来歴
「君の推測は面白いけれど、いささか”本物”に対して冒涜的だね」
ジェラルドはケースの蓋を開けた。
「これは古い神殿の女神像から持ち出された聖なる石だ」
ケースの中には、光を放つ赤い宝石が収められていた。
「赤いアダマス。尖晶石程度と比べて欲しくはないね」
アダマスと聞いて、ヘルマンは目を見張った。
ずれた眼鏡を慌ててかけ直して、ケースの中の宝石を2度見する。
「アダマス?!しかも赤?そんなものあるのですか?ピンクぐらいは聞いたことがありますが、こんな血のような真紅、聞いたこともない!」
「歴代の持ち主に栄光と破滅をもたらしたというのも納得だろう?」
「本当にアダマスだとしたら、とてつもない価値だ。なぜご主人様はそんな資産をわざわざ別のものに?……いいや?ひょっとしてむしろカラードは価値が落ちるのかな?アダマスは無色透明なほど価値が高いと聞いたことがある」
ブツブツと呟きながら首を捻るヘルマンに、ジェラルドは苦笑した。
「市場価値は如何程でもグートマン卿にとっては、さして問題ではないよ。彼にとってはこの石は元の女神像の元にあるべきものなんだ」
「そうか、それで私が遣わされたのですね!」
ヘルマンはパッと顔を輝かせた。
彼はもっともらしい顔をして黙っていれば冷淡に見える顔立ちの男だったが、実は結構、情動が顔に出やすい質らしかった。
「その神殿の女神像とやらは、一体どこにあるのですか?ホーソン様は場所をご存知なんですよね」
ヘルマンは身を乗り出した。
「知っている……と言い切りたいところだが、正確な場所と行き方は知らないんだ」
一気に顔を曇らせたヘルマンをなだめるように、ジェラルドは慌てていい添えた。
「だが、どの地方にあるのかは知っているし、手がかりもある」
ジェラルドは自信に満ちた顔でにっと笑った。
「あのヴァイオレット嬢の帽子も手がかりの1つだ」
どういうつながりがあるのかさっぱり見当がつかず、ヘルマンは従者によってきれいに修復された帽子を見て首を傾げた。
「この宝石のカッティングは”女神の瞳”と呼ばれる特殊な様式でね。神殿の女神像専用のカッティングなんだ。もちろん柘榴石向きじゃない。それなのに大きさも形もここまで似せてあるということは、これを作った者は、神殿や女神像をよく知っているはずなんだ」
だから、この帽子を売った古美術商から辿れば、神殿に至るルートがわかるかもしれないとジェラルドはヘルマンに説明した。
「単純に”太陽の炎”の写真かなにかを見て、真似して作られたレプリカという可能性のほうが高いように思われますが」
ヘルマンは冷静に面白くない話をした。面白くはないが現実的だ。
ジェラルドは水を差されてちょっと嫌な顔をした。
「そうかもしれませんが、なにがしかの関連はあると思いますよ」
帽子の埃を払って、箱に戻していた従者は、ボソリと言った。
「なにせこの周りの小さい石が、みんなアダマスですから」
「はあっ!?」
ジェラルドとヘルマンは思わず立ち上がった。
「ちょっ、は?…ええっ!?」
ジェラルドは帽子を取り上げて、目を皿にして飾り石を見た。
「嘘だろ。輝きが鈍すぎる」
「油膜で曇っているんです。おそらくはアダマスとわからないように、わざとなにか塗ったんでしょうね。アダマスは親油性が高いですから薄く塗っただけで取れなくなります」
「小さいとはいえ赤いアダマスがこんなに?」
「同じ原石からカットされたのでしょう。色や質が揃っています。大きな原石をカットするときに出た欠片を整えたのではないですか」
「待て。大きな原石って……それじゃあ、この欠片を削った後の真ん中は……」
ジェラルドは飾りの中央にはめられた柘榴石を見た。
周囲がアダマスで中央が柘榴石だなどという構成は本来ありえない。
「御婦人の帽子に本物の”女神の瞳”のしかも新規品だって?」
「当初はそうであった可能性が高いでしょう。”真実の愛”の名は意外に重かったのではないですか?ただ、ヴァイオレット嬢のお父上がどの程度ご存知だったかはわかりませんが、少なくともお母上は贈られた”真実の愛”がそこまでのものだとは思っていなかったでしょうね。名士とはいえ貴族でも富豪でもない家の御婦人が気軽に愛用できる品ではありません。ヴァイオレット嬢が譲り受けた時点で今の柘榴石だったとすれば、お母上が愛用していたときからそうだったのかもしれませんが」
「途中で中央の石だけ売り払われて差し替えられたのか」
「だとしたら、ヴァイオレット嬢は借金の返済のために屋敷を売る必要はなかったでしょう」
「たしかにそうか。第一、このサイズの赤いアダマスが売りに出されたなんて情報は近年出回っていない。赤い宝石のニュース自体も”太陽の炎”をグートマン卿が前の持ち主の破産と財産整理で入手した件ぐらいだ」
「よほどの裏市場に流されたのでなければ、この国に来る前に柘榴石に変えられていたと見るほうがいいでしょう」
「そのあたりを古美術商が知っているということか」
「おそらくは」
従者は平坦な口調でそう答えた。
「それでどうなさいますか?宝石や不動産の相場には詳しくないですが、土地と屋敷を買い戻せるかはともかく、ヴァイオレット嬢の今後の生活資金というだけでしたら、現在この帽子についている石を売却するだけで十分だと思います。そのことをお伝えして不確かな旅行には出かけないようおすすめするという選択肢もありますよ」
ジェラルドは唸って考え込んだ。




