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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

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閑話: ミルクと砂糖は追加でご自由に

次章は今しばらくお待ち下さい。

シリーズ短編追加してます。

小説情報の上の方のシリーズ表示をクリックすると飛べるかと思います。

「それはまた大変な休暇だったな」

ヴァレリアは、アイスクリームの浮かんだミルクたっぷりラテのカップを手に、川畑の向かいに座った。

「ほぼ乳脂肪ですね。それ」

「生クリームを入れても美味しいんだが、夜に泡立ててまで入れることもないから」

「なるほど」

川畑はサマーニットを着たヴァレリアの胸元をちらりと見て納得した。明らかに食習慣が体を作っている。

「飲むか?」

「いえ、これを終わらせてしまいます」

川畑はヴァレリアに出された筆記課題に向きなおった。


課題を解き終わった川畑は、自分用に茶を入れた。

「お前はいつも茶だな。コーヒーは飲んだことはあるか?」

「飲みますよ。ダーリングさんの淹れてくれたのは美味しかったです」

「たしかにあの男はそういうところで贅沢をしていそうだ」

提出した課題を採点しているヴァレリアに、川畑は術式を色々覚えたいので資料はないかと尋ねてみた。

「うちに行けば山ほどあるぞ」

来るか?と問われたので、行くと答えた。



ヴァレリアの"うち"は、石造りの重厚な城だった。

広間にかかった古いタペストリーは、複雑な植物紋様に彩られた魔王と勇者の伝承の絵柄だ。

「そういえばヴァレさんって、勇者が訪ねてくるような世界の魔女でしたね」

「"北の魔女"といえば、それなりのネームバリューがあるんだぞ」

黒っぽい石造りの城内は人気もなく寒々しかったが、通された小部屋は明るく居心地が良かった。内装と家具は古く艶のでた木で、室内は清潔で微かにハーブの香りがした。

「ここで待て。資料を持ってくる」

ほどなく戻ってきたヴァレリアは、魔女っぽい服装に着替えていた。胸元がV字にヘソ近くまで開いた真っ黒のローブは、いかにも悪い魔女風である。彼女は長杖を手にしていたが、本の類いは持っていなかった。


「奥の机のところに行け」

川畑が言われた通り机の前に行くと、ヴァレリアは杖の先で机の上を指した。

「魔導書、魔方陣図集、詠唱呪文の解説書……」

彼女の杖先が動くのにあわせて、大量の本が机の上に現れる。

「お前、マジックスクロールやデータクリスタルの使い方は知っているか」

巻物や小振りの水晶柱を見て、川畑は首を振った。

「便利だぞ。後で使い方を教えてやろう」

ヴァレリアは机の上いっぱいに積み上がった資料を指して、初心者向けならまずはこんなもんだと言った。

「ありがとうございます」

「持ち出し禁止だから、ここで読め。繊細な図書が多いから異界に持ち出して変質されると困る」

「はあ、そういうものなんですか」

「持ったまま転移もするなよ。お前の転移技術だと同一世界内での転移でも物質を再構成していそうで信用ならん」

「穴を通っているだけですよ」

とはいえ、持ち主の意向は尊重すべきなので、川畑はこの部屋に通って資料を読むことにした。




「ヴァレさん。上の部屋のデータクリスタルのリーダーが調子悪いんです。他のないですか?」

ヴァレリアを探して、城の地下にある工房を訪ねた川畑は、機械部品だらけの部屋で妙なものを見つけた。

「ヴァレさん?なんで俺の複製体がこんなところにあるんですか?」

(コクーン)型のデータクリスタルリーダーに、すっぽりと収まっていたのは、先日、学園で作成した呪術製の複製体だった。


「ああ、それ。呪いの洗浄も終わったから、再利用するためにデータ入力中だ。触るなよ」

ヴァレリアは、魔方陣の上で杖を揺らして、何かの精密部品を組み立てながら答えた。特に罪悪感も感じていない普通の口調であるところをみると、やましいことをしているつもりは無さそうである。

川畑は自分そっくりの複製体をまじまじと眺めた。

「なにを入力しているんです?」

「ゴーレムサーバントのデータ一式だ。召し使いとしてのベーシックな会話能力や基本動作、料理だの掃除だの家政全般の基礎知識みたいなあれこれだな」

「ここでヴァレさんが使うんですか?」

自分の複製が忠実な召し使いとしてヴァレリアに仕えているところを想像して、川畑は微妙な気持ちになった。

「いいや。私はこんなもの使わないよ」

ヴァレリアはこちらを向きもせずに応えた。

こんなもの扱いされた川畑は眉根を寄せた。

「変なところに売り飛ばさないでくださいよ」

「卸し先は変なところじゃないし、売るわけでもない。……よし、できた」

ヴァレリアは小さな銀色の何かを手に川畑のところに来た。

「着けてみろ」

渡されたのはイヤーカフのようだった。ブルーロータス号にいたときに着けていたものに似ている。

着け心地を確認され、悪くないと答えると、ヴァレリアはそれを川畑の耳から外した。

「何なんですか?」

「こいつの定期リモートメンテナンス用の通信機器だ。船体とセットで定期的にモニターして、異常があれば連絡が入るようにする」

「船体……って、まさかこいつジャックの船で?」

副操縦士(コパイロット)だ。元々、あの船のコパイは書類上はお前が登録されているからな。操船補助人工知能の殻としては、運用上、一番問題が少ない」

「えええ」

「航法と操船の基礎知識と船体整備技術も仕込む予定だ。人型をしているから、人間用の道具やインタフェースが一通り使えるので便利だぞ」

「それは……たしかに、理屈としてはそう……えええ?」

川畑は困惑した。

「ジャックは嫌がるんじゃないかな?」

どうせなら可愛い女の子の方がいいとか言いそうだと、川畑は思った。




「どうせなら可愛い女の子が良かった」

ジャックは副操縦席(コパイロットシート)に座った"付属備品"を紹介されて、なんともいえない顔をした。

「外観は術式で変更もできますが、この基本形体での運用をオススメします」

「うわっ、喋るんだ」

「会話によるコミュニケーションは可能です。命令は口頭指示または視覚による文書入力で受け付けます。本船のメインシステム経由なら電子データも解析可能です」

「へー」

「本船の運航にかかわる業務全般及び船長の生活の補佐を承ります。お気軽にお申し付けください」

「……なんか、その顔と声でその口調って違和感があるな」

「申し訳ありません。ご希望に添えていない場合やいたらないところがありましたら、ご指摘の上、参考資料を提供いただければ、学習して改善いたします」

極めて従順な態度で、申し訳なさそうにしゅんとしたその姿に、ジャックは「これはこれでありか?」と思った。

「いや、まずは無理をして変えなくていい。一緒にやっていくうちにおいおい調整していこう」

「ありがとうございます。船長」

複製体は、真面目な態度で折り目正しく礼を言った。

「(名前で呼ばせるのは、もうちょっと後かな)」

ジャックはこれからのことを考えて少し楽しみになった。




「本当にそれでいいのか?」

いつもの自室で行った新就航前の送別会の席で、川畑はジャックを問いただした。

「いいよ。問題があったらその都度改善すればいいだけだし」

ジャックは缶ビールを飲みながら、軽い調子で答えた。

「しかしだな」

渋る川畑に、ジャックは顔をしかめてみせた。

「それでさ、お前。俺があいつを使わないって言ったら、あいつがどうなるか想像してみたか?」

川畑は意外な質問に、とっさに答えられなかった。

「オリジナルにあたるお前からしたら、複製なんて気持ち悪いかも知れないけどさ。あいつはもうあいつとして成立しているんだよ」

自身も人工的に培養槽で量産された個体だったジャックは、苦い表情で「廃棄処分は嫌だ」と言った。

川畑は偽体のノリココピーを失ったときのことを思い出して、胸が痛んだ。


「ジャックは……並みの人間よりずっと他者への共感力が高いよな」

川畑はしみじみと呟いた。

「なんだよ。クールじゃないってか」

「いや。人間らしいってことだよ」

敏腕パイロットは、うっすら赤面してプイと横を向いた。


「お前が好きな料理の作り方、あいつに教えておくよ」

川畑はジャックの横顔を見つめながらポツリと言った。

「……麦茶とレモネードもな」

ジャックは横を向いたまま、小さな声でそうつけたし、川畑は「材料の調達は難しいと思うけれど、きちんと教えておく」と答えた。


それから……と川畑は続けた。

「風呂上がりに体を乾かさずにうろつくのは止めさせろとか、洗濯物を溜めるなとか、すぐに飲みすぎるから飲酒量はチェックするようにとか、変な女に引っ掛からないように気をつけておけとか、特に挙動不審で一人で外出したがるときは怪しいとか……」

「要らん!そんなこといちいち教えんでいいっ」

悲鳴を上げたジャックに、川畑は出港祝いに船内用のコーヒーサーバーを贈ると笑った。




こうして、名だたるレースタイトルを総なめにした赤金鳥"レッドシフト"とその騎手は「勝ち逃げ野郎」と惜しまれつつ電撃引退した。まさに誰も追い付けない伝説だった。

新生タイムフライズ号は、銀河最速の男を船長に、再び宇宙に飛び立った。

赤金鳥のチッピーは生まれた惑星に戻りました。賞金で再建したお爺さんの牧場で、沢山のお嫁さん候補を侍らせて悠々自適の余生を過ごします。

(そりゃもう銀河中の競鳥ファンがその血統を欲しがる大スターなので)

→7章最終話「夜明けをもたらす者」につづく

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