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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第10章 太陽の炎が消えた時

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原石

剛石(アダマント)は鉄より硬いからな。機械類にゃあ重要な材料だ。優良な鉱床は希少だからここの鉱山主は相当ボロ儲けしてるぜ」

恒例の夜間作業の休憩中に、ジンはガタつく机に頬杖を付いて、退屈そうにランタンのシャッターをカシャカシャいわせた。マーリードは拳大の石を1つポケットから取り出すと、机の足の下に埋めて土を整え、机がガタつかないようにした。

ジンは変なところでマメな若い鉱夫の行動を鼻で笑った。

「まぁ、ここにいる俺たちにゃ、それぐらいの使い道しかねぇか。だけど、石をポケットに入れておくのは止めた方がいいぜ。監督係に見つかったらコトだ。奴ら、アダマスの持ち出しには神経質だからな」

剛石鉱床の場所は秘匿され、鉱夫は厳重に管理される。その最も大きな理由は、剛石の産業的重要性ではなく、その中からごく稀に見つかる金剛石(アダマス)だった。

アダマスは透明度の高い石で、優良な原石は八面体あるいはそれに準じる形の結晶構造で剛石内に含まれる。その硬度は剛石をしのぐが、その価値はむしろ宝石として名高い。

不純物がほとんどない高品質のアダマスは無色透明で、宝石細工師のカッティングにより、素晴らしい輝きを放つ宝石となる。最上質のアダマスは、その輝きと特性で宝石の最高位に位置付けられ、稀少性もあいまって高額で取引されていた。


ジンは立ち上がってグリース台の脇に行った。

「お前、この台の役目を知ってるか?アダマスってのは油にくっつきやすいんだよ。だから細かく砕いた剛石をこの台に流してやると、ここのグリースの部分にアダマスが引っ掛かって、残りの砂だのいらない小石だのは水で押し流せるって寸法だ」

マーリードは興味深そうにグリース台を覗き込んだ。

「昼間の作業中にここに近づくなよ。監督係に撃たれるぞ」

マーリードは何か別のコトを考えているような顔で曖昧に頷いて、身振りで、大きいものはグリースに引っ掛かるのか?と尋ねた。

「大きいアダマスなんてねぇよ。どっかの富豪や王室の宝物庫にはあるかも知れないけどな。小指の爪の先程の大きさがあったら大騒ぎだ。だいたい、ここに流すのは破砕機で細かく砕いた石だから、もし大きな結晶なんてものがあったとしても割れているし、割れていなけりゃ見てわかる」

マーリードは破砕機とグリース台を交互に見比べて納得したらしい。


ジンは鉱石運搬用の線路を指差した。

「慰安の日には鉱石運搬用の汽車に客車が2両つく。1つは女どもだが、もう1つに乗ってくるのが鉱山主の代理人だ。そいつがその週に採れたアダマスをまとめて受け取っていく。そいつ以外がアダマスを持ち出すのは厳禁だ。慰安隊の芸人や女どもは、ここから帰るときケツの中まで調べられるらしいぞ。お前もポケットに石なんかいれてるとケツの中を調べられるぞ」

顔をしかめたマーリードを見て、ジンはゲラゲラ笑った。

「まぁ、そうそう俺達が手に入れられるもんでもないけどな。実際、俺もまともな宝石クラスのアダマスの原石なんてここの作業でお目にかかったことがない。採掘現場にいるんだから1度ぐらいは見てみたいんだがな」

それを聞いてマーリードは、破砕機の脇に積まれた鉱石の小山に歩いていった。縦穴の底の大型の破砕機で砕かれて、巻き上げ機で運び上げられた石は、皆一抱えほどのサイズだ。マーリードはしばらく見回してから代わり映えのない石の1つを持ち上げると、ランタンの近くに戻ってきた。

「おい、何をやって……」

腰に下げた道具袋からノミとハンマーを取り出したマーリードは、手慣れた様子で簡単に鉱石を割った。

「は?」

割れた断面には剛石とは質感の異なる結晶が埋まっていた。

マーリードは周りの石を削り落として器用に結晶を取り出すと、ジンの手にのせた。

「ウソだろ……おい」

ジンは真剣な表情で結晶をランタンにかざした。専門家ではないので断言はできないがアダマスの原石、それも相当いい品質でサイズも大きいものだ。

「何?お前、これ……」

マーリードはジンの手から原石をつまみあげると、あっさりと作業場脇の草むらに投げ捨てた。

「ああっ!?」

唖然としたジンが振り替えると、マーリードはいつも通り引き結んだ唇の前に、人差し指を立てて見せた。彼がたまにやる"静かに"とか"内緒だ"の意味のポーズだ。

「はぁーっ?」

呆然とするジンをよそに、マーリードは大粒の結晶を取り出した石の残りを、破砕済みの石の山に持っていって、他の石と同じぐらいの大きさに砕いて混ぜた。




それは慰安の日の夕暮れの作業終了時間間際で、酒や女達を乗せた汽車が到着し、鉱夫達が皆そわそわとし始めた頃合いだった。

「ジン!オメェんとこのでけぇのがやらかしたぞ」

鉱夫仲間に教えられて縦穴(ピット)の底まで駆けつけた時には、マーリードは取り抑えられてさんざん打ちすえられていた。

「何があった」

聞けば、マーリードが作業中の鉱夫に突然襲いかかったという。

「俺はいつも通り破砕機に岩を押し込むところだったんだ。そこへ突然こいつが叫び声を上げて襲いかかってきて吹っ飛ばされてよぉ。向きが悪けりゃ破砕機に挟まれて死んでたぜ!」

憤懣やるかたなしという様の鉱夫はハゲの大男で、来る奴ごとに同じ話をしては、マーリードを蹴りつけていた。

「おい、だからってよってたかってここまでするこたぁねーだろう」

ジンが口を挟もうとすると、大型破砕機の監督係が「それだけじゃない」と不機嫌そうに顎をしゃくった。見れば、破砕機の緊急停止レバーが押し込まれている。よほどの怪力で力任せに倒されたのか、レバーが曲がってフレームが歪んでしまっている。あれを元に戻すのは骨だろう。

気取った口髭を生やした監督係はこれでは仕事にならんと文句を言った。

「奴を取り抑えて作業を再開しようとしたら、押さえていた奴を全員降り飛ばしてやらかしやがった」

「ああん?」

ジンがマーリードを見ると、彼は地面に押し付けられた顔を僅かに上げて、チラリと鉱石の方を見た。


「しょうがねーなぁ」

ジンはその浅黒い無精髭だらけの顔に人を小馬鹿にした薄ら笑いを浮かべた。

「マーリード、てめえそんなに仕事を早仕舞いにして女のところに行きたかったのか。バカ野郎、がっつくんじゃねぇよ」

ジンが面白おかしい口調で放ったいくつかの卑猥な罵倒語と煽り文句に、周りの野次馬からも笑いが上がる。マーリードは顔を赤くして下を向き、地面に額を擦り付けた。

ジンはマーリードの上着の内ポケットに手を突っ込んで、金を取り出した。

「ほらよ。これで一杯やって機嫌直してくれ」

ハゲの大男に札を1枚渡す。

「足りねぇな」

「じゃぁこれはあんたに酒を注ぐ女が飲む分だ。これ以上飲むウワバミ女を相手にするのは止めておけ」

「ちげぇねぇ」

周囲の失笑にハゲの大男は2枚目の札で手をうった。

「という訳で監督さんよ。あのレバーは俺が今夜中に直しておくんで、今日のところは作業はここまでってことにしてくれませんかね」

ジンは残りの金を髭の監督係の上着のポケットに突っ込んだ。監督係は腕を組んだまま鼻を鳴らした。

「そいつをそのまま放免という訳にはいかん」

「そりゃ、もちろんでさ」

ジンは野次馬に声をかけた。

「おい、誰かそこの石をこのバカの背中にくくりつけろ。懲罰小屋まで石を背負って歩いて登らせる」

縦穴(ピット)の底から地上までは螺旋状に狭い斜路があるが、急だし面倒なので普段は誰もそんな道は使わない。みんな鉱石を運びあげるための大型バケツ付きワイヤーをエレベーターがわりにしている。

「俺が責任もって懲罰小屋に放り込んでおくんで、監督さんの手は煩わせませんよ。もちろん妙な手加減もしません」

ジンは手近にあった石を使おうとしていた鉱夫に、「それじゃダメだ。あそこのあの一回りデカイ黒っぽい奴にしろ!」と叫んで、ハゲの大男が最初に破砕機に入れようとした石を持ってこさせた。


「おら、要らねぇ面倒起こしてんじゃねぇよ。てめえのせいで俺までお姉ちゃんとの楽しい夜がパーだ」

ジンは苛立った様子でマーリードの脇腹を蹴り、一抱えはある石をその背中にくくりつけた。

監督係は後で懲罰小屋を見に行くからと言い残して、作業の終了を告げた。周囲の鉱夫は歓声をあげ、次々と女達の待つ穴の上に上がっていった。




「で……俺にこれだけの手間をかけさせるほどの価値がその石ッコロにあるんだろうな」

ランタンを手に日が落ちて暗くなった縦穴(ピット)の外周路を登りながら、ジンは低い声で念を押した。砂まみれのマーリードは黙って頷いた。


狭苦しく薄汚い懲罰小屋の中で、マーリードが慎重に割った鉱石の中には、深紅のアダマスの大きな結晶が入っていた。


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