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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第10章 太陽の炎が消えた時

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鉱山

新章、開幕

剥き出しになった白茶けた岩肌に鈍い爆発音が反響し、破砕された鉱石が崩れる音が断続的に響く。作業再開を知らせる鐘がガランガランと鳴り、ノロノロ動き出す男達に監督役どもの罵声が飛ぶ。

「おら、作業再開しちまったぞ。まだ直らねーのか。急げ」

「ヘイヘイ。やってますんでそうカッカして銃口を向けるのは止めてくれませんかね」

赤錆だらけの機械の脇に座り込んだ男は、めんどくさそうにぼやいた。

「応急で動かしはするけどよ……こう酷使されちゃ、機械も俺らも長持ちしねぇぞ」

無精髭だらけで頬の痩けた人相の悪い男は、擦りきれた汚い上着をはたいて立ち上がり、腰を伸ばしながら首を鳴らした。

「おいこら、サボるな。お前ら借金持ちのクズの代わりはいくらでもいるが、その選鉱機はそうそう買い換えられんのだぞ」

「だったら、このオンボロはいっぺんちゃんと整備しなきゃあ」

機械整備のためだけに気楽に技師を呼べるような場所ではないことを承知の上で、無精髭の男は提案した。

「それなりの時間と手当てをくれりゃ、俺がみてやってもいいぜ」

専門家ではないがそれなりに機械がわかる自分がここで重宝されているのを知っている男は、ニヤリと笑った。

「作業は止めるわけにはいかん」

「だったら夜にやってやるよ。その代わり、その前後2日の俺の昼の作業ノルマは無しにしてくれ」

「いいだろう。作業変更で掛け合っておいてやる。今晩中に直せ」

選鉱機の監督係は狡そうな顔でそう言った。

「おい、前後2日っつったろ!今日はもう昼過ぎてんじゃねーか。しかも追加報酬は出さない気だな」

「つべこべ言わずに手を動かせ」

「ちっ、急ぐんならもう一人手伝いを付けてくれ。でかくて力のあるヤツがいい。こいつがずれちまってるんで持ち上げてはめ直すのが早いんだが、俺じゃ力が足りねぇ」


連れてこられたのは、がたいのデカイ若い鉱夫だった。腰から下げている道具袋からすると、採掘用の横穴の担当らしい。発破をかける間、たまたまこちらに上がってきていたのだろう。

剛石鉱床は恐ろしく硬いため、単純な露天掘りは難しい。縦に伸びる鉱床に沿って、すぐ脇の比較的柔らかい地盤を掘った縦穴(ピット)から、鉱床に向けて横穴を掘り、それを爆薬で崩して石を取り出すのだ。爆薬を効果的に使うには横穴をそれなりの深さまで手堀りする必要がある。通常の岩盤より何倍も硬い剛石鉱床を掘る作業は、ここの作業の中でも一番キツイ部類だった。


その若い奴は、男のざっくりした説明に黙って頷くと、それだけで作業をちゃんとこなした。

剛石運びの人足の中にはもっと頭の中まで筋肉みたいなゴツい奴らが沢山いたので、そういうデクノボウが来ると思っていた男は、助手にされた若いのが意外と飲み込みがいいのに驚いた。力も強く手際もよくて、なかなか使いでがいい。

「(これは拾いもんだ)」

男は夜の作業にもそいつを付けてくれと、監督係に頼んだ。




「それを全部元通り組み立てたら終わりだ」

たよりないランタンの明かりの下で、黙々と部品の錆を落としていた若いのは、男が声をかけると顔を上げた。

「おらよ」

男がくすねてきた酒瓶を投げてやると、若いのは一応受け取ったものの僅かに酒が残っただけの瓶を少し眺めてから、そっと返そうとした。

「遠慮すんな」

男は暇そうにランタンのシャッターをカシャカシャ開け閉めして遊びながら、グッと行けと顎をしゃくった。若いのは礼儀程度に口を付けた。酒に慣れていないのか眉を寄せて妙な顔をしている。男は笑って酒瓶を取り返すと残りを飲み干した。

「さてと」

男が部品を組み立て始めると、若いのはその隣に磨き終わった部品を並べだした。部品を組み立て始めてすぐに、男は若いのが組み立て順序を理解して部品を置いていることに気がついた。しかも、必要な工具までいいタイミングで渡してくる。

「(へぇ……)」

機械工の経験があるのかと聞いてみると、ないと首を振り、外すときに見ていたと簡単な身振りで答えた。

「(賢くて、言葉は不自由なのか)」

従順で有能で余計な口は聞かないというのは最高だ、と男は思った。


元通り組み上げた選鉱機を見ながら、若いのは首を捻った。

「なんだ?」

上着の袖を引かれた男が振り替えると、若いのはボルトの1つを指差していた。

「ああ、それはそれでいいんだよ」

男は若いのがその細工に気づいたことに感心しながら、そう答えた。

「こいつの調子が悪くなったら、また、一緒によろしく頼むぜ」

若いのは僅かに眉を動かしたが、納得したのか、黙って頷いた。

「じゃあ、みんなが起きてくる前に他の機械の様子も少し見回ってこようか」

ニヤニヤしながらランタンを持ち上げた男に、若いのはおとなしく従った。




順番にあちこち不具合が出る機械の応急修理係として、二人はちょくちょく一緒に仕事をした。

「おい、ジン!揚水ポンプの調子が悪い。ちょっと見てくれ」

「ああん?こんなデカイもの俺一人じゃ無理だ。マーリード呼んで来てくれ」

しょっちゅう男が呼びつけるせいで、ろくに口が利けない若い鉱夫に男が便宜上付けた名前は、すっかり他の鉱夫や監督係達に周知されていた。

「今日はポンプだとさ。目詰まりでも起こしてないか川に降りて給水口見てきてくれ。俺は本体をチェックしておく」


若い鉱夫が文句を言わないのをいいことに、男は毎回、キツイ仕事を押し付けていた。多少気が退けて、その埋め合わせにと、慰安の女達の来る日に奢ってやろうと言っても彼は慌てて首を振るばかりだった。

気になって日頃どうしているのか注意して見てみると、酒や賭博をやるわけでもない。他の鉱夫のようにわずかな給金を擦ってしまわず、手堅く金をためてここを出ていく気なのかと思えば、ガラの悪い奴らに脅されてあっさり金を巻き上げられたりしている。あれだけ力があれば、ちょっとぶん殴れば絡んでくる奴らなどへでもないだろうにと思うと、もどかしかった。

「おう。悪りいな」

気がついたら男はそのガラの悪い奴らをぶん殴って、金を巻き上げ返していた。

「こういうところじゃ舐められたら骨の髄までしゃぶられるぞ。お前がチョロ過ぎると、俺まで甘く見られるから、ああいう雑魚どもの言いなりにはなるな」

金を半分手に押し込んでやると、若い鉱夫は怪訝そうに、男の手に残ったもう半分を見た。

「これは授業料と手数料だ」

男はニヤリと笑って、臨時収入で酒を飲みに行った。


マーリードというあだ名を付けられた若い鉱夫は、自分からは極力周囲と関係を持とうとせずにいるようだった。こういうところの例に漏れず、孤立した弱気なカモは狙われがちだったが、監督係達に顔の利くジンがバックに付いたことで、マーリードは絡まれることがかなり減った。

一度、つまらない逆恨みでジンが囲まれてノされかけた時に、マーリードが怒ってその場の全員を叩きのめした後は、二人に手を出すバカはいなくなった。

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