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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

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閑話: 楽しいキャンプ(中)

「ますたー、めっ!」

「あんまりムチャしたら、イブキくんこわれちゃうでしょ」

回復係のカップとキャップのドクターストップで、御形伊吹は一命をとりとめた。


「一般人なら一般人だと最初に断ってくれれば良かったのに。お前と同レベルだというから、てっきり()()()()の存在かと……」

「伊吹先輩はいいところのちゃんとした家庭のご子息なんだ。ご両親に無断で魔改造なんて申し訳ないだろう」

「無断で連れてきたのか?それはいかんな。……あのご母堂なら、どうぞどうぞぐらい言いそうだが」

「確かに」

「もー、ふたりともハンセイがたりない~」

川畑とダーリングは小さな妖精達に頭を叩かれた。


「しかし、彼は見所があるな」

ダーリングはコーヒー豆を挽きながら、階上を見上げた。

「筋がいいし、基礎も出来ている。頭がいいんだろうな。飲み込みも早いし、応用もきく。なにより、貴様と違って、素直で人を敬う心があるのが素晴らしい。辛抱強いし、なんとしてでも命令を実行しようという意欲と根性は大したものだ」

挽いた豆の香りを楽しみながら、ダーリングはガラスの曲面と木目が美しい器具をセットした。

「できるなら士官学校できちんと訓練させてやりたいな」

金属製で口の細いポットから水を注ぐ。

「正しく教育して数年実務を積ませたら、きっといい部下になるだろう」

ダーリングが器具の台座の一部に触れると、小さな火が灯った。

川畑は、無駄に凝った造りのコーヒーメーカーを眺めながら、仏頂面で文句を言った。

「だから、伊吹は彼の世界で皇宮護衛官になるんだって説明しただろう。なに部下にしようとしてるんだよ」

ダーリングは至極残念そうに顔をしかめた。

「あれだけの逸材なのにもったいない。彼は理力も使えるんだぞ」

「伊吹は理力(フォース)導師(メンター)じゃなくて、魔術士(マジックユーザー)だ。今回は俺が周囲の空間を限定的に魔術対応の設定にしているから魔力や術が使えているだけで、変換サポートなしで理力自体を制御するのは、伊吹にはまだ無理だからな」

「といっても、理力も魔力も同一の根元がどのように顕現しているかだけの差なのだろう?」

「確かに、個人を構成する星気体(アストラルボディ)の世界に対する三次元断面を、どう事象に干渉させるかという話ではあるんだけど」

川畑はランプのように炎が揺れているコーヒーメーカーの台座をつついた。

「魔術世界ってのはさ、世界自体に魔力によって事象が改変される手順とか方法を設定できる領域があるんだよ。あらかじめその領域に術式を定義しておくと、あとから規定の手続きをとって魔力を供給すると、魔術が発動して魔法的な現象が起きる」

川畑が台座の特定の箇所に触れると、炎がついたり消えたりした。

「ここの世界では理力は科学的な公式に組み込まれている。世界(ワールド)属性設定(プロパティ)本体での定義だから、定義の改変や追加はやりにくい。基本的にはそれを使ってなにか現象を起こすなら、フォースジェネレータのような物理的かつ機械的なシステムが必要なんだ。一度に処理しなければならない情報量を事前定義で簡略化することができないから、個人が直接理力を使って事象に影響を与えるのに向いていないんだよ」

コーヒー一杯いれるために、道具なしで火をおこせと言うようなものだと川畑は説明した。


「お前のところの船は魔術を使っているように見えたがあれはなんだ」

「ああ、あれはヴァレさんが凄いだけ」

川畑は席を立ってコーヒーカップを2つ用意した。

「システムで人工的に星気体に相当する高次元構造を発生させて、世界の三次元断面に含まれない高次の領域に魔術世界での定義構造を再現している。だから術者は規定の呪文や行動を実行するだけで魔術世界と同様に魔法が発現する」

ダーリングはコーヒーカップを受けとって、しばし黙考した。

「……ということは、星気体内に魔術定義領域をエミュレートできれば、魔術世界でなくても、個人で魔法が使えるということだな。貴様や魔女殿がやっているのはそれか」

川畑はばつが悪そうに視線を逸らせた。

「いや、俺はまだそれはうまくできないから、必要なときは一時的に限定した領域の世界属性を直接変更してる。あとはオールマニュアル操作の力業とか」

「おい……」

ダーリングは呆れかえった目で、この困った男を非難がましく見た。


淹れてもらった香りの良いコーヒーをゆっくり飲みながら、川畑はポツリと呟いた。

「でもまぁ、そういうことなら伊吹は魔術の自己発動得意そうだな。ちょっと訓練したらできるかもしれない」

「どういうことだ?」

「彼は魔術をオリジナルの短縮方式で発動するんだけど、それって発動シーケンスの一部を自分の中で記憶しているんだよ。ごく短い語句を特殊な発声法で発音するのをキーにして、自動的に特定の魔術が発動できるだけの魔力操作を無意識で行えるように訓練してる。ダーリングさんが言うところの魔術定義領域エミュレーターが部分的に実装できてると言ってもいいのかもしれない」

川畑は御形に魔力提供しながら魔術を発動したときの状況を詳しく説明した。

「伊吹の領域を拡張してやるか、俺かあんたが星気体を直結でリンクしてやれば、いける気がする」

「ふむ……」

人外に足を踏み外している二人は黙ってコーヒーを飲んだ。




朦朧とした状態でなんとか起きてきた御形は、階下でくつろいでいる鬼教官と体力お化けの二人を見て硬直した。

「あ、起きたか」

「イブキ訓練生、体調はどうだ?」

「はっ、もう大丈夫であります!教官殿」

御形はオープンな螺旋階段の途中で直立不動の姿勢を取った。

「今の君には過剰な課題を課してしまったようだ。申し訳ない」

「いえ、自分がいたらないだけであります。ただいまから中断した残りの訓練を再開します!」

「やめたまえ」

「しかし……」

「貴様はいつから教官になった?イブキ訓練生」

「申し訳ありません!」

「訓練中に貴様がしていい返事は2つだけだと教えたな」

「はい、教官殿」

「それ以外の返事は一人前になってからしろ」

「承知しました、教官殿」

「訓練は終了だ。休め」

御形はダーリングが視線を外すまで、不動の姿勢を崩さなかった。

彼がもとの口調で話せるようになるまで、しばらくかかった。




「なあ、訓練は終わったんだよな?」

「ああ」

「じゃぁ、なんで俺達、大森林の道なき道を行軍してるんだ?」

先を歩いていた川畑は、振り返ると、思いがけないことを言われたかのように眉を上げた。

「これは行軍じゃなくて、行楽」

「行楽……ダーリングさん、ライフルしょってるぞ」

しかも火薬式では無さそうな凄い銃である。

「息抜きのための楽しいハンティングだそうだよ」

「いや、だとしたら俺達、丸腰なのはおかしくないか?」

「俺は自分の銃あるから」

川畑はどこからともなくゴツい銃器を取り出すと、またすぐに虚空にしまった。御形はそこに突っ込むのはやめて、もっと気になったことを聞いた。

「俺は?」

川畑は御形にそっとロープを手渡した。

先頭を歩いていたダーリングが振り返った。

「イブキくん、君は未成年だし銃器の免許を取っていないだろう」

「はい!そうであります!教官殿」

訓練中ではないから気楽にしていいと言われて、御形はあわてて肩から力を抜くように努力した。


御形はロープを束ねて肩に掛けながらため息をついた。

「免許いるのか……そりゃそうか」

確かにド素人が銃を持ち歩くのは危険だ。御形は同じく未成年の川畑に尋ねてみた。

「お前は持ってるのか?」

「宇宙船のパイロット免許を取ったときに、普通に必要な資格は一通り手続きを済ませた。大型兵器の免許がないと艦載砲撃てないから」

「お…おう……そうか」

スクーターに乗れるかと聞いたら、大型特殊まで限定解除していると返された気分だった。


先を歩く二人は、まったくペースを緩めず、息も乱さずにどんどん森の中を進んで行った。

「そもそも貴様は存在自体が非合法で超法規処置の塊だが、それでもここは自然保護区なんだから、高エネルギー兵器やお得意のトンデモ兵器を持ち出すなよ。大規模火災も気候変動も起こしちゃいかんからな」

「小さな子供じゃないんだから、そんな注意はしなくてもわかるって」

「小さな子供は、毎度災害を引き起こさない」

「気候変動は1回だけで、残りはダーリングさんも共犯じゃないか」

「火星の一件は保安の特捜が悪い」

御形は二人のひどい会話を聞きながら、しばらく黙々と歩いた。


「ところで、ハンティングって獲物はどんなのがいるんだ?」

「ダーリングさん、獲物って食える奴?」

「食いたいなら食えんことはないだろうが、業者を呼んで引き取ってもらう方が楽だぞ」

「なるほど」

「それに奴には去年、何十人か食われてるから、俺は遠慮したいな」

ダーリングはこちらを見もせずに、さらりとえげつないことを言った。

「ちょっと待った。獲物って何?」

「カラスノアカメダイオウクマ」

「なんて?」

「ダーリングさん。参考までに聞くけど、この世界って体高どれくらいまでの生物に"クマ"って名前つける?」

川畑は上の方の枝までが不自然に折れた木々を見つけて遠い目をした。


「クマといってもダイオウクマは根本的に種族が違う。姿は大型の多脚式強襲装甲戦車に近い。カラスノアカメダイオウクマはダイオウクマの中でも大型で気性が荒いことで有名だが、ここに出る奴はとりわけ凶暴化した個体だから、ただのクマだと思っていると驚くぞ」

御形は頭を抱えた。

「なんで保養地の周辺を人喰いモンスターが彷徨いているんだ!」

「お陰でベストシーズンなのに予約が取れたんだ。感謝しろよ。おまけに駆除に成功すると褒賞金も出るからな。頑張れ」

「どこが行楽なんだよ!害獣駆除じゃねーか!!」

雪山の火口でドラゴンの群れを狩るのに比べれば行楽だと、ダーリングと川畑は真顔で保証した。




結論から言うと狩りはおおむね楽勝だった。

ただし、御形は体高2倍の2体目が現れたときに死にそうな目にあった。

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