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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第10章 太陽の炎が消えた時

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接収

口髭の監督係が懲罰小屋に出向いたのは、すっかり日が沈みきってあたりが真っ暗になってからだった。

小屋に近づくと途切れ途切れの口笛が聞こえた。

「下手だな。なんの曲かわからんぞ」

「"緑の丘"だ。我が生まれし……ってヤツだ。知らないか?」

小屋の戸の前に座り込んでいたジンは自分のランタンを灯した。

「いまひとたびぃ~」

「歌わんでいい。マーリードは?」

「中でおとなしくしてる。俺はもう行ってもいいか?」

「もう少しここで待ってろ」


小屋の中でうずくまっているマーリードの手枷と足枷を確認してから、口髭の監督係が出てくると、ジンは苛立った様子でランタンのシャッターを忙しなくカシャカシャいわせていた。

「備品で遊ぶな」と言うと、やる気のない返事をしたジンは、当て付けのようにもう数回わざとランタンをカシャカシャ瞬かせた。

「それじゃあ、レバーを直してくる」

監督係に睨まれて、ジンは上着の裾を払って立ち上がった。

「昇降機を使わせてもらうぞ。1日に2度も3度もあんな道歩けるか」

「ご苦労さん」

ジンが投げたコインをキャッチした監督係は口髭を歪ませてニヤニヤ笑った。




「おい、誰だこんな時間に昇降機動かしてやがるバカは。うるせぇな」

「ジンの奴がピットの底まで破砕機直しに行くから使わせろってさ」

口髭の監督係は木箱から酒瓶を取り出した。慰安団と一緒に来ている商人にせしめたばかりの金を払う。客車の近くの臨時酒場は、ほろ酔い加減の客で賑わっていた。地面に適当に置かれた木箱と壊れた戸板製の簡易テーブルで、監督係の同僚がカードに興じている。

「夕方の件か」

「いいんじゃねぇか?どうせ今夜はおとなしく早寝してるような奴ぁいねぇし、飲んでる奴らのばか騒ぎの方がうるせぇよ」

「たしかに」

笑いが起きる。慰安の日は皆、機嫌がいいので寛容だ。

口髭の監督係は、しばらく同僚とカードをしながら飲んでいたが、ふと、テーブルの上のグラスが揺れているのに気がついた。

細かい振動で、小さなグラスの中で酒精が波紋を立てている。

「ああん?」

酔った頭を上げて闇の奥に目を凝らす。

「どうした?」

「汽車の音がしねぇか?」

「ばぁか。うちの機関車はもうそこにいるじゃねぇか。余所からここの引き込み線に入ってこれる汽車なんてねぇよ」

オーナーが気を効かせて、女のおかわりでも寄越してくれたのかも知れないぞ、などと冗談が飛ぶ。下卑た軽口と笑いで盛り上がりかけた場を切り裂くように、真っ黒な機関車が闇の中から突っ込んできた。

甲高いブレーキ音と共に車輪から火花が散る。勢いをころしきれなかった機関車は、停車中の車両の最後尾に突っ込んで、慰安団の客車をバラバラにした。

酔っぱらい達が突然の事態を把握する前に、黒い機関車の後ろの装甲車両の側面が開いた。いくつもの閃光に重なって銃声が響く。装甲車両から現れたのは黒っぽい軍服を着た兵士達で、彼らは無慈悲かつ効率的にあたりを制圧し始めた。




下士官らしき男は、闇の中で重い駆動音をあげている昇降機の脇まで歩いてくると、「状況完了だ」と暗がりに声をかけた。

「その下手くそな口笛を止めろ」

「そこは"ご苦労"ぐらい言ってくれてもいいんじゃねぇか?」

昇降機の支柱の後ろからゆっくりと現れたジンは、両手を頭の後ろで組んだまま、男が下げたランタンの明かりの端ぎりぎりで止まった。

男はランタンを置くと、肩にかけていた背嚢をジンの足元に投げた。

「受け取れ」

「その銃を下ろしてくれると荷物が確認しやすいんだがな」

ジンはぼやきながら袋の中を探った。服、金、旅券、拳銃……。

「金が足りないぞ」

「当座の金以外の報酬は銀行だ。口座番号は服の胸ポケットに入っている紙を見ろ」

着ていたボロを脱いで、手早く着替えたジンは銃を確認して顔をしかめた。

「弾は?」

「町で買え」

「信用がないにも程がある」

「この件で、貴様の本国での犯罪歴は抹消されたが、お前がどんな男かを関係者が忘れたわけではない」

「人気者は辛いね」

「古巣には戻らないことをお奨めする」

無精髭が目立つやつれた男は肩をすくめた。

「どこか田舎で牛でも飼って暮らすさ」

明かりに背を向けた彼の表情は見えなかった。


「……おい」

撤収しようと歩き始めた下士官を、低い声が呼び止めた。

「アレはなんだ」

怒りと緊張をはらんだ声に振り向くと、潜入任務を終えた男は眼をギラギラさせて炎に包まれた小屋を睨んでいた。

「なぜ懲罰小屋を焼いた」

「さぁな。……()()()()()()()()んじゃないか?大丈夫。報告にあった石は確保済みだし、男の方も始末は済んだと報告を受けている」

ジンと呼ばれていた男は小屋に向かって走り出した。


木切れを張り合わせただけも同然だった小さな懲罰小屋は、かがり火のように燃え盛っていた。

「チッ」

男は顔を歪めて悪態をついた。

彼はしばらく赤い炎をじっと見つめていたが、屋根が崩れて火の粉が散ったところで、小屋に背を向けてその場を立ち去った。


その日、非合法組織の財源だった隠し鉱山は、軍に接収された。

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