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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第10章 太陽の炎が消えた時

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急降下

「やっぱり制圧して脅したぐらいじゃ、要求通りに着陸してくれないかな」

「海賊の乗り込み戦と一緒にすんな!そもそもお前、着陸脚ぶっ壊しているだろうが!まともに着陸できるもんか」

「そういえば、そうだった」


後部席の若いのは、いささか間の抜けた声でそう言った。本気で忘れていたらしい。

「じゃぁ、飛び乗って人質掴んでこっちに戻ってくるってのはどうだろうか」

「お前はサーカスの軽業師か?!」

「軽業師ではないが、この程度の速度と高度なら、飛行機さえある程度ちゃんと寄せてもらえりゃ、なんとかいけると思う。兄さん、プロの曲技飛行士だろ。上取ってから、俺が降りたら下にまわって待ってるってできないか?」

「熟練チーム内の連携しているパイロット同士でも難しいことを、敵意のある奴を相手にしている状況でサラッと要求するな」

「いや、だって兄さん、相当できるパイロットだろう?俺が要求した進路、風が変わっても補正して維持してたし、気流のいい高度を選んでるし、俺が馬鹿なこと言ったせいで動揺しても、機体は全然ブレないし」

こんな旧式の教習機でこんなに安定して飛べるなんて凄いと言われて、スティーブンの機嫌は急降下した。

「バカにするのもいい加減にしろ!晴れた日に真っ直ぐ飛べて偉いって素人に褒められて誰が喜ぶってんだ。それにコイツを旧式の払い下げ品だってけなすんじゃない!」

元は偵察用の機体だし、普段は教習にしか使っていないが、それでもエンジンは馬力のあるものに積み替えてあるし、調整も整備もしっかりしている。()()()スペック上は、相当高度な技でも無茶でも、なんの問題もなかった。

「あ、すみません!失礼しました!」

後部席の男は慌てて謝罪した。

「バカにするつもりは全然なかったんで、そう聞こえたなら申し訳ない。正直、人質の件が心配ってことを置いとけば、俺、この飛行機に乗れて嬉しくて凄くテンション上がってるし、あなたの腕には感動してる。ただ、俺の以前の相方のパイロットと使っていた機体がちょっと……そのう、尖ってたので」


なんだ、同業者か。とスティーブンは納得した。きっとどこかの曲技飛行チームに所属していたのだろう。でなければ、飛行中の飛行機から別の飛行機に飛び移るなんてイカれた発想が出てくるわけがない。普通の人間は、飛行機が飛び立っただけで怖がるものなのだ。

曲技飛行チームの中には、飛行機の羽の上に人を立たせる芸を披露するところもあると聞いたことはある。この大男がそんな役を割り当てられていたとも思えないが、こんなに育つ前に、そういう仕事をしていて、育ちすぎたせいで解雇されたというのなら話はわかる。……その割にパラシュートの使用経験がないってのは変だが、十分な安全策を取らない無謀なチームというのは残念ながら存在する。


「どんな無茶をやってたんだ」

「V字谷で背面飛行とか絶壁手前で垂直上昇とか平気でやられて、付き合うのが大変だった」

それはそうだろう。

スティーブンは、そんな飛行を想像しただけで脚が強張るのを感じた。

「命があるうちに降りられてよかったな」

「降りたのは俺の都合だけど、ずっと乗っていたい気持ちはあったよ。腕は信用していたから、命の危険は感じていなかった。俺が一緒に乗っているのに見合うだけの仕事をやれるかって方に必死だったな。……兄さん、右に1度。それとも左舷から接近する?」

ごく僅かなブレに気づかれて、スティーブンは顔をしかめた。手足の僅かな強張りが原因だ。事故で大怪我を負ったあと、この後遺症のせいで大技ができなくなった。

どうやら後ろの男は、素人どころか、どこかのイカれた腕利きパイロットの相棒だったらしい。相手に合わせられないのは自分の方かもしれないと、スティーブンは苦い思いを飲み込んだ。

それでも、俺は2流に格落ちした廃パイロットだからお前の要求には応えられないとは言いたくなかった。捨てた捨てたと口先では標榜していたプライドが、胸の奥で引っかかって疼いた。


「もう少し高度を上げて相手の上方死角から接近する」

あちらの操縦席は2枚の翼の間だ。後部上方は視認しにくい。

「乗り移るってんなら、真上に行ってやる。向こうの主翼に降りろ。こっちの翼は踏むなよ。もう少し接近したらサイドのタラップに捕まって待機しろ」

「了解」


ここからさらに高度を上げて全速飛行中に、機体の外側に出ろと言われて、あっさり了承するあたり、相当イカれた野郎だとスティーブンは呆れた。

イカれた野郎は嫌いじゃないが、自分はもう少し常識的に生きたいとも思う。

「できるだけ寄せるが、無理そうならシートに戻れよ。人質になったあの優男には悪いが、あれはあれで本人の選択だ。他人のお前が命まで張って無理をして助ける義理はないからな」

「ありがとう。でも、あの捕まっている人質はうちの旦那様なんだ。他人には違いないけど、俺、あの人の従者で護衛なんで無茶してでも守らなきゃいけない立場だから」

「お前、あの無茶なお嬢さんの従者じゃないのか?!」

「彼女は同じ客船の船客で知り合いだけど俺の主人じゃない。それであそこまでしてもらったんだから、ちゃんと助けて帰らないと……おっと、気づかれたかな?」

前方の雲の下にチラチラ見え隠れしていたオレンジ色の機体の進路が変わった。

「一気に詰めるぞ。こちとらファルコンⅢ水冷12気筒積んでんだ。馬力が違うところ見せてやる」

群青色の機体は獲物を襲う猛禽類のように降下した。

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