品評
寄木細工の床の中央に凝った草花模様の絨毯が敷かれた部屋は、書斎と居間の中間の雰囲気だった。
来客用に用意された猫脚の重厚な椅子の座面はベルベットのようで、座ったら気持ち良さそうだ。
「(とはいえ、この状況では椅子は勧められるわけないよな)」
川畑は直立したまま、意識を空いている方の椅子から、この部屋の主人と客人に移した。
「へぇ、髭がないとそんな顔だったんだ。さっぱりしたら思ったよりも若くて健康そうだね」
金髪巻き毛の青年は機嫌の良い声を上げたが、向かいに座った貴族らしき紳士は胡散臭いものを値踏みする目で川畑を見た。
「どうです?そう悪くはないでしょう?」
金髪の青年が声をかけると、実直そうな紳士はあまり同意しかねるという顔をした。青年は苦笑して、川畑に向き直ると、今からする指示に従って簡単な作業をしてくれと命じた。
大方、無駄遣いしたのではないかと、この堅実そうな紳士に怒られでもしたのだろう。オマケで買われてきた身としては、主人の体面を潰す訳にもいかないので、川畑は特に無能を装うことなく、それでいて下手に有能アピールをすることもなく、普通に言いつけをこなした。ここは大特価の放出品のわりにはまともと思ってもらえればめっけものだろう。
あれこれ言われた通り、書き物机の上に出しっぱなしになっていた革表紙の本や小瓶を、書棚や薬箱にしまう。テーブルの上の空いた茶器を置いてあったワゴンに片付けると、それを厨房に持っていってくれればもう下がって良いと言われた。
特になにも言われなかったので、大きな失敗はしていないだろうと安堵して、川畑は一礼してから、ワゴンを押して部屋を出た。
「どうだった?」
得意顔の青年に聞かれて、紳士は唸った。
「主要列国の各言語による指示をすべて解し、ティーセットを音をたてずに正しく下げるか。古風でどこか異国風だが不快ではない作法は身につけているな。安売りの奴隷が古語の詩を解すると聞いたときには耳を疑ったが……」
「僕だって彼がコマドリの詩に反応したときは驚いたさ。店では耳が悪いか言葉が不自由なふりをしていたようだが、聴力が正常で教養があるのは間違いない」
青年は年上の紳士を書棚の前に招いた。二人はあらかじめチョイスして机上に出しておいた本がどこに入れられたかをチェックした。
「見てご覧、ウィル。彼、読む方も複数言語いけるみたいだ」
「難解な専門書を正しく分類して書棚に戻すか」
青年は棚から薬箱2つを取り出して、テーブルの上で蓋を開けると、短く口笛を吹いた。
「彼、薬品のラベルも読めるようだよ」
「確かに瓶の形とは無関係に分けているな。適当に入れたのではないか?」
「いや、明らかに医薬品の薬箱と実験用の薬品箱を見分けて入れている。はは、参ったなぁ。間違えているかと思ったら、多少なりとも人体に毒性のあるものは、全部、実験用に入れられているぞ。こりゃ、ラベルが読めるだけじゃなくて、中身の薬がどういう性質のものかという知識がある可能性が高いな」
楽しそうな青年の隣で、浮わついたところのない紳士は自分でも薬品箱の中身をあらためながら眉間にシワを寄せて唸った。
「こうも似た箱に薬と毒物を入れる君の気が知れん」
「小瓶の収納に便利だから使っているだけだよ。日頃はこっちの実験用は鍵のかかる棚にきちんとしまっているから大丈夫」
青年は、便利だと思ったら道具の種別と用法に無頓着な質らしかった。
紳士はため息をついた。
「あれは腕の方はたつのか?」
「あの体格を見ただろう?見かけの半分でも力があれば十分だ」
それに、と青年はいたずらっぽく笑った。
「彼が暴れたとき、奴隷商の下男が5人がかりでも取り押さえられなかったそうだよ。……鎖をかけた状態だったにも関わらず」
「むしろ危険ではないのかね?」
「使いこなせるかどうかは、主人の度量かなぁ。今のところ大人しく言うことはきいてくれているようだね。あのひどい環境から連れ出したことに多少恩義を感じているだけかもしれないけれど」
「私はやはり反対だ。資質があるのは認めるが、連れ歩くには身元が不詳で得体がしれなさ過ぎる」
「ははは、身元不詳という点では、僕もいい勝負だよ」
「意味が違うだろう」
「似たようなものさ。それに理由を言っても理解してはもらえそうにないけれど、彼は信用できると考える根拠もある」
「天才様の考えることは、私のような凡人には理解不能だよ」
お手上げだというように頭を振った紳士に、青年はにこやかに提案した。
「賭けをしないか?」
青年は、1ヶ月であの奴隷が問題なくまともに使える従者になるかどうかに、秘蔵の酒を賭けた。
「先代クラレンス公からいただいたものだ。欲しがっていたろう」
「では私が君が落胆する方に、私のコレクションの内の1つを」
「それはいい。気前がいいね」
これは是非とも彼には頑張ってもらわねば、と青年は笑った。
「一緒に買った二人はどうするつもりだ?」
「良ければあなたのところで使ってくれ。人手が足りないとぼやいていただろう」
「うちは身元がしっかりしたものしか雇わないことにしているんだが」
「身元は確かだよ」
青年はテーブルに肘をついて、組んだ両手の上に行儀悪く顎をのせた。
「十中八九、城のものの息がかかっている。きっと優秀だよ。下手をすると奴隷落ちしたっていうのも偽装だと思うね」
青年は組んだ脚の先を揺らしながら、明るい綺麗な青い眼をくるりと回した。
「気ままに独り暮らしがしたいのに、監視役が従者なんてゴメンだよ」
「厄介な方だ。1つ貸しだぞ」
「ありがとう、ウィル。君の奥方にもよろしく伝えてくれ」
「ああ、くそ。先日は妻がつまらない事件で世話になったそうだな。貸しの件は忘れてくれ」
「あなたのそういう公正なところは好ましく思うよ。困ったことがあったらいつでも連絡してくれ」
青年は笑顔で握手を求め、紳士はその手を握り返した。
1ヶ月後、クラレンス公ウィリアムは渋々コレクションを1つ手放した。
多言語対応の件は、翻訳さんをフルオートで全言語対応にしていた川畑のミス。
例えるなら、英仏独伊露のどの言語で命令しても即時に正しく対応したようなもの。ついでにラテン語も読めちゃうみたいな……。
薬箱の件も、普通にラベルを見て"酢酸"とか書いてあったら救急箱には入れないよレベルです。
毒物と強い習慣性のある薬物は、翻訳さんがドクロマークや警告表示を入れてくるので、やはり救急箱には入れません。
コカイン、お前はダメだ。




