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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

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採点官

学校に続くだらだら坂の下で、ノリコは時空監査局手配の送迎車から降りた。

「おはよう。植木くん」

振り替えると、佐藤がいた。

「あ、おはようございます。珍しいね」

「そうだね」

佐藤は植木と並んで歩き出した。

「実は植木くんと話したいことがあって待ってた」

「なに?改まって」

植木と佐藤は、だらだら坂を登り始めた。


「植木くん、ごめんね。あの生徒会長戦の日、朝の時点でSプロに連れていかれた君の様子がおかしいって気づいていたのに、なにもしなかった。まずそれを謝っておきたくて」

「えっ?いいよ、そんなの。僕、様子がおかしかったの?」

「うん。自分から望んで参加しているようには見えなかった。……君、あの日の記憶がないんだろう?そんな目にあわせちゃってホントにごめん。何もできないにしても、何かしようとするべきだった。……目立つのが嫌で、他人と違う変わった行動をして変に見られるのを避けたくて、臆病すぎた。それで君を危険に晒してしまった」

佐藤はうつむいて肩を落とした。

「試験の採点官としてはセオリー通りだけれど、時空監査官としては失格だって評価されたよ」

佐藤の口から出るはずのない単語に、植木は目を見開いた。


「なんの監査官って?ごめん、聞き取れなかった。公務員かなにか?」

「すごいね。切り返し方が想定文例集通りだ。植木くん、優等生だよね」

佐藤は引っかけ問題じゃないから、警戒しなくていいよと苦笑した。

「もう試験は終了だ。イレギュラーが発生しすぎて通常の新人研修の域を越えたから、中断されたんだ。採点結果も提出済み。もちろん落第点はつけてない」

佐藤は不安そうな植木に笑顔を向けた。

「まだ信じられない?」

佐藤は植木に1枚のカードを渡した。"仮修了証"と書かれた虹色の文字は、この世界のものではなく、ノリコが見慣れたフォントだった。

タイトルの下には、小さな字で研修が中断される件と、ノリコは仮合格の扱いで補習が課せられる旨が書いてあった。

「"補習"というのは?」

「足りない得点をうめるために、別の世界で軽い課題を与えられるんだ。実は自分も下級補佐職からの昇進テストでしくじったせいで、"補習"で採点官をやらされたんだ。本来の年齢や性別と違う身体で長期はやっぱりつらいね。この学校は女子でもスラックスOKなのがありがたかったけど、終わってせいせいするよ」

佐藤は中性的な顔を大袈裟にしかめてみせたあとに、大きく一息ついてみせた。

「局の偽体は性能はいいけれど、性能がよすぎて、精神にその世界での年代やジェンダーに従ったバイアスをかけてくるから困るよ」

その点、君は実にうまく活用していたと、佐藤は植木を誉めた。


「実は最初は君は絶対に失格になると思ったんだ。君は目立ちすぎるし、初日からトラブルを起こしていたから」

植木は転校初日から図書室でタンカを切ったのを思い出して、目を泳がせた。確かに冷静に考えればあれはない。本来のノリコなら考えられない行動だった。おそらく、男の子であるから女の子らしくしなくてよいという意識が大きく増幅されていたのだろう。イベントでの立ち回りや、全校集会での大演説など、思いあたる行動は多々あった。


「でも君は目立ちまくるアイドルなのにも関わらず、全くボロを出さなかった。人を遠ざけすぎず、踏み込ませず、人気者のままで誰にもプライバシーを明かさずにいて、かつそれを不審にも思わせなかった。アイドルだからこそ、追っかけやストーカー対策でガードが固いって、みんな納得してたからね。普通のクラスメイトなら尋ねても問題のないレベルの詮索もしない不文律ができてた。あれは賢いなって思ったよ」

別にそれは時空監査官として意識してやっていたわけではなく、ノリコとしての素の生活習慣と過保護な川畑のガードの結果からの偶然の成り行きだったので、植木は素直に称賛を受けとれず、曖昧に笑って誤魔化すしかなかった。


「トラブルに巻き込まれても、君は逃げたり、時空監査官の特殊能力に頼ったりせずに、通常手段の範囲ながら驚くべき方法で果敢に立ち向かった。結果として君はこの学園(せかい)で高い知名度と好感度を稼ぎ、多数の潜在的協力者を確保した。親しい友人と言える付き合いがあったのは、寮の同室者ただ1名だったのにも関わらずだ」

佐藤は植木の横顔をじっと見た。

「その彼もああいう性格だから、きっと何も君のことを深くは詮索せずに、単なる同室のよしみであれだけやってくれたんだろう?」

「……ええ」

"単なる同室のよしみ"というあたりが、違うようでいて実は図星なのがつらくて、植木はうつむいた。


「君の何がすごいって、初日で彼を協力者にすると的確に見定めて、かつあそこまで心酔させたことだよ」

佐藤は、ちょっと隙の多いお人好しの友人のことを思い浮かべた。彼は佐藤と同じく人付き合いは苦手そうだったし、佐藤も親しくなるまでにはそれなりに時間がかかった。それを最初からあんな風に完全に従わせるなんてなかなかできない。確かに植木は可愛いが、川畑は同性を恋愛対象にする気は微塵もない男だし、植木自身も色仕掛けに嫌悪感を持つタイプのようだ。一部の女子が騒いでいたような関係は、二人の間にはなかったろう。

思考可能体である佐藤や植木は、通常の眷属個体に影響を及ぼし安いが、雑なモブではない強力な個体は、眷属といえどもそうそう自由に従えられるものではない。

「川畑くんには大変お世話になりました」

うつむいたまま小さな声でそう言った植木を見る限り、悪辣な方法で一方的に利用したわけではなさそうだった。植木としても川畑のあの態度は想定外のものだったのかもしれない。眷属の中には異界から来た思考可能体に接触することで、予測外の変化を見せるものがある。植木の転校前に佐藤が知っていた川畑は、大柄だけど物静かな、単に気のいい普通の男だった。

「彼はおそらく時空監査官候補生という存在の影響を受けていたところに時空変動が重なって、この時空の変動結節になっちゃったんだろうな。元の本人の性格はむしろ地味で平凡なのに、恐ろしく特異な能力や背景設定がくっついてしまった。時空変異が起きる前後でたまにああいう個体が発生するんだよ。変動エネルギーや世界設定の歪みが個人に収束してしまうケースだ。今回はもともとの試験会場だった魔法学園世界に、別のスーパーヒーロー系世界が重なって世界設定が混ざってしまったから、その変動の余波が彼という眷属に収束してしまったんだろうけど……規格外の魔力に、スーパーヒーロー並みの身体能力って、特性の顕現の仕方が極端すぎだよ。かわいそうに」

佐藤は生徒会長戦の時に見聞きした川畑のあり得ない活躍を思い出して顔をしかめた。

「世界を安定させるためには変異結節を削除するのが手っ取り早いから、彼がそうならきっと時空監査官の実行部隊が介入してくるだろう」

「削除って……うそ」

「表向きはまた転校って扱いじゃないのかな。家庭の都合とかでさ。ひょっとしたらもう手配が終わってるかも。あ、君も病気療養のため休学から転校の予定だよ。呪術の後遺症が思いの外深刻でという話になる。今日が登校できる最後だと思って行動して」

植木は、校舎に向かって走り出した。

佐藤はけっこう節穴。

知識はちょこちょこあるけれど試験課題以外の異界経験はノリコ以下です。


そういうことだから、昇進試験失敗するんだぞ。


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― 新着の感想 ―
っほー なるほど佐藤君さんはそういうポジでしたか 川畑の事情は知らされてないあたりが良い仕込みね 削除とかアッサリ言えちゃうあたりは発展途上中かにゃ〜
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