最適な人材
どこかで世渡りを間違えたらしい。
面倒な仕事を押し付けられたバスキンは、いささかうんざりした心持ちで城門を出た。城壁内の旧市街にある自宅によった方が出立の段取りはいいはずだが、家人より先に部下に話をするのが筋なので、兵舎に向かう。
そこそこの年齢で隊長職に任命され、それなりに部下をまとめて来た。派手な実績はないが大きなミスもない堅実な仕事を重ねて来たつもりだったが、それもここまでのようだ。
思い付き人事で、大事に育てた隊を取り上げられて、新たに命じられたのは、どこか現実離れしたバカみたいな仕事だった。
「行き先も目的も機密で単身国外までって、それ絶対ヤバイ仕事じゃないですか」
「使用人は数名雇う予定だから単身という訳ではないさ。あまり大声で騒ぐな。他言無用だからな。表向きは"一身上の都合により"だ」
「納得できません!どうして隊長が」
「だから俺はもう隊長じゃない。後任は未定だが、しばらくはタリアーノ殿が兼任して、実務はご子息が隊長代理として着任される」
「けっ、お貴族様の親の七光りかよ」
「ロビンス……俺も末とはいえ貴族の出で、入隊したときは親が隊長だった」
10代で従騎士になってから20年。親のお陰で得をしたとも損をしたとも思ったことはなかったが、平民のロビンスから見れば、この歳で隊長をやっていた自分も十分七光りだったのだろうな……と思うと少し寂しかった。
「隊長は隊長になるべくして隊長になったんでしょう!隊長以外の隊長なんて認められません!!」
「だからもう隊長じゃないと言ったろう。いつから軍の人事に介入できるほど偉くなったんだ、ロビンス副長。軍の規律を乱す発言は慎みたまえ」
「了解しました。隊長」
習慣的に返事をして、直立したロビンスは、困ったようなバスキン"元"隊長の眼差しに、悔しそうにうつむいた。
「急な話で悪いが、今日中に引き継ぎを済ませたい。隊長代理の着任までは君が隊をまとめてくれ、副長」
「……。隊長じゃないってんなら命令すんなよ」
「ロビンス。頼むよ」
ロビンスは女受けのいい顔を、くしゃりと歪ませた。
「辞任の挨拶をするから、みんなを集めてくれ」
「ついていきます」
翌朝、自宅に押し掛けたロビンスは開口一番にそう言った。
「騎士爵持ちが旅をするのに、従者が付かない訳にはいかないでしょう。俺がやります」
「なにいってんだ。隊はどうすんだよ」
「ピノの奴に押し付けてきました。隊長代理とやらが来るまでは、先任副長の権限が最上位だって言ったら歯ぎしりしてましたよ」
「まさか除隊したのか」
「いえ、隊長と同じく"一身上の都合により"休職中であります」
「無茶苦茶だ」
バスキンは片手で顔を覆った。
「そんな勝手して、他の奴らは何も言わなかったのか」
「文句を言った奴は、全員ノシてやりました」
こめかみが鈍く痛む気がした。
「経費に余裕がないんだよ。荷物持ちだけじゃなくて、場合によっちゃ通辞や書記も必要になるから、お前の分の追加の旅費まで出せるかどうか……」
ロビンスは不満そうに腕を組んだ。
「そんなにぞろぞろ連れていくなら1人ぐらい増えてもいいじゃないですか。金がないなら俺が2人分働くから1人減らせば……って、待てよ?」
ロビンスは、にいっと笑った。
「妖精のお告げだ。あいつを連れていきましょう」
「あいつ?」
「書記、兼、通訳、兼、馬丁ができる雑用係です」
「すまんな。ハーゲン君」
バスキンは若い雑用係に詫びた。
「君もやっと王都に慣れた頃合いだったろうに」
「いえ、お気になさらず。バスキン様の荷物はこれで全部ですか?」
「ああ。必要なものが現地で調達できるかどうかも調査対象だからな」
あまり万全にしすぎると、何が足りないと困るのか見えなくなるので、持っていくものは最小限だ。
「なるほど。ではそのように手配します」
若者は、特に説明をしたわけでもないのに、納得したようにうなずくと、てきぱきと荷物を荷馬に積んだ。
まだ10代だろう。背はバスキンと変わらないほどあるが、隊の連中と比べると体つきが細い。それでも多少は鍛えているのだろう。荷を持ち上げる動きにブレはない。
従騎士になるような年齢は過ぎているが、少し鍛えてやっても面白そうだとバスキンは値踏みした。
「おい、積み忘れがあるぞ。そういうものは先に積んだほうが安定がいい」
しっかりしているようでも、こういうところは、旅なれていない子供だ、と思いながら脇に置かれたままの包みを指差す。
「あ、はい。ありがとうございます。そちらの保存食類はこの後すぐに現金に換えるので、最後に積みます」
「なに?王城からの支給品だぞ」
「最初の目的地までは街道沿いで宿場がありますから。行軍演習ではないので、保存食はこんなには不要です。街道から外れる前に現地で買った方が安いですよ。商隊の護衛の人が、王都の保存食は高くて不味いって言っていました」
「……そうか」
「当初予定より人数が減るから、この辺りの雑貨も不要です。市場で個別に売るのも面倒なので、口入れ屋でまとめて換金してもらいましょう。官給品なら品質はそれなりなので喜ばれます」
「お、おう。任せた」
そういえば、資料を届けてもらうときなどに一言二言交わした覚えだあるだけで、どんな奴だか気にしたことがなかった。今もそう大した提案という風には感じないようにさらりと言われたが、よくよく考えると、彼はなにも知らないで単身王都に来てから、一月たらずだ。
これは……。
「準備終わりました。出発できます。ロビンスさんとは半刻後に西の検問所で待ち合わせです」
「ああ。では行こう」
声をかけられて、浮かびかけた引っ掛かりが消える。どう見ても凡庸な容貌の害のない青年だ。役に立とうと一生懸命になってくれているのだろう。
これは、善い拾い物かもしれん。
旅を前に、良い予感を感じて、バスキンは多少気が楽になった。
「というわけで、予定通りしばらく王都を離れる。何かあったら"D"経由で連絡くれ」
川畑は口入れ屋の奥の部屋で、店主から、金の入った革袋を受け取った。
「局にはそう報告しておく。俺ゃあその"D"って奴と直接面識はねぇよ。あと、行先でこの印の入った店があったらあたってみな。うちと連絡がつくから」
店主は穴の空いたコインを1枚投げて寄越した。コインにはアラビア数字の8みたいな模様が入っている。
「わかった」
川畑はコインの穴に薬籠の紐を通すと、根付けがわりにして腰に下げた。
「ずいぶん作りのいいもん持ってんな。なんだそりゃ」
「携帯用の薬入れだよ。妖精の薬だ。よく効くぞ」
「妖精ねぇ……ヤバイ薬じゃないだろうな。一服いくと"妖精のお告げ"が聞こえるとかそういうのはやめとけよ」
「あんたは妖精は信じないクチか。意外だな。この国の人はみんな妖精が見えないのに"妖精のお告げ"やら"妖精のささやき"やらはよく信じるから妖精とつくものはありがたがられるもんかと思った」
口入れ屋の店主は罰当たりな奴を見たときにする魔除けの仕草をした。
「そういう物言いを聞くと、本当に他所から来た奴なんだなって思うよ。妖精ってのはそれこそ迷落の森かエルフェンの郷にでも行かなきゃ会えないもんさ。軽々しく扱うもんじゃない」
「ふーん」
川畑は店主の両脇で、上機嫌に飛び回っている小妖精2人をみた。
『ほらほら、コイツよくわかってるよ』
『ボクたちを軽々しく扱っちゃいけないんだよ』
「ちなみにあんたの横に今、妖精がいるんだが」
「おい、ほんとにヤバイ薬やってるんじゃないだろうな。若いんだから体は大事にしろよ」
『そうだ!そうだ!』
『ついでにキャンディおくれ』
青と黄色の妖精2人が耳元で騒ぐと、店主は引き出しから飴を取り出した。
「ほら、キャンディやるからこれ舐めとけ」
川畑は苦笑して飴を受け取った。
川畑が毎回"報酬"として与えたせいで、すっかり飴の味を覚えた2妖精は、ワクワクしながらご褒美を待っている。
店主に挨拶をして店を出るとき、川畑はこっそり妖精達に飴をひとつずつ渡した。
『これからも頼むぞ』
『まかひてー』
『おやくにたちまふー』
川畑に連れてこられた妖精王の側近カップとキャップは口一杯に飴を頬張って、満面の笑みで答えた。
「お待たせしました。結構いい金額で買い取ってくれましたよ」
「おお、これは助かるな。では、行こうか、ハーゲン」
川畑は黙ってうなずくと、バスキンの馬を引いた。




