトを外した。

振り向かれただけで気づかれても困るので、猿轡は外さないでおく。不快だが仕方がない。

ジェラルドは鞄の持ち手にベルトを回して輪にした。

脱出のためパラシュートがないか探す。軍用機なら後部席の跳ね上げ式の椅子の下には予備のパラシュートが置いてあることがあるのだが、残念ながらこの機体には見当たらなかった。

「(これは自力で脱出するなら、着陸直後に逃げるか、奥の手を使うしかないかぁ)」

面倒だなぁと天を仰いだジェラルドは、翼の向こうに、小さな機影を見つけた。




その機体は中天の太陽と重なるように後部上方から一気に降下してきた。

逆光の機影がみるみる大きくなる。

「(んなっ?!)」

細部が見えるほど近づいたその複葉機は、昇降用の短いラダーが展開された状態で、そこに男が一人しがみついていた。

……彼の従者だ。

「(あのバカ)」

来るとは思ってたけど、そう来たか。

呆れるまもなく、従者を乗せた(?)群青色の複葉機は、ジェラルドの乗ったオレンジ色の機体の真上に接近した。

翼に着陸しそうな勢いで降下してきた相手に、こちらのパイロットも流石に気づいたらしく、グンと機体が振られた。

群青色の機体は、こちらの動きにピタリと合わせて来て、抑え込むように上を取る。でかいのが一人、脇に掴まっていて機体の重量バランスがめちゃくちゃなことを考えると、凄い操縦技術である。

大きな弧で旋回しながら、2機はゆっくり高度を下げた。


文字通り上を取られて、オレンジ色の機体を操縦していた黒コートの男は悪態をついた。上の機体の車輪が主翼に当たる音が数度響く。

「クソッ」

黒コートの男は主翼を振り仰いだ。その時、車輪がかするのとは違う重量感のある衝撃音が響いた。黒コートの男は補助翼を使って、やや右に振っていた機体を一気に逆方向にロールさせた。




「人が……乗った瞬間に…旋回するなぁっ!」

オレンジの機体は、主翼中央に川畑を乗せたまま180度ロールし背面飛行状態になり、そのまま下方向に逆宙返りした。

「(この高度でスプリットSとかやめてくれよ。地面がちけぇよ)」

川畑が泣きたい気持ちで、やっと水平に戻った機体の主翼から胴体部分に降りようとしたところで、銃声が響いた。

「あっぶ……」

”な”を言う暇も与えてもらえず、連続で撃たれる。下ろしかけていた脚を引っ込めて、翼の上に上がり、立ち上がって、主翼を貫通してくる弾丸を慌てて避ける。

「(ちょ、止め、止……って、ここでループ?!)」

6発撃ったところで、機体は正ループの宙返りの体勢に入った。

「う・そ・だ・ろ」

川畑はちょっとどころではなく無茶な動きで、立ち上がる主翼を2歩で駆け上がって、上向きになった機体前方方向から操縦席のパイロットに飛び蹴りを食らわせた。

バランスを崩した機体は、ループの頂点で失速気味に高速の不正規にロールした。

オレンジ色の機体は、空に歪なハート型を描いて降下し始めた。


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