罪悪感
「悪いな、竹本。買いすぎちゃって」
「いいってこれくらい。それより、すげぇ車だなこれ」
買い出し品運びの手伝いで、地下駐車場まで来た竹本は、ジャックのハイパーカーに目を丸くした。
「気になるなら載せてやろうか」
「ホントですか、お兄さん。ぜひお願いします!」
「……竹本、遺書かいてからにしろ」
「ひどいな。交通ルールは大体わかったからもう大丈夫だよ」
要するにあの白黒ツートンの車に会わなきゃいいんだろう?と笑顔で話す軽い"お兄さん"の話がどこまで冗談なのかはかりかねて、竹本はとりあえず笑顔で荷物を運んだ。
エレベーターを降りたところで、竹本は廊下に出てきた女性に気づいた。
「(え?榊先生?)」
彼女が出てきたのは、川畑の部屋より手前のドアだ。しかも彼女は、明らかに部屋着という感じのラフな格好だった。
「ずいぶん騒がしいが、パーティーでも開いているのか、お前達」
彼女はずいぶん親しげに川畑とその叔父に話しかけた。
「すまん。すまん。こいつの友達がいっぱい来ててさ。俺、今日そっちの部屋で寝ていい?」
「お前は宿舎に帰ればいいだろう」
「いや、せっかくこっち来てるんだからいいじゃん。今後の予定とかも話しておきたいし。酒とつまみは持っていくからさ」
軟派なあんちゃんはニヤリと笑って、川畑を肘でつついた。
「あっちの部屋だとこいつが煩くてゆっくり飲ませてもらえないんだよ。若い子からかって飲むのもありだけど、せっかくなら美女と二人で飲む方がいいからな。飲むだろ?」
「ああ……晩酌ぐらいは付き合うが」
当惑気味の彼女の返事に、彼は相好を崩した。
「やった!さすが俺の欲求をなんでも叶えてくれる女神様。愛してる!」
「……バカ者め」
明らかに勢い任せの口からでまかせと、言い慣れた罵倒のやり取りだったが、竹本は彼女がうっすらと赤面したように感じた。
「鍵開けてよ。これ置いたらすぐにそっちいく」
両手に買い物袋を持った彼に頼まれて、彼女は「しょうがないわね」と言いながら、奥の部屋のドアを開けた。
「(合鍵持ってるんだ)」
竹本は、憧れの保健室の先生が、川畑の叔父の隣室の住人で、かなり親しい仲であることにショックを受けた。
「あ、しまった。俺、君を車に載せてやる約束してたよな。先にそっちだ」
川畑の叔父はドアのところで振り向いた。
「という訳で先約があるから後でいくよ。ほれ、君、さっさと荷物置いて。行くぞ」
竹本はコメントをする間もなく、再び地下駐車場に連れていかれた。
「今のはお前のクラスの子だな。見舞いで保健室に来ていただろう」
「竹本だよ」
「集まっているのはクラスの奴らか?」
「いや、クラスも学年もバラバラだ。生徒会長戦の裏工作関係者一同って感じだな」
「ふうん……」
ヴァレリアは廊下の向こうを透かして視ているような顔をした。
「呼ばれざるお客さんもいくらか来てるみたいだが?」
「客の中に名家の子女が何人かいるので、そこんちの人だろう」
「適当に処分しておくぞ」
「できれば穏当にお帰りいただいてくれ」
「甘い奴だな」
「ことを荒立てたくないだけだ」
ヴァレリアは肩をすくめた。
「お前の性分を考えると……今日の客は隠蔽工作のために呼んだのか」
川畑は視線を逸らせた。
「全員をその意図で集めた訳じゃないけれど……いいタイミングではある」
「結構な人数のようだな。私一人では一度にそこまでの人数の記憶を改変するのは難しいぞ。どうしても途中で不自然になる。それに録画や録音の記録が残っていると厄介だ」
「データ関連は大丈夫。セキュリティのためにネットで外部のサーバーには保存するなと徹底してあるし、データ保管しているメインマシンは持ってこさせたから、記憶と合わせて全部デリートできる」
川畑は淡々と告げた。
「多人数の意識操作については……中にそういうのの得意な人がいるから、協力を仰ぐ」
「一人だけ共犯者にして手を汚させるのか」
ヴァレリアは呆れた顔をした。
川畑は何も答えずに部屋に戻った。
部屋の中では皆、数人ずつに別れてそれぞれ盛り上っていた。
カップとキャップは、中学生組と一緒にジャグラーのテーブルマジックに目を丸くして歓声を上げている。
藤村と木村は女子勢にたかられて、珍しく橘は黐木となにやら話し込んでいた。
「川畑くん、何か手伝おうか?」
キッチンカウンターに山桜桃杏がやって来た。
「ありがとう。それじゃあ台拭くから、これ運んでくれるか。出来合いのそのまま出せるものを買ってきたから」
山桜桃はプラスチックのトレイに入ったオードブル風のお惣菜盛り合わせや、山盛りの唐揚げのパックをみて微笑んだ。
「私、こういうの初めて。きっと八千草先輩や神納木先輩も、こういうの食べるの初めてでしょうね。さっき袋菓子をパーティー開けしたのを見て皿に盛らないのかって驚いてたから」
「不味かったかな」
「ううん。家ではできない体験でとっても楽しい。先輩方もそう言ってた」
「お嬢様方にチェーン店の唐揚げをプラパックから食わせるの罪悪感があるな。割り箸と紙皿とプラカップのパーティーなんてしたことなさそうだし」
「急なことだし、叔父様の一人住まいのお家だもの。ものがないのは当たり前だよ」
急に押し掛けたのに色々用意してくれてありがとね、と言って彼女は手際よくトレイの蓋を外し、さっと汚れを落としてゴミ袋に入れた。
「(ゴミの処分の仕方が家事に手慣れてる感じだな)」
川畑は変なところに感心しながら、台吹きを持ってテーブルに行った。
「あーっ!?またジョーカーが消えた」
「なんでなんで?」
「実はこっちにいる」
「えええっ」
テーブルでは、チビッ子どもが他愛のないカードマジックに大騒ぎしていた。
「おーい。お楽しみのところ悪いが食い物出すから片付けてくれ」
「はーい」
カードを片付けながら、ジャグラーは「後でババ抜きしよう」と言って周囲に悲鳴をあげさせた。
「パフォーマーがいてくれると盛り上がるな」
「素直でリアクションのいい観客はありがたいよ」
ジャグラーはカードケースを小道具ポーチにしまった。
「悪いな川畑。なんかいっぱい用意させて。後で会費請求してくれよ」
「悪役志望のくせに、気を使う男だ」
「こういう性格だから悪役の暴虐無人さに憧れるって言ったら信じるか?」
ひょろりとした怪人は、練習しないとできないような三日月型の笑みを浮かべた。
「なんかわかるよ」と言って川畑は笑いながらテーブルを拭いた。
「わかっているとは思いますが、女性陣は早めで上がってもらいますからね」
「えー?うち、オールナイトでパジャマパーティーするって召集かけたのに」
「黙れ、橘。そんな戯言真に受けた人いないですよね?」
川畑は視線が泳いだ何人かを睨み付けた。
「家や寮にはちゃんと帰宅時間を連絡いれておいてください」
一生懸命に大きな唐揚げの端を噛っていた神納木シズカは、言われてはっと顔をあげた。
「あっ、あの。私、家に連絡いれてきます」
「まさか生徒会長も泊まる気だったんですか」
「いえ、もっと早くお暇するつもりだったのですが、すっかり長居してしまって。遅くなると連絡を入れておかないと」
「シズカ、送ろうか」
「ありがとう、要くん。でももう少し後でいいかしら。私、まだ皆さんとここにいたいわ。川畑くん、よいかしら?」
「先輩がご実家で怒られない時間まではよいですよ。連絡は通話ですか?外でかけるなら玄関までご一緒します。ここ、オートロックだから入ってこれなくなる」
恐縮するシズカと一緒に、川畑は玄関口まで出た。
後ろから手を伸ばして玄関のドアを開けた川畑に、シズカは肩をわずかに強ばらせた。
「どうぞ?」
「……ありがとう」
至近距離なのに目を会わせようとしない彼女の態度を不思議に思って、川畑はややかがんで、斜め後ろから彼女の顔を覗き込んだ。
「どうかしましたか」
悪い女性陣に色々アレなコンテンツを詰め込まれたシズカは、川畑の声に変にドキドキしながら、なんでもないとごまかした。
家への連絡を終えたシズカは、玄関口で待っていた川畑を廊下に呼んだ。
「少しお話よいかしら」
「なんでしょう?」
廊下で二人きりになったところで、彼女は川畑にお願いがあると言った。




