表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第10章 太陽の炎が消えた時

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

299/484

夜襲

重く垂れ込めた雲に月も星も姿を隠して、街は闇に沈んでいた。

ガス灯の明かりは街灯のごくわずかな範囲を照らすのみで、周囲はむしろ濃い闇に沈んでいる。石畳に蹄の音を鳴らしながら通る馬車も今はまばらだった。

その背の高いやせぎすの男は、暗闇から、通りの向かいをじっと見つめた。使い走りが知らせてきた建物の2階の出窓に人影がうつる。

例の大男の召し使いだ。やはり報告通りあそこで間違いないようだ。

厚手のカーテンが引かれて、中の様子は見えなくなった。

彼はコートの襟を立てて、眼鏡の奥から薄いブルーの目でじっと向かいの建物を見つめ、チャンスを待った。

周囲の闇の中では同じように複数の男達が息を潜めていた。




「で、これは何?」

ジェラルドは縛られて、床に転がされたグートマン卿の秘書を見下ろした。

「確保しました」

黒髪の従者は何も問題はないと言わんばかりの平坦な声でそう言った。

ビジュアルは獲物を咥えて戻ってきた猟犬だが、実態は他所のお宅のカナリアを獲ってきた猫である。

「返してきなさい」

ジェラルドは軽いめまいを感じて額を押さえた。


落ち着いて話を聞いてみると、どうやらグートマン卿の屋敷を出たところから尾行がついていたらしい。途中で馬車を乗り換えたりしたので、大丈夫だろうと思っていたが、下宿までついて来ていたそうだ。

従者は気づいていたが、状況がわからなかったので様子をみていたという。

「マーサ夫人に迷惑をかけないうちはいいかと思いまして」

というのが本人談。

夜がふけて、状況に変化があったので、"マーサ夫人のご迷惑にならないように"対処してきたという。

「(なんか主人の僕より大家のおばさんに気を使ってるように思えるんだけど)」

ジェラルドはどうにも思い通りにならない従者を、モヤモヤした思いで眺めた。

「で?……うちの近くにいて様子をみていただけの人を拐ってきたんだったら、困るんだけどな」

自分でついだウィスキーのグラスを傾けながら、少し冷たい言い方をしてみる。……カモミールティー&ソーダは自分で入れようとして失敗したので、ストレートだ。

「拳銃やナイフで武装した一団と一緒にいたんです。それで、その一団がここに押し込む計画を立てていたので、実行に移される前に捕獲して計画は阻止しました。石炭貯蔵庫に火種を入れて火事騒ぎを起こして踏み込むなんて、流石にそれは看過できないですから」

いや、お前はなんで悪党の内輪の相談を把握してるの!?と、ジェラルドは突っ込みたかった。

しかし、この常識外れのド阿呆従者の手綱を握れていないのがばれるのは格好悪いので、そこは「ふうーん」と意味ありげに秘書を見下ろすだけにした。


「君、そういう仕事も担当してるんだ。警察に突きだしたら余罪が出るかな?」

ジェラルドの言葉に、猿ぐつわを噛まされた秘書は、くぐもった抗議の声を上げて、床の上であがいた。

「ああ、いや。そういうわけではないんです」

ちょっと言い方が悪かったですねと謝りながら、従者はロープで縛られた秘書を抱え起こして、長椅子に座らせた。やせぎすとはいえ、それなりに背も高く筋肉もついた体型の秘書は、いいように扱われるのがショックらしく、ほとんど身動きできない体で、それでもじたばたと暴れた。

「すみません。悪いようにする気はないので、おとなしくしてください」

豪腕の従者は暴れる相手を、有無を言わさず長椅子に押さえ込んだ。

「あなたが他の奴らと違うのはわかっていますから。ヘルマンさん」

低いが、むしろ優しいといえる声でそう言葉をかけられた秘書は、ボサボサになった薄い色の金髪を丁寧に整えられ、ずれた眼鏡を直してもらうと、少しおとなしくなった。


従者はジェラルドの方を振り返った。

「彼は襲撃犯じゃないです。むしろそいつらに捕まって縛られてたんですよ」

「なんだ。それ、お前がやったんじゃないのか」

「まさか。見つけた時にこの状態だったので、そのまま運んできただけです。私はこんなに乱暴に人を縛りません」

従者はいかにも心外だという顔をした。

「縛るならもっとちゃんと、暴れるほどきつく絞まる方法で縛ります」

ジェラルドと秘書は目を剥いてやや仰け反った。

黒髪の従者は特に気にした様子もなく、説明を続けた。

「彼は確かにグートマン卿のお屋敷で旦那様を尾行するように指示は出していましたし、実際に報告を受けてこちらまで来ましたが、襲撃の意図はなかったと思います」

「そうですね?」と尋ねられて、秘書のヘルマンは、アイスブルーの目を見開いたまま、かろうじて頷いた。

「旦那様は身元不明の不審極まりない人物なので、これは仕方ないというか、当然の対応ですから、彼は悪くありません」といわれて、ジェラルドは不機嫌そうに眉を寄せ、当のヘルマンは困惑気味に従者とジェラルドの顔を交互に見た。

「ただ問題は、ヘルマンさん。あなた、尾行に最近知り合った裏街の関係者使いましたね?そういうの本当に迷惑だからやめてください」

ヘルマンは猿ぐつわされたまま、なにやら盛んに抗議か弁明をしようとした。従者は彼をなだめながら「それは自業自得です」とか言っている。どうも彼にはヘルマンのくぐもった呻き声が意味のある言葉に聞き取れているらしい。


「ええ、わかっていますって。裏稼業の奴は案内させただけで帰して、一人でこのうちが見える路地の物陰で見張ろうとしたんですよね。そうしたら、突然捕まって脅されたと……そりゃ、今の状況でそんなことして自分から夜、人気のない暗い物陰に一人でいたら襲われますよ。なに考えているんですか」

自分を拉致した大男に、身の安全について小言を言われるという理不尽に、ヘルマンは顔をしかめた。


「おい、ブレイク」

ジェラルドは不機嫌な顔で、自分の空のグラスを振った。

「お前、そいつにばかりかまけているが、そいつ以外はどうした」

黒髪の従者は「片付けました」とあっさり言った。

「後始末は、旦那様の護衛の皆さんにお願いしたので安心してください」

「はぁっ!?」

「大丈夫です。これまで毎日、ちゃんと差し入れとかしてあげてますからね。これぐらい気持ちよく働いてくれますよ」

ちゃんとそういう部下同士の付き合いと連携はやってます、という顔でちょっと自慢げな従者の答えに、ジェラルドは顔をひきつらせた。




従者をブレイクだけに絞っても、城側からなにがしかの警備や見張りがつけられるのはジェラルドも想定していた。が、そこはお互い知らぬふりで通すのが不文律だ。

「(それを差し入れって……)」


ジェラルドは知らなかったが、どんなに潜伏場所を変えようが、人員を入れ替えようが、確実に毎晩全員にこっそり差し入れが届くという悲惨な事態が発生していて、警備担当部隊のプライドはズタズタになっていた。

業を煮やしたトップが直々に現場に来たときは、日頃姿を見せない相手がそのリーダーのところにわざわざ顔を出した。「いつもお世話になっております」と()()()()声をかけた挙げ句、ジェラルドの名前の入った感謝のメッセージカードとアップルパイが入ったバスケットを、気づかないうちにそっと置いていったのはもはや部隊内の伝説である。(以後、リーダーのいる場所ではアップルパイは禁句になっている)

当然、従者が独断でそんなことをやるとは誰も思わないので、すべてはジェラルドの指示による嫌がらせだと思われていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ