表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第10章 太陽の炎が消えた時

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

285/484

幕間

「ブブー、アウトです」

帽子の男は、川畑を見下ろして0点と書かれた棒付きの札を出した。この時空監査官はオーバーリアクション気味な上に言動のセンスが微妙に古い。翻訳機の年代設定を間違えているのに違いないと川畑はふんでいた。

「……部分点ぐらいくれてもいいだろう。石が粉砕されるのは阻止したんだから」

身を起こした川畑は、仏頂面で帽子の男が持つ0点の札を取り上げようとした。札は帽子の男本人と同じ非実体仕様らしく、川畑の手はむなしく札をすり抜けた。


「ちっちっち」

帽子の男は人差し指をピンと立ててワイパーのように左右に振った。

「甘いです。貴重な長期滞在用の偽体を1つパーにして何を言ってるんですか」

「欠陥品だろう。ろくにしゃべれないし、転移はできないし」

「それはわざと設定した仕様です。川畑さん、すぐ異界の住人に感情移入して干渉するから……」

制限した上で女子供がいないところに隔離したのに、気がつくと変なおっさんに引っ掛かってるのはなんなんですか、となじられて川畑は口をへの字にした。


「それにしてもあれはない。感覚はとんでもなく鈍いわ、反応は遅いわで日常生活にも苦労したぞ」

帽子の男は呆れたように0点の札を振った。

「何を言ってるんですか。あれは開発担当者が川畑さんでも使えるように苦労してセットアップしたオーダーメイドの高級品ですよ。川畑さん、自覚ないでしょうけれど、あなた常日頃扱っている情報量が多すぎる上に、インタフェースがでたらめなんです」

そのせいで仮想人格が抽出できず、川畑は通常の偽体運用ができなかった。やむなく長期滞在用ユニットをカスタマイズして単純なルーチンワークにのみ対応させ、必要な時だけ本人がダイレクトに遠隔制御する方式がとられたのだ。

「外部からの普通のアクセスを受け付けないくせに、システムにイレギュラーな介入はしてくるって、偽体調整担当者が悲鳴をあげていましたよ」

「ああ、調整がうまくいってなかったのか。道理で使いにくいと思った。最後なんて、突然意識がとんで何がどうなったかわからなかったからなぁ」

「最後がカットされたのは未成年者への人道的配慮だそうです。川畑さん、手加減のないバイオレンスを当事者で体験したくないでしょう」

川畑は眉間にシワを寄せた。

「そういう配慮をするなら、途中の暴力部分もカットするとか、もうちょっと丈夫な身体にしておくとかして欲しかったな。俺、けっこう殴る蹴るされてたんだが、些細なことで青痣ができたり腫れたりで、毎回ひどく煩わしかった」

「そうなんですか?それじゃぁ、きっと最後はそれどころじゃない目にあいそうだったからカットされたんですよ。良かったじゃないですか」

帽子の男の軽い口調の重たい発言に川畑の眉間のシワが深くなった。


「とにかく、もう偽体は嫌だ。緊急時に対処ができないのも困るが、まず通常行動ができない」

「川畑さんの通常行動って、わりとベーシックに非常識なの気づいてます?」

帽子の男は0点の札をぽいっと捨てた。札は男の手を離れると溶けるように空中に消えた。

「お前に非常識とは言われたくないな」

「言葉はそれが真実である場合、誰が発したかはさほど重要ではない。至言は壁に書かれても至言って言うじゃないですか」

「誰の言葉だ?」

「さぁ?この前、キャプテンが使ってました。自分のことを棚にあげる必要がある人には便利な言葉ですよね」

川畑は軽い頭痛がしてこめかみを揉んだ。


帽子の男は腰に手をあてて大袈裟に身を折ってため息をついた。

「仕方ないですねー。これ以上、正規職員じゃない川畑さんに備品を横流ししているのがバレるとヤバいですし、ここからは本体で行ってもらいます」

どうやら貴重な高級品の偽体とやらも正規手配ではなかったようである。やっぱり俺よりもこいつの方がよほどアウト寄りにアバウトなんじゃないか?と川畑は思った。

「ミッションの目的はこれまでと同じ。赤いアダマスです。ただし川畑さんはあくまでもサポート任務です。今度はキーパーソンの近くに配置されるので、関係者の護衛とサポートを行ってください。そういうのの方が得意でしょう?」

帽子の男は「だから」と言って、川畑の顔の前に指を突きつけた。

「指示がないかぎり特殊能力を使ってあなたが直接石を確保しちゃダメですよ。今回はクライアントの要望で複数のエージェントが派遣されています。あまり派手に特殊なことをしていると正規職員にデバイスの不正使用と違法改造がバレるので、くれぐれも気をつけてください。いいですか。安易な転移やオーパーツの持ち込みは極力なし。現地での指示に従って、許可された範囲でのみ行動してください」

バレたらノリコさんの研修をこっそり手助けに行くこともできなくなりますよと脅されて、川畑はお行儀よく任務に専念することを誓った。




「では、これを着てください」

用意された服は、古着というのもおこがましいボロだった。

「うわぁ、海藻(みる)の如く分け(しだ)ている」

「黒く変色してザクザクに裂けてますね」

「鉱山で着ていたのも大概ひどかったけれど、そこからパワーアップしてる……これ、洗って繕ってから着ちゃダメかな?」

「ダメだと思いますよ。まぁ、汚し加工はされていますが、体に有害な物質は除去されているはずですので、そこは安心して着用ください」

「舞台衣装みたいなものか……しかもまたカツラと髭付きだ。やだなぁ」

川畑は渋々、用意されたものを身につけた。

「本人が身綺麗だとあまりそれっぽく見えないものですね。細部は翻訳さんに調整してもらってください。ひとまずこの格好でスタートですが、あとは現地で支給された服装にその都度着替えていただいていいそうです」

「良かった。ずーっとこれで過ごせといわれたらどうしようかと思った」

「買われるまではたぶんその格好です。うっかりキーパーソン以外の人に購入されないように隅っこで目立たなくしていてください」

「は?」

「買ってもらえたらご主人の言うことをよくきいて、お役ごめんになるまで、ちゃんと護衛とサポートをするんですよ。では奴隷市場の店舗内に穴を繋げます。あなたは売れ残りの処分価格品という扱いなのでよろしく」

「待て……」

制止の声もむなしく、足元に黒々と開いた穴に、川畑は落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ