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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第10章 太陽の炎が消えた時

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手紙

ヴァイオレットの父親は、南方にある王国直轄の植民地に派遣された連隊付きの軍医だった。運悪く脚を撃たれ、それがようやく治りかけたところで熱病にかかったため、妻子と共に本国に帰って来た。

元々、地元の名士の一族の出であった彼は屋敷に戻り、土地の者達にあたたかく迎えられた。


病気で母を、その数年後に鉄道事故で父を亡くしたヴァイオレットには、他に頼れる身内はいなかったし、相続したのは資産よりも借金のが方が多いという有り様だった。名士とは言っても先代までの数代に浪費癖があったため、資産はほぼなかったのだ。

資金援助をしてくれていた資産家から結婚の話も出たが、20以上も年上の相手の後添えという話で、しかも愛人が実権を握っている噂も耳にしたため、丁寧に辞退した。

土地と屋敷を売却して借金を精算した彼女は、王都に出て、貴族の家で住み込みの家庭教師の職を得て、つましく暮らしていた。




「ところが今年ついに、教えておりましたご子息が寮のある学校に入学されましたので、わたくし失業したのです。奥様は行く宛のないわたくしを哀れに思われたのでしょう。奥様や下のお嬢様方の家庭教師をと仰ってくださり、引き続き雇ってくださってはおります。しかしながらわたくしでは、上級貴族のお嬢様方にお教えできるほどのマナーも社交上の知識も足りません。明らかに分不相応なお役目を心苦しく思っていたのでございます」

「なるほど。そこにこの手紙が届いた、と……」

ジェラルドは、読み終わった手紙をテーブルの上に置いた。

「お父上が預けたまま引き取りに来ない品物を受取に来てほしいとありますね。明言は避けていますが、かなりの資産価値があることを匂わせている。差出人はタミルカダルの古美術商」

「タミルカダルは、父が軍医だった頃、あちらで住んでいた街です。父は骨董が趣味だったので、あちらの古美術商の方とも付き合いがあったのでしょう。子供の頃、あちらの家に色々古いものが飾られていたのを覚えております」

「この手紙は郵便で届けられたものではないですね」

手紙は2重の封筒に入っており、内側の少し薄茶色の封筒にはヴァイオレットの父の名が宛名として書かれており、外側の白い封筒にはヴァイオレットの名が書かれていた。どちらの封筒にも住所は記されていないし、消印もない。

「はい。男の方が私宛にと持ってこられたそうにございます。その日はあいにく奥様のお供で出掛けておりましたので、持ってきた方とはお会いしておりませんが、頼まれ仕事をする類いの男性で詳しいことは何もご存知ない様子だったそうです」

「なるほど」

「おそらく、父の消息を訪ねたものの、元の屋敷が引き払われていたので、あらためてわたくし宛にと封筒を仕立てて持ってきてくださったようですね、わたくしの居場所は村の郵便局にでも尋ねたのではないでしょうか。村の方とは懇意にしておりましたので、今でもうち宛の郵便物の類いは定期的にまとめて、わたくしの今の勤め先に送っていただけるようにお願いしていますから」

「ご実家のあった村の方ともまだご交流があるのですか」

「もう何年も帰ってはおりませんので、交流といえる程のものはありません。でもわたくし、やむを得ず手放しましたが、父母と暮らしたあの屋敷と、のどかで美しい土地とを愛しておりますの。半ば逃げるように出て来てしまいましたが、可能ならば帰りたいと今でも思っております」

「それで、この古美術商のいうお父様の遺産をあてにしてみる気になったということですか」

「はい。土地と屋敷を買い戻すほどのものではなくても、今後の生活を考えますとなにがしかの先立つものは要りようですから」


しかし、そうは言ってもタミルカダルはかなり南方の街である。直轄植民地とはいえ異国であり、大陸から突き出した広い半島のほぼ南端だ。この王都から若い女性がおいそれといける場所ではなかった。

「タミルカダルの店に来いとのお話でしたら、とてもかなわないことだったのですけれど」

「リージェントポートにある取引先でまずお話をとありますね」

内側の封筒の古美術商からの手紙とは別に、透かし柄の入った白い便箋にリージェントポートの輸入商の名と、事前に話をしたいとの旨が書いてあった。

「はい。リージェントポートなら王都から鉄道で1時間程ですので」

ジェラルドは首を捻った。

「お伺いする限り、もうすっかりお心は決まっているようですが?」

ヴァイオレットは申し訳なさそうな顔をした。

「それでも不安なのですわ。なにしろこのようなあやふやな話ですもの」

ジェラルドはもう一度、手紙を手に取り、文面と封筒の両面を見返した。

「そうですね。確かにこれは奇妙なお話だ」

ジェラルドは少し難しい顔をして黙り込んだが、すぐに柔らかい人好きのする笑みを浮かべてヴァイオレットの方を見た。

「いかがでしょう、ご婦人(マダム)。もしよろしければ、リージェントポートに出掛ける際に、同行をお許し願えないでしょうか?」

「まぁ、そんな。そこまでのご迷惑はかけられませんわ。何かお気づきのことや、気を付けたほうがいいこと、良いやり方などあればアドバイスいただけないでしょうか?それだけで十分でございます。……それとも、そのように仰られるぐらい、このお話はお受けしない方が良い類いの危険なお話なのでしょうか?」

「いえいえ、まだそうと決まったわけではありません。ただ、あなたのような若くて美しいご婦人が一人でお出掛けになるには、リージェントポートの港湾地区というのはいささか荒っぽいところです。誰かエスコートするものがいたほうが安心できるというものですよ。それに、実を言うと僕は暇をもて余しておりましてね。このように興味深いお話を聞くと、どうにもじっとしていられないのです」

ジェラルドはニコニコしながら、ヴァイオレットに、いかに自分が毎日退屈な日々を無為に送って虚しい思いをしているかを嘆いてみせた。

「あなたのような方のお力になれるのでしたら、こんなに光栄なことはない。是非ともご一緒させてください。それに実際に相手の話をその場で一緒に聞いた方が、より良いアドバイスをできます」

「こちらとしては、たいそうありがたいお申し出ですが、本当によろしいのでしょうか」

「構いませんとも!では、先方に行く日を決めましょうか。明日ではいかがでしょう」

ヴァイオレット嬢の都合で、リージェントポート行きは3日後となった。

主人公、空気。

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