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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第10章 太陽の炎が消えた時

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追跡

黒コートの暴漢の死角から飛行機に駆け寄っていた川畑は、すんでのところで子供を抱きとめた。

その場に立ち竦んでいたヴァイオレットを飛行機の側から下がらせると、子供を託す。地元の子供だろうか。大きな灰色の帽子を被ったその子はショックのせいか泣き止んでいた。

「あのお兄ちゃんを助けてあげて」

子供の小さな一言に肯いて、踵を返す。言われずとも、このままジェラルドをどこかに連れ去られるわけにはいかない。


飛行機は滑走路代わりの空き地をぐるりと回って飛び立てる直線が確保できる位置についていた。

「(エンジンが重い分、前部が高い。操縦席から前の下の方はほとんど見えないはずだ)」

どのみち離陸中に銃なんて撃っている余裕はないし、撃たれても当たらない。

川畑は臨時滑走路を駆け抜けて、飛び立とうとする飛行機の車輪の桁を掴んだ。


川畑の体重で、飛び立ちかけていた飛行機は一旦グッと沈んだ。

しかし、本来は機銃も積むような軍用機の払い下げ品だ。その程度では失速せず、そのまま加速して再び高度を上げ始めた。

飛行機は丈夫だったが、車輪の間の細い桁はそれほど丈夫ではなかったようで、川畑が体を引き上げようとしたところで、桁はパキンと折れた。たまらず落ちた川畑が受け身を取って転がった先で、飛行機はぐんと高度を上げて飛び去って行った。


「大丈夫か?!」

駆け寄ってきた曲技飛行のパイロットの腕を川畑は掴んだ。

「近くにあんたの飛行機があると言ったな。それはすぐに飛べるのか」

「格納庫から出せばいつでも飛べる。でも、近いと言ってもそこに行くまでにそれなりに時間が……」

背後でクラクションが派手に鳴った。

背の低いフェンスをなぎ倒して、展示してあった4人乗りのオープンカーがこっちへやって来る。

「追うわ!乗って!!」

ハンドルを握っていたのは、アイリーンだった。




「喋ると舌噛むわよ」

と言ってアイリーンはアクセルを全開にした。車は花飾りを撒き散らしながら祭りの会場を出て、貨物輸送道路を爆走した。

「その先を右っ」

アイリーンの隣でスティーブンは自分の飛行機のある場所までの道案内をしたが、生きた心地がしなかった。飛行機はもっとスピードが出るが、舗装もろくにしていない一般道を4輪車で爆走するのは初体験だ。ちょっとどころではなく荒っぽい運転で、レーシングカー以上に際どい走りをする車は、奇跡的に通行人を撥ねることなく、多少の物損のみで郊外の農道に出た。


「あれか」

「左端が格納庫だ」

柵も畦も無視して、真っ直ぐ格納庫前まで突っ切った車は、そこで運転手共々力尽きた。

「あとはお願い」

「任せろ」

ぐったりしたアイリーンをその場に残して、男二人は飛行機を格納庫から引き出した。

「そうはいっても大分時間が経っている。どっちに行ったのか見当がつかなければ追いつけんぞ」

「それなら大体の見当はつく。離陸したあとしばらくは東に飛んでいたが、その後、北に転進していた。後ろからナビゲートするから、言った方向に飛んでくれ」

あの運転の車の狭い後部座席にしがみつきながら乗っていた状態で、飛んでいく飛行機を目で追えていたのかと、スティーブンは驚いた。

「ほら、パラシュートだ。使用経験は?」

「ない」

「気休めで背負っとけ。いらんときは触るな。落ちたら赤い紐を引け。あとは使わなくて済むことを祈れ。乗れ!」

群青色の機体は、一気に離陸した。




なだらかに続く田園とその上にのどかに浮かぶ白い羊雲の群れ。スティーブンの群青色の複葉機は、その大きな羊の間を抜けて高度を取った。

「目標は北北東。機首をあと15度右に」

スティーブンは言われたとおりに機首を振った。彼自身はまだ目標機を発見していないが、後部座席の観測員の言をいちいち疑って確認するようではパイロットとしてやっていけない。とはいえ、今回のナビゲーターは飛行経験もない素人だ。スティーブンは一抹の不安を拭えなかった。

「(どんな視力をしているんだ。というか、ゴーグルなしでよく前が見えているな)」

この機体は2枚の主翼の間に胴体構造が挟まっている作りだ。上側の翼の上部に乗員の座席がくる構造だから、上方視界は良いが、風防は前の僅かな板だけで全面の覆い(キャノピー)はない吹きっ曝しで、風は強い。

ゴーグルと上着も渡せば良かったと思いながら、スティーブンは前方に目を凝らした。


「いた」

オレンジ色の機体が彼方の雲間に小さく見えた。

「国境を越える気か」

ウォルトバーグの湖沼地帯を抜ければ、その先は皇国だ。

「追いつけるか」

後ろから声がかかる。

「わからん。追いつくだけならいける。だが追いついても相手をどうにかする時間がないかもしれない。国境を越えられたら追えなくなる」

「とにかく追いついてくれ。接近さえしてくれたらあとはなんとかする」

「なんとかってどうする気だ」

「飛び乗って、乗っ取る」

「アホかっ!」

スティーブンは、あまりに雑な提案に思わず悪態をついた。

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