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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

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電子情報部オフ会

集会後に舞台袖で、植木は竜胆を呼び止めた。

「すみません。先輩が辞める必要なんてなかったのに」

「いいから、いいから。気にしないで」

竜胆シオンは軽くケラケラ笑った。

「こういうときに責任を取るのがトップの務めだから……ってのは建前で、実はちょうどいい名分だから使わせてもらうだけ」

意味深な微笑みを浮かべただけで、彼はそれ以上は語らなかった。




"「竜胆先輩、駆け落ちしはったらしいで」"

「あぁ?」

モニタに映った時計仕掛けのウサギの爆弾発言に、その場にいた面々は目を丸くした。

"「家、勘当されて、その直後に失踪したんやて。計画的だよ。やるねぇ」"

「まてまて。単に失踪したなら、駆け落ちとは限らないだろう。竜胆先輩、軽くてモテまくってたけど、本命の彼女は作らないって有名だったぞ。駆け落ちってのはどっから出た話だ」

藤村がウサギのアバターを調整しながら突っ込んだ。画面上のウサギは歯車をカチカチさせて、頭の天辺から生えた藁を揺らしながら、笑った。

"「先輩の失踪と時を同じくして、さるやんごとなきご令嬢が行方不明になってるらしいんや。ご令嬢の実家から竜胆家に何か知らないかと問い合わせがいったところで、先輩も行方がわからないってなって大騒ぎってわけらしいで」"

「お前のそういうリソースはどうなってるんだよ」

"「可愛いウサちゃんは耳がええんよ……といいたいところだけど、実は突撃インタビューしに行ったら、先輩探しにきてた黑服に捕まってん。いやー、怖かったわ」"

ウサギはコミカルに歯をカチカチ鳴らして震え上がる素振りをした。


「橘……お前、あんまり校外で大物のゴシップに首突っ込むなよ。学校新聞の範囲にしておけ」

川畑はマンションのリビングに集まった電子情報部の男達に麦茶を出しながら、木村が持ち込んだノートパソコンのカメラに向かって顔をしかめた。


あの日、音楽室前で小耳に挟んだ話だと、竜胆先輩はそれなりの良家の出で、お相手の女の子はそれなりどころじゃない大財閥の息女っぽかった。隠れて聞いていた橘は、そのあたりの事情を詳しく知っているのだろう。だが、そういう界隈は素人が趣味で首を突っ込んでいいところではない。


「怪獣退治に秘密兵器っぽいヒーロー物風戦闘機派遣してくるような家の黑服に目をつけられるとか、ヤバいだろう」

「げっ!?相手って桐生院?」

はしっこに座ってテーブルマジックの練習をしていたジャグラーが、カードを取り落とした。

「高校生が雑談でしていい話じゃないレベルのネタが、今のホンのちょっとのやり取りで山盛りだったなぁ。ドジソン、この通話回線のセキュリティどれぐらい安全?」

さっき来たばかりの黐木(もちのき)は汗をぬぐって、麦茶を飲んだ。わざわざコードネームで藤村を呼ぶあたりにリアルに心配している感がある。

「まぁ、そこは一般回線だからそれなり?心配なら切る?」

藤村は接続している自分のマシンのセキュリティを強化しながら、クールに返事をした。

"「待ってぇな!なに全員、問題ないよみたいにうなずいてんのん。あかん。あかん。切らんといて……てか、そもそもなんで、うちだけそこに呼ばれてないの!?電子情報部のお疲れ様会なのにおかしいやん」"

「だって今日は男しか呼んでないからな」

"「ひどい。男女差別や」"

「阿呆。これは区別だ。一泊企画だぞ。お前、この人数の男の間で雑魚寝する気か?お前が平気でも、俺らが嫌だ。だいたい俺はお前が男でもお前を自分ちに呼ぶ気はない」

きっぱり言い切った川畑に、橘は「いやーん、いけずぅうー」とかなんとかいいながら身をよじる真似をしてみせた。

こいつ川畑に嫌がれれるの知ってて、わざとこういうことやって喜んでるよな、と周りの面々は内心でため息をついた。


「ただいまー」

「飲み物と摘まむもの買ってきたぞ」

「お菓子もたくさん買ったよー」

賑やかに入ってきた3人を見て、電子情報部一同は一瞬言葉を失った。

川畑はみんなの当惑には気づいた様子はなく、ごく当たり前の態度で、帰って来た3人を出迎えた。

「ありがとう。飲み物は冷蔵庫に入れて……また、こんなにビール買って。みんな未成年だから、ここじゃ酒は禁止だっていっただろう」

「俺が飲む分にはかまわないだろ。ビールだけじゃなくてチューハイとかハイボールってのも買ってみた」

ご機嫌でアルコール飲料の缶を冷蔵庫に詰め込み初めたのは、いかにも遊んでそうな、20代半ばの軟派な男だった。黒目黒髪だがなんとなく外国人っぽい顔立ちの男は、王道イケメンではなかったが、愛嬌のある2.7枚目という感じだ。背はそれほど高くないが、女受けのいい細身の引き締まった体型である。顔が良すぎなくてちょっと隙のあるところが親しみ安いというタイプの色男だ。女の子をナンパしまくって、しかもそこそこ成功しているに違いない雰囲気があった。

状況からしてここの家主なのだろうが、川畑の遠縁の叔父さんと聞いて皆が想像していた人物像とはかけはなれていた。


「(川畑と縁が遠すぎる。なんだこの軟派なチンピラ兄ちゃん)」

「("叔父さん"が全然おじさんじゃないのもビックリだが、後ろのあのちっこい二人は何?)」

「(ヤバい。2.5次元がおる)」

男子高校生達は、男と一緒にやって来た中学生ぐらいの二人をまじまじと見た。

色違いのトップスにお揃いのショートパンツとニーハイの二人は、男の子か女の子かわからなかったが、非現実的なほど可愛かった。


買い物袋を持ってはしゃいでいた二人は川畑の指示で仲良くそれらを片付けて、彼に引っ付いてリビングにやって来た。

「お菓子、ここに置くから適当に摘まんでくれ」

ローテーブルに戻って来た川畑が座ると、二人はあたり前のように、一人は川畑の膝の上に座り、一人は後ろから首筋に抱きついた。

川畑は特に嫌がりも嬉しがりもせず、いつも通りの無表情で菓子の大袋を開けた。


"「……それ、なんですのん?」"

川畑があまりにも普通にしているので、何も言えなかった男連中の気持ちを代弁するかのように、橘のツッコミが入った。

「ポテチ。薄塩味」

「そうじゃねーよ!なに美少女侍らせてんだよ、オメーは!犯罪かっ」

竹本が全員を代表して、血反吐を吐きそうな声で絶叫した。




「僕たち美少女じゃないよ」

「こらこら、まずお客様に挨拶しなさい」

「はーい」

血縁じゃないけど、まぁ家族みたいなもの……などという甚だ曖昧な紹介をされた二人は、元気よく皆に挨拶した。そしてその間も一切、川畑から離れる素振りを見せなかった。

なんでも「久しぶりだからいっぱい補充しておく」らしい。

「すまん。猫の仔だかなんだか程度に思って気にしないでくれ」

という川畑の神経はどうなっているのかと一同は唖然とした。


「お前があの植木にも動じない理由がわかった」

「イベントの打ち上げの時にいた色黒美形といい、お前の関係者の顔面偏差値どうなってるんだよ」

呆れたように呟く黐木と藤村の隣で、目を丸くしていた竹本は、ハッとした様子で尋ねた。

「ひょっとして君らも今日ここにお泊まり?」

妖精のように可愛らしい二人は、パッと顔を輝かせて、川畑におねだりした。

「うん!そうしたい」

「いいでしょ。お願い」

「騒いだり、お客さんの邪魔はするなよ」

「はーい!」

「やったぁ!久しぶりに夜もずぅーと一緒~」

嬉しそうにぴったり抱きついて頬擦りする二人と、平常心で通常運転の川畑のテンションの落差が激しすぎて、猛烈にコメントしづらい絵面だった。


絶対にその現場に自分も参加させろ、でなければ女子関係者に今の画像を送りまくると、呆然自失から立ち直った橘は脅迫を始めた。

「え、何?女の子が来たがってるの?呼べばいいじゃん。一人だけなのが問題なんだったらいっぱい呼べば?俺は若い女の子歓迎だよ」

という家主の鶴の一声で、野郎だけで気楽にやるつもりだった会合は、かしましくなることが決定した。

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