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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

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閑話: 楽しいキャンプ(下)

投稿時間遅くなりました。

湖水を渡る風は涼やかで、日差しは煌めいていた。

青嵐(ブルーゲイル)

複数の小さな氷の槍が銀色の尾を引いて飛翔し、湖上に点在するターゲットを全点粉砕する。

「すごい、すごい!」

「イブキくん、カッコいい~」

歓声をあげて拍手するカップとキャップの前に、川畑はかき氷を置いた。

「だいぶ慣れた感じだな」

「やはり実戦で学ぶと身に付くな」

コテージのテラスでのんびりしている川畑とダーリングのところに戻ってきた御形は、カウチにどすんと座った。

「疲れた」

「イブキくん、おつかれ~」

「甘いのどーぞー。はい、あーん」

大きなサイズで実体化しているカップとキャップは御形にまとわりついて、ちやほや世話を焼いた。


「お前ら、伊吹好きだな」

「イブキくん、カッコいい」

「カッコいい。イブキいいひと。いい匂いがする。だいすき」

小妖精のときのノリでペッタリ抱きついて頬擦りするキャップに、御形は赤面した。

「匂いって、汗臭いだけだろう」

「力がね、ボクらとおんなじ。マスターからもらった力」

「イブキくん、ボクらといっしょかな?子分?」

「ううん。イブキはおっきいから"お兄ちゃん"。タケモトがおっきい男の人は"お兄ちゃん"てよんでほしがるっていってた」

あいつろくでもないこと教えてるなと、川畑は愉快なクラスメイトを思い出して頭痛を覚えた。


いつになくラフな服装で日光浴をしていたダーリングは、チビどもにじゃれられて困っている御形に目をやった。

「そこの妖精どもは貴様の眷属だという話だったが、イブキはどうなんだ?自分の世界以外にきているということは、思考可能体とかいう奴ということだと思っていたが、妖精どもが同類扱いするということは、貴様の眷属なのか」

川畑はよく分からないと答えた。

確かにあちらの世界の(ヌシ)は川畑に眷属を譲っていいと言ったが、それで御形を指定した覚えはない。

「十中八九、思考可能体だけれど、過剰に魔力譲渡しすぎて急速に拡張しちゃったから、星気体が俺よりに変質してる可能性はある。最近、チビどもは変に自立し始めてるから、思考可能体っぽい眷属と、眷属っぽい思考可能体とで境界が曖昧になってるんじゃないかな?」


御形はよく分からないが自分についてのことらしい話に顔をしかめた。

「どうも、お前から魔力を譲渡され続けていると、お前に隷属する羽目になるように聞こえるんだが、そうなのか?」

「そういう話じゃない。俺は自我に干渉はしないから」

「知覚や私生活に干渉はするがな」

まぜっかえすダーリングに、川畑はむくれた。

「ダーリングさん、いっつも仕事で私生活なんてないだろう」

珍しくリゾート感満点の服装をしたダーリングは、籐細工風の大きな椅子に半分寝そべって、ニヤリと笑った。

「仕事中に見えるか?」

「害獣退治で存在をアピールしたあげく、わざとらしく上空から見えやすいところでリゾートごっこしているってことは、なんかあるんだろう。ただの気楽な休暇なら、俺に軌道上見張らせなくてもいい」

「わかってるなら黙って働け」

川畑はうんざりした顔で、御形に同情を求めた。

「な、酷いだろう?こうやって人を顎で使うんだ。魔力贈与で隷属なんてことが起きるなら、俺はこんなにこの人にこき使われていない」

()を顎で使ってなどいないぞ」

「うるさいな。人外にも人権を要求するCMをスターネットで見たぞ」

「それは違法アポストロフィと人造亜人の話だろう。プリントしただけの記憶と知識しかもたない培養槽育ちの奴らの自我を、どの程度まで法で認めるかという話だ」

「ああ、ジャックみたいなパターンか」

「彼を基準で考えるな。クローン・アポストロフィでもない、フルデザインドの強化人造体であそこまでしっかりした個性と意志があるのは極めて珍しい例外だ」

「ジャックは俺がこっちの世界で見たなかでは一番人間らしい性格の人だからな」

「ああいう個体がたまにいるから、人権の取得試験なんていう制度があるんだ。だからといって人造種の全員が彼のように自我を発現する訳じゃない。一部の活動家は試験なしで無条件に人権を拡大しろと言っているが、そんなことをすれば、ただでさえ厄介な機械知性体との境界問題がさらにややこしくなるのが目に見えている」

「確かに人工知能と仮想人格とロボットとアンドロイドと人造人間とクローンと異星人が混在してちゃ、難しいよな。チューリングだのフォークト=カンプフだののチェック機構が有効ならいいけど」

「肉体の組成や製造法だけでは分類できんからな。非合法に製造されている使い捨て兵士の人造体は明らかに脳の一部が欠損していて、絶対に自我や自由意思を持たない造りになっているが、人権過激派はあの辺の粗悪品まで人間扱いしようとするからな。困ったものだ。……あのDという時空監査官はどうやって眷属と思考可能体を見分けているんだろう?そのチェック方法が解れば新尺度になりそうだが」

「俺もあの判別方法は知りたいけど、それを人権の尺度にするのはオススメしない。政府の支配階級を含む人類の多数が眷属判定受けて混乱するのが予想できる」

「たしかにそんなことになったら目も当てられんな」


「それで結局……その…」

黙って話を聞いていた御形は、遠慮がちに尋ねた。

「俺はまだ人間なんだよな?」

「大丈夫」

「安心しろ」

川畑とダーリングは口を揃えて太鼓判を押した。

「まだ俺達ほど致命的な踏み外し方はしていないし、させないから」

「少なくとも寝食が必要なうちは人だと思っていい」

全然安心できない保証だった。


「とはいえ、さっきのような魔術が使える時点で、君も一般人ではないからな。その程度は自覚しておけ」

ダーリングはこちらの世界では魔術が使える人間はいないことを説明した。

「だから君の魔術はここでは非常に有効なアドバンテージになる。非魔術世界での単独魔術行使の手法が確立できると後々便利だと思うぞ。それに協力させて今のうちに習得しておくといい」

御形は反射で「承知しました。教官」と答えてしまったが、自分がどれくらいのことに同意したのかの自覚はなかった。




「ますたー、上でうろちょろしてた奴が、おりてくるよ」

「山のむこうがわにこっそりおりるつもりみたい」

カップとキャップの報告を聞いて、ダーリングは川畑に「リンクして状況を表示しろ」と命じた。


「待って……今、伊吹が……直接おれ自身の星気体に術式刻んでいる最中だから、ちょっときつい」

「川畑……動くな…暴発する」

汗だくで奮闘している二人を横目に、ダーリングは立ち上がった。

「さっさと済ませろ。客が来るぞ」

「初めて同士で要領がわからないんだから、急かさないでくれ……ちょっ、伊吹…そこはダメだ」

「加減なんかできるか……もっと奥まで解放しろ。全部入らん」

「無理……星気体を直結して中をいじられるの、思ったより苦しい」

ダーリングは弱音をはく川畑を見下ろした。

「手伝ってやろうか」

「止めてくれ…あんた制御下手じゃないか。あんたのパワーとサイズで無神経に蹂躙されたら壊れる」

「貴様なら大丈夫だろう。ほら、とっとと終われ」

涙目で嫌がる川畑をダーリングは押さえつけた。




「酷い目にあった」

「ますたー、お客さんたち、だいぶちかづいてきたよ」

「山のむこうでノリモノおりて、森をぐるっとまわってきた」

「ありがとう。お前たちそこの食べたものの皿を片付けておけ」

「はーい」

川畑は立ち上がって、シャツの襟元を整えた。

「直結してるついでに、感覚リンク入れて状況表示する。視野外にテキスト表示野とは別にもう一面広域表示図を出すから確認してくれ。青が現在地の俺達。赤がお客さん。赤の三角が着陸艇。母船は上空のこの位置で待機している」

「了解」

「うわっ、なんだこれ。目が……どこを見ていいかわからん」

「多重視野は慣れるまでは違和感がある。無理そうなら視野内のウィンドウ表示に変えてもらえ」

「この"客"って何者だ?危険なら伊吹は避難させる」

「危険度はダイオウクマ以下だから心配するな。和平反対派の暗殺部隊だ。一部の過激派のちょっかいだからたいした戦力はない。政府の保養地を大規模に攻撃して全面対立する根性もない奴らだから」

「暗殺?あんたをか?」

「今さら私一人殺しても流れは変わらんというのがわかっていないアホどもがいてな。ちょこちょこ職場に押し掛けてきて迷惑だから、機会を作ってまとめて始末しろと上から命じられた」

「突然、休暇なんて変だと思ったら、やっぱりがっつり仕事じゃねーか」

「向こうが手を出すまでこちらから攻撃はするなよ。こんな格好までして誘き寄せたんだ」

ダーリングは自分のリゾートウェアをつまんでみせてから、まったくリゾート感のない目付きになった。

「明らかに殺意のある攻撃をしてきたら、戦闘を許可する。地上部隊は殲滅していい。軌道上の母船は私が確保する。私の剣と装甲スーツを用意しておけ。取り逃がす気はない。高次空間航法と通信は封鎖しろ」

「俺の装備はどこまで使用可能?」

「高エネルギー兵器と災害級は不可。確実に殲滅するなら理力、魔術及びそれに準じる超自然手段の使用は許可する」

「敵って人間?」

「非合法なロボトミーの人造強化兵士か、機械兵だろう。さっきの話ではないが法的にも倫理的にも殺人にはあたらないから気にするな」

「やけに自信ありげに断言するけれど、根拠は?」

「普通の人間の兵士では私に通用しないとあちらも学習している。精鋭を投入できる資金力もないしな」

「あ、そ」

「他に質問は?」

疑問しかなさそうな顔の御形の肩を、ダーリングは軽く叩いた。

「イブキ、君の魔術には期待している。実戦で成果をみせたまえ」

「はっ、ベストを尽くします!」

ダーリングは満足そうな笑みを浮かべた。

「よし。始めよう」




もちろん、勝った。


この3人の戦闘を書き始めると、閑話サイズで終わらなくなりそうなので省略。

(むしろ学園編での戦闘より派手だからこちらを書けという話もあるが……)




「よし!星気体内での魔術定義機構エミュレータの運用方法はだいたいわかった。伊吹、ダーリング。フルセット書き込んでやるから、そこに並べ」

「待て、私は別に魔術は使用できなくても……」

「川畑、お前、さっきの根に持ってるだろう」

「いや別に、無理やりごり押しでやられたことについては、二人ともそういう手段はOKなんだと理解したからいい」

「良くない!全然、良くない」

「往生際が悪いぞ。そこになおれ!」

こうして御形伊吹は驚異的な発動速度と精度の魔術行使を習得し、ダーリングは本物の休暇を取得した。

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― 新着の感想 ―
伊吹パイセンが昇格枠でしたか〜 なるほど感というか、個性が確保できる人選でいい感じ 本編?でも存在感ピカイチでしたそういえば。
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