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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

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小話: 塔の少年と烏⑤

「お疲れ様でした。ここまでで結構です」

「えっ?」

魔女の城の書斎で魔導書を読んでいた川畑は、現れた帽子の男の言葉に呆然とした。

「あの地点での観測任務が終了するので、次の年度の分以降の身代わり任務は不要になりました。お世話になりました。デバイスから不要になった転移座標は消しておきますね」

「おい!待て。急にそんな事言われたって……」

「あの髭の依頼人さんも感謝してましたよ。おかげで助かったって。次の勤務地への移転があるので直接お礼は言えないけれどよろしく伝えて欲しいと仰っていました」

「次の勤務地って、あの城関連の仕事はどうなるんだ」

「ああ、それは気にしなくて大丈夫です」

帽子の男は気楽な調子で言った。

「あの城、戦で焼けるんです。山越えした隣国があそこを足掛かりに攻め込んで、王都が一旦陥落して……とかゴタゴタするらしいですよ。巻き込まれる前に局の観測所は撤収です」

「なんてこった……」

川畑は全く想定外の事態に、頭で理解したことを、心が納得できなくて眉を寄せた。


「あの子は?」

「わかりません。塔に来ている時に戦があるわけじゃないのでいいんじゃないんですか」

「でも、王都が陥落するんだろ」

「事故も病気も殺人事件もいつだって起こり得ますよ。そもそもちょっと軸がずれたら寿命期間内にもう一度会えない訳ですからいちいち気にしちゃダメです」

淡白にそう告げる帽子の男は、個人としての顔の印象がとても薄く調整されていて、誰かに覚えていてもらうことを拒否しているようだった。


「最後にもう一度会いたい。会いに行っていいだろうか」

川畑は手を握りしめて低く呟いた。

「ちゃんとお別れの挨拶をしていない」

「余分なこと話して干渉しちゃダメですよ。それから、戦争に直接介入するのも禁止です。いいですか、今の川畑さんの全力で介入したら多少の戦なんてふっ飛ぶかもしれませんが、感情移入した1人のために、大量殺人するような真似は、他人の世界ではやっちゃいけないですからね」

「自分の世界ならいいみたいな言い方だな」

「それはその世界の個人の判断ですから」

「時々、お前が時空監査官で世界の外側からものを見ているんだなって思い知ることがあるよ」

川畑は憂鬱そうに立ち上がった。


「わかった。あの子とは話さない。戦争にも介入しない。ただ……ただ姿をもう一度見て来たい。それぐらいはいいだろう」

帽子の男は困った顔をして、暫し躊躇した。

「仕方ないですね。最終日の夜明け前。川畑さんが引き上げてきた直後になら、行っていいです。そこからの長距離転移や時間転移は禁止します。それを守ってくれるなら、まぁ」

彼は、そんな顔をされてはたまらないとぼやきながら、ずれてもいない帽子の向きを直した。


「たしか毎年、最後の日はその子は祭礼かなにかのために神殿遺跡に行くんでしたよね」

「ああ、いつもそこで1夜を明かしたら、翌朝迎えに来た供に連れられて、湖畔の城には戻らずに帰る。神殿から出てくるところを離れたところから見送って終わりにするよ」

「夜明けには戻ってください」

帽子の男は真っ黒な穴を開いてから、心配そうに付け足した。

「あんまり深く考えちゃダメです。いちいち親身になっていると……川畑さんがつらいですよ」

「ありがとう。でも、そういうところを割り切りすぎてしまうと、本当に人間じゃなくなってしまう気がするんだ」

川畑は、帽子の男の顔を見ないまま、穴に踏み込んだ。




薄明が始まる前の一番暗い時間。

見上げれても、もう森の木々の間に沈んだのか、月も見えない。

「(暗視、通行履歴表示、消音、認識阻害、光学迷彩発動)」

感覚を広域に展開して、外敵や想定外の人間がいないことを確認しつつ、川畑は良く散策した森の中を駆け抜けた。

「着装」

関節を起点に一瞬、魔力光が走って、全身を黒い被膜が包む。

アンダーウェアのみで変身プロセスを途中キャンセルした川畑は、頭部装甲の代わりに、黒い仮面を着けた。

太い木々の間を駆け抜け、斜面を登り、岩場を跳躍する。

山腹にある地下神殿の入り口とは、少し離れたところにある切り立った岩壁を、軽いステップで駆け上がり、張り出した岩の上に降り立つ。

身体強化と併用した飛翔魔法の名残が銀光になってわずかに散った。


鳥しか訪れないような高い岩の上で、川畑は辺りを見渡した。眼下に小さく見える灯りは、少年を迎えに来た供回りの馬車だろう。

真っ赤な満月が地平線の彼方に沈もうとしていた。じきにこの夜も終わる。


「なるほど、この羽根の持ち主はお前か」

背後から不意に声をかけられて、川畑は振り返った。

さっきまでなんの気配も感じなかったところに男が一人立っていた。男の手には、川畑の仮面に付いていた飾り羽根の先があった。以前、小競り合いの末に撃退したら不審者に千切られたものだ。

「性懲りもなく現れたのか。神の名を騙る魔物どもめ。あの子に手は出していないだろうな」

川畑の右手の指が鉤のように曲がり、パキンと音がした。指先から肘にかけて氷の結晶のようなトゲが現れる。

「これは、これは」

男は目を細めた。川畑のそれと同じく顔の上半分を覆う黒い仮面の奥で、赤い目が光る。男はこんな山奥には不似合いな夜会服姿(ブラックフォーマル)で、仮面も飾り気のない上品なものだった。彼は服装にふさわしい気品のある仕草で、手に持った飾り羽根を揺らした。

「聞きしに勝る怪物だな。若い者達では太刀打ちできなかったというのも納得できる。お前のような化け物に"魔物"呼ばわりされるのは心外だぞ、異界の怪物よ」

「貴様、これまで現れた奴等の親玉か」

「そのような品のないものになった覚えはないが、たしかに統べる立場にはある」

「ならば……!」

殺気立つ川畑を、男は制した。

「待ちたまえ。ここでは人目もある。中へ」

身を翻して悠然と歩む男に先導されて、張り出した岩の奥にある岩壁の裂け目を潜る。裂け目はほどなく岩を削って作られた通路と階段になり、岩山の奥をうねうねと下った。


「明かりもないのにためらいなく降りるか」

「そういう貴様も闇を透かしているだろう。俺に平気で背をさらしていると言うことは後ろも見えているんじゃないのか?」

川畑の言葉を肯定も否定もせずに、男は微かに笑う気配だけを残して先を歩いた。

石造りの広間に出たところで、男は奇妙な形のランプに明かりを灯した。

「お互い闇に生きる身に光など不要とはいえ、この場への敬意は示そう」

ランプの明かりに多肢三眼の女神像が浮かび上がった。等身大よりも一回り大きな石像の瞳にはめられた宝石が、ランプの明かりを反射して赤く煌めいた。

「我々は少し話をした方がよさそうだ。そうは思わんかね?」

男は川畑にそう提案した。

"古き一族"


どうしよう……コメディで落とす未来が見えない。

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