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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

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小話: 塔の少年と烏④

「何かやってますね」

「なんのことだか」

川畑は上機嫌で帽子の男の問い掛けをスルーした。

「何を作っているんですか?」

「水鉄砲。竹っぽい植物を見つけたんだ。いい感じだろ」

「楽しそうですね」

「今日はこれで遊ぶんだ」

「そうですか」

「おっと、夜中の水遊びは体が冷えるな。大きめのバスタオルをもう一枚用意しておこう」

用意された大きなカゴには、タオルやら焼き菓子やらピクニックシートやら色々詰めてある。

「いいなぁ。ご一緒していいですか?」

「いいけど、自分が"なに"かは自分で誤魔化せよ」

帽子の男は目を瞬かせた。

「私は私ですよ」

「なんの迷いもなく言い切ったな」

「己を誤魔化すような生き方はしていません」

帽子の男は誇らしげに胸を張った。

「お前は来んな」

「えー」

「せっかく仲良くなれたのに、またあの子に怖がられるだろう」

「えっ?1人じゃないんですか?」

「ちょ、おま……1人でこんな浮かれた準備して夜中に水鉄砲持って水遊びに行くって、俺をどんな奴だと思ってるんだ」

「なんか人生楽しそうだなーって」

「ねーよ」

眉を寄せた川畑の正面で、帽子の男は首をかくんと傾げた。

「あれ?子供って、塔の男の子ですか?夜中に連れ出してるんです?ばれたら依頼人に迷惑なんじゃないですか?」

「そこは大丈夫。対策は万全だ」

川畑は目元を被う黒い仮面を取り出した。

「顔はこれで隠しているし、相手は子供だから俺のことを人間じゃなくて鳥のお化けかなんかだと思っている」

「また、ややこしいことを」

帽子の男はしげしげと仮面を見た。

「ここの飾り羽根、千切れちゃったんですか」

「ああ、それは不審者を撃退したときにミスった」

「川畑さん?なに勝手に現地住民と戦闘してるんですか。そういうのはバッテンですよ」

川畑はスッと横を向いた。

「川畑さん!」

「さーて、そろそろ着替えて出掛けようかな」

「って、宇宙船パイロットのジャンプスーツ用意してどうするんですか。それはこの世界の服装じゃないでしょう」

「いや、だって今日は水遊びだから。その仮面つけて水着じゃ、ただの変態だろう?これ防水でちょうどいいんだよ。黒いし」

「世界観錯誤も甚だしいです。他にないんですか?」

「あとは鎧のアンダーウェアぐらいかな。あれは一応、剣と魔法の世界で使った奴だから。……ただあれって黒いとはいえ、ほとんど全身タイツなんだよなぁ。全身タイツでその仮面つけてって、水着とどっちがましだと思う?」

帽子の男は頭痛をこらえるように、両方のこめかみに人差し指をあてて目を閉じた。

「んー、なんかもう好きにしていいです。できるだけ人目は避けて、ばれて大事にならないように気を付けてください」

「わかってるって」

いそいそと水鉄砲をカゴに詰める川畑を見ながら、帽子の男は困った顔をした。

「忘れないでください。川畑さんは、この世界にはあくまでお手伝いでちょっとだけ来ているんです。あまり特定個人に肩入れして世界に干渉しちゃダメですよ」

川畑は適当な返事をして、帽子の男の小言を聞き流した。




僕は夏に塔に行くのが楽しみになっていた。

塔には毎回数日しか滞在できなかったが、夜になると必ず怪物がやって来てくれた。彼は塔から僕を連れ出し、湖や森の奥に連れていった。人目のない場所で、怪物と僕は毎晩おもいっきり遊んだ。

僕は体を動かすことを楽しみ、怪物の出す難解ななぞなぞを解きながら自然の様々なものの働きを知り、声をあげて笑うことを覚えた。

僕は怪物の入れ知恵にしたがって、塔に連れてくる護衛を少しずつ入れ替えた。それと共に塔の使用人も段々と態度が良いものが増え、僕の食事にも、髭男が取ってきてくれる魚や果物がちゃんと入るようになった。

それでも僕は、夜中に怪物が持ってきてくれるお菓子が大好きだった。焼き菓子は職人が作るものほど形は整っていなかったが、どれも美味しかった。僕は、二人で遊んだ後のお茶の時間をいつも楽しみにしていた。

怪物は遊び終わって僕を塔に連れ帰ると、僕を膝にのせて変なブラシで歯を擦り、うがいをさせてから、ベッドに寝かせた。


怪物は僕と過ごした日々のことを良く覚えていて、何年も前のことをつい先日のように語り、去年別れた日のことをつい昨日のことのように話した。僕は怪物がいつまでも僕をやせっぽちの小さな子供扱いするのが悔しくて、塔に来ない間はできうる限り体を鍛え、必死に勉強して過ごした。

それでも怪物はびっくりするほど力が強くて物知りで、僕はいつまでたっても彼に敵わなかった。


いつ頃からか僕は、怪物が実は仮面を被っているだけで、中身は普通の人間と変わらない姿であることに気がついていた。それでもその身を被っているものは服というには身体にぴったり吸い付くように添いすぎていたし、布とは全然違う質感だった。不思議なことに、水に入って遊ぶ時には、彼の肌は羽と金の飾りの模様のついた柔らかなものから、一瞬でなめし革のような飾りのないものに変わった。黒い肌は硬く滑らかだったが、部分的に蛇や蜥蜴の鱗のような凹凸がうっすらとあった。押すと弾力があり、しなやかな肌の上で、水はキラキラ光る珠になって転がった。

彼は僕にとっては、不思議な怪物で、僕はその正体を明らかにしようとは思わなかった。


だから、あるとき髭男がうっかり床にこぼした水を拭くために取り出したのが、珍しい織りの真っ白な布で、いつも怪物が使っているのと同じものだと気づいた時も、僕は何も言わなかった。

あんな貴族でもなかなか持てないような高品質の白布で、躊躇なく床を拭ける人間はこの国にいない。

髭男は、使用人の質が改善してからも、時折僕のところに水桶を運んで来たが、いつも背を屈めてうつむいていて、一言も喋ろうとはしなかった。

僕は、ボロボロの上着から出た彼の手が、がっしりしてはいるけれど爪まできちんと整えられたきれいな手であることを確認して、モジャモジャの髪と髭の奥の顔を想像して、密かにわくわくした。


湖でのひとときは僕の子供時代の重要な時間で、怪物は僕にとって本当に大切な存在だった。

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