総大将の責任
「全校集会お疲れ様でした」
「ありがとう。要くん」
生徒会長の神納木シズカは優しく微笑んだ。
「といっても、私はほとんど何もしていませんけどね」
「ああ。今日は植木の独壇場だったな。そもそもあいつが要望した集会だから当たり前と言えば当たり前なんだが……植木の印象がだいぶ変わったよ」
シズカは楽しそうに目を細めた。
「要くんは、彼のこと綺麗な御神輿程度に思っていたでしょう」
彼女が自分に対してだけ向ける少しからかうような視線に、彼は早々に降参した。
「認識を改めたよ。あいつは川畑にくっついているだけの奴じゃない」
「彼、お茶室で会ったときから、むしろリードしている方だったわよ。立ち居振舞いに芯があって、とてもしっかりした子だなって思ったもの」
クスクス笑う幼馴染の生徒会長を、副会長は「一生、勝てないな」と思いながら眺めた。
全校集会で植木は、解散請求発起人側の総大将として、お詫びしなければいけないことがあると切り出した。
講堂の全校生徒を前に、植木はまず生徒会長戦で怪我や精神的ショックを負った人を気遣い、総大将という立場にありながらこのような被害が出る結果に至るまで、無策で無力だったことを詫びた。
それから、彼は今回の解散請求が、誤解に基づくものであり、不要かつ不適切であったとして、生徒会長および風紀委員長に謝罪した。また、プロモーションに間違った印象を与える表現が多用されていたこと、画像が本来の用途を逸脱した目的で無許可で使用された不適切なものであったことに遺憾の意を表した。
「冒頭は謝罪会見のお手本みたいだったが、プロモについてSプロの奴が反論したときは凄い剣幕だったな。よほど腹に据えかねていたんだろう」
「それはそうでしょうよ。私だって同じ立場だったら怒ると思うもの」
校内の生徒のほぼ100%が怒った姿なんて想像がつかないと評するであろう生徒会長は、ごく穏やかにそう言った。
壇上の植木が誠実で穏やかな態度を崩したのは、あのプロモーション映像やポスターの何が悪いのかと、Sプロのスタッフが噛みついたときだった。彼は冷え冷えとした綺麗な笑みを浮かべて、「肖像権の侵害って言葉知ってる?」と問いかけた。
植木が舞台袖に合図を送ると、舞台奥の幕が開いて、ホリゾントにポスターの映像が映った。
「このポスターで使用されているのは、先日のイベントのときの画像を加工したものだ。イベントでの同じ時間帯に撮影された画像がこれ。こちらは加工していない」
ポスターに並んで、イベントでのスナップショットがいくつか表示された。
「見ればわかるけど、みんな明らかに顔色や衣装が誇張されている。モンスター役の人は緑色にされているし、牙や角が書きたされて人外の顔になってる。Sプロのメンバー内は了承取っている可能性があるけれど、無許可でこれはダメでしょ。それからこのシルエット、風紀委員長だよね?誰か御形先輩に、あなたの写真を毛むくじゃらにして爪や尻尾を付けて悪魔風に加工して使用しますがよろしいですか?って聞きに行ったの?」
皆の視線が、舞台上手で生徒会役員と並んで座っている風紀委員長に集まった。不機嫌そうに腕をくんでいる御形は、ゆっくり首を横に振った。画像加工なしで、十分鬼か悪魔に見える眼光だった。
植木は御形の不機嫌がうつったかのように笑みを消した。
「ですよね。僕にも事前の連絡はなかった。……あったら自分のこんな画像、絶対に許可してない」
植木は、何が悪いと噛みついたSプロスタッフを、憤懣やる方なしという形相で睨み付けた。
「な、なんだよ。御形先輩はともかく、そっちは可愛くしてあるじゃないか!」
反省のないポスター製作者に、植木はキレた。
「僕は女装はしていない。なんでリボンとスカート描き足して、口紅真っ赤にしたの!?趣味の悪い加工された女装画像を校内に撒かれるとか冗談じゃない!」
ナチュラルに似合いすぎてて、イベントのときと何が違うか全然気がつきませんでした、とは言い出しにくい勢いで、植木は怒った。
「それに僕は、頬を染めて海棠先輩に寄り添ったりなんて絶対にしていない!イベントのときはせいぜい向かい合って役のセリフを言っただけだし、それ以外では近づいてもいない!個人的にろくに話をしたこともないし、全然好意を持っていない相手とのこんなツーショットを学校中にベタベタ張り出されるなんて、許容できるわけないだろう!!」
昨日の寮での騒動を知っている者達は、あの事情でこれも無許可か……と遠い目になった。
「事前に了承を得た利用目的以外で写真を勝手に利用されたっていうのが悪いのはわかるんだけど、正直、俺は植木があそこまで感情的になるのはわからなかったな」
「要くん、例えばあなたの写真が女装加工されて、知らないムキムキマッチョさんとカップルみたいに並べられてたら、どう思う?」
「……コメディかな?」
シズカは困った子を見る目付きで、おっさん顔の幼馴染を見た。
「じゃぁ、世間の基準では可愛いかもしれないけれど全然好みじゃない女の子と並んで、鼻の下を伸ばしている自分の写真を、知らないうちに生徒会室内に張り出されていたら、どう?」
彼はシズカがそんな写真を見ているところを想像して身震いした。
「絶対に犯人を見つけ出して再発防止する」
「要くんは植木くんほど優しくないものね」
「……まぁ、植木の気持ちは理解できたよ」
でも、いくら植木が優しくても、Sプロの奴らがああもバカだと、どうにもできないという点で、二人の意見は一致した。
「部外者のくせに、好き勝手いってんじゃねーよ!」
壇上の植木にヤジを飛ばしたのは、双子の茅間兄弟だった。
「お前、準備も何も手伝ってないし、話し合いにも参加してないのに、偉そうにしてうちのリーダー、ディスってんじゃねーぞ!」
「そうだそうだ!お前なんかリーダーのお情けで、広告塔がわりに使ってもらっただけじゃないか。お飾りは黙ってろ!」
言いたい放題の双子の発言に、ざわめきが広がった。スタッフらしき生徒がマイクを渡しに駆け寄ってくる。周囲の賛同が得られていると気をよくした双子は、マイクを手にして、ますますヒートアップした。
「だいたいお前は、当日の朝に連れてこられて、ボーッと立ってただけだろ。戦闘中だって、ずっと別室待機ってハブられてたのに、偉そうにすんな」
「リーダーもシュウもお前なんか使い捨てのコマ程度にしか思ってないのに勘違いして、痛てぇ奴だな」
植木は双子を冷めた目で見下ろして「へぇー」とだけ言った。そのクール過ぎる対応にかっとなった双子は、さらに声を荒げた。
「なんだよ、その態度。自分の立場がわかってないのか。バカじゃねぇの?」
「使い捨てだと思われてるから、シュウの呪術の生け贄なんかにされたんだろ」
「お前を使うのはリーダーの提案だよ。気に入られたと思っていい気になってたんなら、残念だったな」
Sプロのツートップが禁呪の計画・実行犯だとの堂々の発言に、講堂の隅にいる教職員の顔色が青ざめる。あわてて茅間兄弟の発言を止めようとした教員に、壇上の植木は微笑んだ。
「いいですよ、先生。本当のことを教えてくれているみたいですから、止めないであげてください」
植木の圧力に呑まれた教員は、双子を止め損ねた。
「なにを余裕ぶっているんだよ」
「別に余裕ぶっている訳じゃない。僕は総大将として、あの日何があったのかちゃんと明らかにする責任があると思っているだけだ」
「お前なんか俺達の総大将にふさわしくない。何が"総大将として"だよ。俺達のリーダーは海棠スオウだ!リーダーが立てたプランを部外者のお前が勝手に取り消したり、否定したりするな」
「お前、関係ないんだよ!総大将なんて止めちまえ」
「そうだそうだ!入院療養中のリーダーの意思を継ぐなら、俺たちの方がよっぽど総大将にふさわしいんだ」
要するにそれが言いたかった様子の双子は、返せというように、植木に向かって手を突き出した。
結局、双子のごり押しで植木は総大将から下ろされた。
空いた総大将の座には竜胆シオンが就いた。
「これくらいやらなきゃね」
と軽く肩をすくめた彼はとても穏やかな目をしていた。
双子は、入院中の海棠シオンと冬青シュウの代わりに副将代理となった。
「結果的には茅間兄弟が植木を救った形だが、あれは何にも考えていなかったんだろうなぁ」
「そうね。たぶんリコールのルールもきちんと把握していなかったのだと思うわ」
生徒会長と副会長は総会の最後に行われた再投票の結果を思い出して苦笑した。
その日、生徒会長戦に敗れた解散請求発起人側の総大将は、ルールに従って退学が決定した。




