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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第10章 太陽の炎が消えた時

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花車

寄港地の1つであるドライトンベイで、乗船客たちは数日ぶりの大地を楽しんでいた。船荷の積み下ろしと消耗品の補給で今日は1日ここに停泊なのだ。


「あああ、地面が揺れる……」

ヘルマンはふらつきながら呻いた。

可哀想な秘書は、船酔いがやっとマシになったかと思えば、今度は”地面酔い”にかかっていた。

「難儀な男だな」

ジェラルドは脆弱な秘書を待ちながら、船客目当ての新聞売りの少年から早速1部新聞を買った。

「戻って、お休みになったほうが良いのではなくて」

「今、狭い船室に行くのは逆効果だろう。気分転換にこんなのはどうだい」

ジェラルドは新聞広告を指差した。


”花車祭り”


日傘をさした女性が微笑む広告の背景には、花で飾られた大型の荷馬車が描かれていた。




アコーディオンや手回しのオルゴールらしき音色と、人のざわめき。港の一角は移動遊園地のような喧騒に満ちていた。

普段は貨物置き場かなにかなのだろう。広大な敷地には、出見世やソーダスタンドが並び、大道芸人や風船売りが賑やかに場を盛り上げていた。

入ってすぐのよく目立つところには、花とリボンで飾られた大きな荷車や荷馬車が何台もあった。どうやらソレが祭りの名の由来らしい。生花、造花、果物が入り混ざって、荷台から何から全部がカラフルになった荷車は、見た目に楽しかった。各花車の目立つ位置には、屋号や家紋のプレートがあるので、店や個人単位で工夫を凝らした車を出す習慣なのかもしれない。


「元は豊饒祭の一種だったそうですよ」

ヴァイオレットは、チラシ売りの少年から一部もらったチラシを手に微笑んだ。安っぽい紙に赤茶色のインクで刷られた案内ビラには、祭りの由来や会場の略図が載っているようだ。

「最初は農家が手押し車に花や野菜を載せていたのが、派手さを競ううちに、大きな農園や商店が荷車や馬車で花車を作り出してエスカレートしていったようですね」

「意地と見栄の張り合いもこういうのなら微笑ましいね」

個性的で華やかな花車を楽しみながら奥に進んだところで、一同はドライトンベイがそういう牧歌的なレベルを逸脱していることを見せつけられた。


年季の入った蒸気牽引車(スチームトラクション)に、煙突が蒸気機関車そっくりの大型蒸気自動車(スチームビークル)。2階建てサイズの蒸気バスまである。鉄道の引込線もあるのか、ピカピカに磨かれた黒光りする本物の蒸気機関車もあたりまえのように並んでいた。もちろん、どの車両も造花とリボンで飾られている。

「花車って車輪がついてれば何でもいいの?」

「昔、大地主が馬車を持ち込んだときに、種別は問わないルールになったそうですわ」

それをいいことにして、軍港ができ、運送業が賑わい、鉄道が引かれたときに、地元産業界のトップになった鉄道会社と運輸業者が大型蒸気機関車両を持ち込んだらしい。

「権力者って度し難いな」

ジェラルドは呆れた。

「何でも最近は、そこの跡取りさんや地元商会の若い層が主導で、もっと定義の幅を拡げてきたそうで……」

ヴァイオレットはチラシを見ながら、微妙な微笑みを浮かべた。


「まぁ、金持ちのボンボンの道楽はどうでもいいや。向こうのステージで音楽をやっているから見に行って見ようか」

振り返ったジェラルドの目に入ったのは、心ここにあらずでこの先の展示車両を見て目をキラキラさせている同行者の姿だった。

「アドラー嬢……車に興味がお在りですか」

「ええ。あちらを見てきてもよろしいかしら」

形ばかりのことわりで、もう行く気満々なのは明らかだった。

ジェラルドはその後ろにいる自分の従者をちらりと見た。

彼も完全に意識が全部、向こうの展示品にいっている。まるで大型の狩猟犬が獲物を見つけたのに主人のゴーが出ないから我慢しているときのようにソワソワしている。

「では、あちらに参りましょう」

ジェラルドは諦めて、蒸気機関車両の奥に並んだピカピカのレーシングカーを指差した。




葉巻型の細長いボディには、二桁のナンバー。車体後部の運転席は人一人がなんとか体を押し込むスペースしかない。

「(乗り心地は悪そうだ)」

ジェラルドはそう思ったが、彼の従者や女性陣はちょっと意見が違うようだった。子供のように車に首ったけで、エンジンの排気筒がどうの馬力がこうのとはしゃいでいる。


「ホーソン様は、あまり自動車には興味がないんですか?」

多少は顔色がマシになったヘルマンが、置いてけぼりを食らったジェラルドを気遣って声をかけた。

「僕はどちらかというとレース用の車よりももっと乗り心地のマシなやつがいいな」

「乗ったことはないですが、馬車より揺れるなら、私も御免被ります」

スチールとエンジンとテクノロジーにワクワクしないタイプの男性陣二人は、展示会場脇の屋台でビールかワインを一杯やることにした。




重量感のある黒鉄!職人の手仕事の見事な板金の曲面!パワーを感じさせるゴツいエンジンとわかりやすい古典的な機構!発達しすぎて魔法みたいになる前のゴリゴリの機械技術の塊を前に、川畑は立場を忘れてテンションを上げていた。

どいつもこいつもT型フォード未満のカスタム生産1点ものっぽいチキチキマシンで、まったく洗練されていないくせに、創意工夫とこだわりが熱い。

葉巻型のレーシングカーに混ざって高級志向の4人乗りタイプもあった。

「ああ、メルセデスみたいだ。綺麗だなぁ」

思わず漏れたため息に、隣にきたアイリーンが反応した。

「メルセデス?お知り合いのお嬢さん?」

「ええっと。直接の知り合いではないですが、そんなところです」

確かあの車の名前も、車会社の偉い人の娘の名前かなにかだったはずだ。

「確かに少し女性的なフォルムかもね。こういうのが好み?」

「大好きです」

「ふーん。エンジンはまったく大人しくない感じだけれど」

「あなたみたいですね。そういうところも含めて好きです」

「……そう」

川畑はワクワクと運転席を覗き込んだ。

「乗ってみたいなぁ。高嶺の花過ぎてまるっきり手が出ないけれど」

「そうでもないんじゃない?」

「いやいや、このすべすべに磨き上げられたボディに触るのも恐れ多いですよ。誘惑に負けて触れて汚しちゃったら、それだけで後悔しそうだ」

「意気地なしね」

「美しいものは美しくあって欲しいんです」

「働く能力と役割があるものを、美しいからって飾って愛でるだけなんて、愚かしいわ」

川畑は笑った。

「ごもっとも。俺も自分の所有物なら愛用して、汚した分だけ磨き上げて、それが最高のポテンシャルを発揮できるように手をかけまくります。でも、自分の大事なものが他人に手を出されたらものすごく腹が立つから、他人のものには遠慮したほうがいいかなって思いますね」

屈み込んでピカピカのライトやクラクションをうっとり眺めている川畑の耳元に、アイリーンは顔を寄せた。

「じゃぁ、あなたにあんなに手をかけられた私は、あなたの中では所有物扱い?」

川畑は凄い勢いで飛び退いた。

「い……いや…そんな……確かに散々触……いやいや。あれはそういうんじゃないですって!」

人聞きの悪いことを言わないでくださいとうろたえる川畑を、アイリーンは半目で眺めた。


「アイリーン、見てご覧なさいな、あれ!」

蒸気機関車に乗せてもらっていたヴァイオレットの歓声に振り向くと、彼女は上を見上げており、周囲の子供達は上空を指さしていた。

「あれも花車かしら」

川畑とアイリーンは空を見上げて「車輪がついてればって、それは流石に無節操だろう」と心中でツッコミはしたが、そんなこんなを全部うっちゃって叫んだ。

「複葉機!!」

オレンジ色の木製プロペラ機は、澄んだ青空でアクロバット飛行を始めた。

川畑は航空ショーも好きです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 川畑君車と飛行機大好きなところは反応含めて年相応で可愛らしい…
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