表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第10章 太陽の炎が消えた時

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

310/484

体験

いつもどおりの朝食後、たまたまヴァイオレットが、勉強会の資料を1つ忘れて、取りに戻ったときのことだった。アイリーンは、ふと思い出して、従者に先程話題に上がったシダール風呂のその後の顛末を尋ねた。

「それで、マッサージはどうだったの?」

「好評でしたよ」

従者は朝食の皿を下げながら、すまして答えた。

「旦那様は少しの施術で泣くほど喜んでくださいまして、もう十分だとのお言葉をいただきました」

「あらあら」

アイリーンは目を細めて笑みをうかべた。

「ただ、自分としてはもう少し練習を積んで研鑽したほうがいいかなと思います」

「あなたは本当に良い従者ね」

「お褒めに預かり恐縮です」

アイリーンはジェラルドに少し同情した。


「従者のお仕事は大変でしょう。叱られたりはしないの?」

「マッサージが下手でも許してくれるいい旦那様ですから」

「あなたがどういうマッサージをやったのか見たくなってきたわ」

テーブルを拭き終わった従者は、少し思案するように俯いたあとで、ちらりとアイリーンを見た。

「体験してみますか?」

「男性向けではないの?」

「手先や足先のマッサージなら、手足が冷えやすい女性にもオススメですよ」

どうやら習得した新技術の実践をしたくてたまらないらしい。遠慮がちに許可を求める視線に、アイリーンはわざとイジワルな言い回しを選んだ。

「あなた、下手なんでしょう?私、痛くて泣かされるのは嫌だわ」

青年は傷ついたように眉を寄せた。

「そこまで下手ではないつもりです。絶対に痛くないように優しくします」

「本当に?」

アイリーンは少し挑発するように、疑いの眼差しを向けた。口元が笑っているせいで、彼女がこの状況を面白がっているのは丸わかりだ。

「気持ちいいって言わせてみせます」

仏頂面の従者は、聞きようによってはいささか不埒な発言をして、椅子の肘掛けに置かれていたアイリーンの手を取ると、その傍らに跪いた。




「変な感じね」

従者は、どこか懐かしむような笑顔で彼を眺めているアイリーンを見返した。

「あの……もしかして俺、以前会った誰かに似ていたりするんですか?」

採点係のヴァイオレットがいないため気が緩んでいるのだろうか。あまり従者らしくない口調だった。アイリーンは珍しく二人きりのこの機会に、この無愛想な青年を少しつついてみることにした。

「それを言うなら”以前どこかでお会いしましたか?”じゃないの?」

「なんだかそれでは、女の子を引っ掛けるための安い口説き文句みたいじゃないですか」

彼はアイリーンの冷たい指先を温かい手で包むように優しく握った。

「そうね。しかも、以前会ったくせにぼんやりとしか覚えていないですなんていう失礼千万な文句ね」

「あなたのように、一度会ったら忘れられない美女に対しては、たしかに失礼ですね」

大きな手が、細い指先を丁寧に一本ずつ強く握っては放す。

「安い口説き文句は、ポリシーに反するんじゃないの?」

「事実を述べただけなので問題ないです。口説いてもいませんし」

「あら、そう」

厚い指の腹でギュッと摘まれて、爪をこするように押されると、指先が背筋や心臓に繋がっているような感じがして、ゾクゾクした。

「口説かれるのお嫌いでしょう。ご不快にさせるようなことはしません」

彼はそう言うと、アイリーンの指の間を強く摘んで揉んだ。

「……ん」

「痛いですか?」

「少し……でも止めないで」

アイリーンは目を伏せて吐息をこぼした。

「そうやって奥をグッと押されるの気持ちいい」

そんなところを強く触れられることなど日頃ないので、変な感じがするが不快ではない。

「もっと……お願い」

彼は黙って彼女の親指と人差し指の間を、親指の腹で強く押した。腕を伝って身体の中を貫くような衝撃が奔る。

アイリーンは目をギュッと瞑って、声にならない悲鳴を飲み込んだ。押されているところから強い熱が身体の奥に注ぎ込まれている気がする。肘から先の力が抜けて、足腰までガクガク震えるような気がした。

もう耐えられないと思った一拍後に指が放された。一気に体から力が抜けて、アイリーンはくたりと青年にもたれ掛かった。

圧迫されていたところに一気に血液が流れ込んで、ドクドクと脈打っている気がする。

彼女は潤んだ目で彼を見上げた。彼は気遣うように、彼女の手をそっと握ったまま、低く囁いた。

「嫌なら止める」

困ったことに気持ちよかった。

アイリーンはもう一方の手も差し出した。




ヴァイオレットが帰ってきたとき、アイリーンはぐったりとしてカウチに身を伏せていた。

「まぁ!どうなさいましたの」

アイリーンは弱々しく顔を上げた、

「なんでもありませんわ」

「いいえ、無理をなさらないで。お熱があるのではなくて?頬が赤いし……ああ、手も熱いわ。今日は勉強会はお休みにいたしましょう。こんなところではなくて寝台でゆっくり休まれたほうが良いですね、立てますか」

起き上がろうとしたアイリーンは、突然、がっしりした腕に抱き上げられて狼狽した。

ヴァイオレットは少し咎めるような視線を、従者に向けた。

「ブレイク。女性の身体に触れる前には許可を求めるように」

「はい。申し訳ありません。マダム」

「まぁ、ふらついておいでだったし、今回は大目に見ます。運んで差し上げて」

「はい」

ベッドまで横抱きで運ばれたアイリーンの容態はさらに悪化した。

「やはりお熱が高いわ。今日は1日ゆっくりお休みになって」

ヴァイオレットは、横たわるアイリーンに優しく、しかし有無を言わさぬ態度で微笑みかけた。

>どこか懐かしむような

番外編的な短編あります。

まだお読みでない方は、このタイミングでどうぞ。

「絶賛ループ中の悪役令嬢の私は最近モブの彼が気になっている」

https://book1.adouzi.eu.org/n1849hd/

小説情報の上の方のシリーズ表示をクリックしても飛べるかと思います。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ