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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

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あまりと言えばあんまりな

「悪かったな。うちの親がなんか押しが強くて」

寮の自分の部屋で、川畑に茶を注いで貰いながら、御形は謝った。

「いや、気にしないでくれ。こっちも相当だったから……」

二人はカップを手に長々と息を吐いた。保護者同士がする社交上の大人の会話を隣で聞くのは精神がすり減るものだ。


「伊吹のお母さん、カッコいい人だな」

「"カッコいい"って母親の形容であまり聞かない表現な気がする。っていうか、お前のところのあの人がいる時点で、他の誰もそのカテゴリーに分類できないだろ」

「あー、あの人は……ああいう人だから」

「なんか、凄かった。桐生院の会長も含めて、お偉方が全員、嘘みたいに同意してたもんな」

「ああいう会議の調停を仕事でしょっちゅうやってるのは知ってたけど、当事者で隣で見るとなんかの超常現象だな、あれは」

「来てもらえて助かった。あとはあの場で出なかった巨人の話が心配なだけか」

「出なかったというよりは、ここでその話は出すなという圧が凄かった気がする」

「一般の報道でも出てないし、関係者に箝口令が出てるみたいだな」

「ダーリングさん、それについてもどうするか考えてくれるって言ってたから、あとはこっちでなんとかできると思う。公表されてないなら手は打てるだろうってさ」

川畑は、ダーリングに怪獣対応で来ていた部隊に映像記録がある問題を相談したとき「グレムリンが何を言ってるんだ」と返されたことを思い出して顔をしかめた。ダーリングが川畑向けに立てる作戦はハードなのだ。彼は自分に厳しく、人には優しいが、川畑は分類上"人"に含まれていないらしい。

「そ、そうか。うちで何かできることがあったら言ってくれよ」

二人はお互いにこの話題はよそうと思った。


「そういえば、今度、家に遊びに来いって言われたけれど、俺はもう……」

「ああ、うちの母親の言うことなら気にしないでくれ。うちなんて古いだけで面白いところじゃない。俺も全然帰っていないしな。でも、お前が来たいなら都合がついたときに連絡してくれればいい」

「すまない」

マグカップを両手で持ってうつむいた川畑の前で、御形は苦笑した。ここで謝るということは、学校を辞めたらもう自分とも会う気はないということなんだろう。

「俺はむしろ、ダーリングさんから誘われた話の方に興味があるんだが……」

御形がそう切り出したところで、部屋のドアが激しく叩かれて「寮長!」と呼ぶ声がした。

「どうした?」

ドアを開けると、かなり慌てた様子の3年生がいて、廊下の向こうから騒がしい声が聞こえた。

「すぐ来てくれ。植木が……」

みなまで聞かずに、川畑は騒ぎの起こっている方に駆け出した。




「あ・り・え・な・い」

植木は怒りに震えて拳を握りしめた。

「信じられない。許せない!」

5・7・5だね、と突っ込める雰囲気ではなかった。

「こんな非常識なことを誰も止めなかったってどういうこと!?」

なんだ、なんだと様子を見に集まって来た野次馬を植木は睨み付けた。

「おい、どうしたんだ。このフロアは3年生の特別個室だぞ」

「なんだ?海棠に用事か?」

「海棠さんの部屋はその隣だ。今は帰省中でいないけど」

「そこの部屋は双子が引っ越して……あれ?なんで植木のネームプレートが?お前、こっちに移るのか」

「週末に業者が来て荷物入れてたの見たぞ。植木。荷物破損かなんかあったのか?」

植木はぎゅっと眉を寄せた。


「……僕、部屋の移動なんて希望していないし、業者なんて頼んでない。週末は帰省していて週明けは直接登校したんだ。そうしたらあんな騒ぎで、今日、やっと寮に戻ってきたら、自分の部屋から私物が全部消えてて、勝手にこっちの部屋に運ばれてた」

植木が小さな声で訥々と呟いた内容に、周囲の寮生はぎょっとした。


「え?じゃあ、誰が業者呼んだの?」

「……俺、海棠さんが、なんか業者の人に封筒渡してたの見たぞ」

「えええ、それは……」

周囲のもの達は言葉を失った。

本人の了承なしで、美少年を無理やり自分の隣の部屋に引っ越しさせるというのはさすがにない。


「お前、そんなところ見てたなら、その時点でおかしいと思えよ」

「いや、だって当然本人の依頼だと思ってたし……代理で直々にそんなことまでしてくれるなんて、いい人だなって思って見てたんだけど…まさか本人無許可とは」

「そもそも、事務室や寮長の許可がないと業者をいれて部屋移動なんてできないから、普通は問題ないと思うよな」

「寮長って、御形先輩ですよね?ちょっと話を伺ってきます」

「植木!話をしに行くなら、(ぶき)は持っていくな」

「誰か、先に寮長に知らせに行け」


「気持ち悪い。こんなの犯罪だと思う」

植木のコメントに、同情の眼差しが集まった。

「いや、さすがに犯罪ってのは言い過ぎじゃないかな?きっと海棠さんも君によかれと思ってしたことだよ。ほら、サプライズ……的な」

海棠ファンらしき生徒からフォローがはいる。植木は冷え冷えとした眼差しで、吐き捨てるように応えた。

「これさ、荷物全部だからそんな風にいうんだろうけど、考えてみてよ。留守にしている間に知らない人が部屋に入って、下着盗まれてるんだよ。勝手に盗んできた下着を自分の部屋の隣の空き部屋に保管して悦に入っている人って、世間一般では下着泥棒って言うよね?それが私物全部だよ」

あまりと言えばあんまりな話に、場の空気が凍った。

「でも、ほら、男同士で下着ドロもないだろう?」

「僕さ……」

生半可な女の子よりよほど可愛い美少年は沈鬱な表情でうつむいた。

「先週末、海棠さんからラブレター渡されたんだ。好きで気に入ったから俺のハーレムに入れって言われたんだよ……それでこれって、生理的にアウトなレベルで気持ち悪いよね」

植木の眼は死んだ魚のようにどんよりしていた。

「うええ?」

「ハーレムって……」

野次馬達はざわついた。

「海棠って彼女いたっけ?」

「ファンクラブはあるけど、あいつ皆のアイドルっていうポジションで特定の女の子と付き合ってはいなかっただろ」

「あれハーレム?違うだろ」

「お気に入りで固めてたって意味では、Sプロの幹部って……」

「ちょっと、止めろよ」

起きた事象だけみると、海棠が双子を切って、代わりに新しいお気に入りの可愛い子ちゃんを据えたみたいなのが最悪だった。


「いや、でもいいじゃないか。ここいい部屋だぞ。広いしきれいだし」

「2年生で一人部屋なんてなかなか贅沢じゃないか」

なんとかなだめようとする周囲の寮生達を、植木は睨み付けた。

「僕は犯罪者の隣で、身の危険を感じながら一人部屋に住むのは嫌です」

「まぁまぁ、そこまで言ってやるなよ。お前、それでも海棠とはそれなりに仲良かったんだろう?一昨日の生徒会長戦でツートップだったじゃないか」

「それなんだけど……」

植木は困惑した様子で口ごもった。

「僕、その件、全然納得いかないんだ。海棠先輩と会話したのは告白されたときだけで、それもかなり一方的に喋られて不快だった。仲がいいというのがどこからでた話かわからない。イベントではむしろ敵対してたと思ってるし。それに僕自身は生徒会長のリコールなんて考えたこともないよ」

「おいおい、お前、総大将だろ」

「……僕、昨日と一昨日の記憶がないんだ。一昨日、昏睡状態で養護教諭の先生に保護されて帰宅して、昨日は1日意識が戻らなかったらしい。呪術系魔術の影響らしいって聞いたんだけど全然思い当たることがなくてさ。呪術ってまだ授業でやってないし」

それは学校では絶対に教えないジャンルだと、周囲の魔術専攻生達は心中で総突っ込みした。

「クラスの友達は一昨日の朝、僕が普通に登校したところで、Sプロの人に呼ばれて連れていかれたのを見たのが最後だって言ってて……その朝の時点では僕は生徒会長のことなんて何も言ってなくて、その後はタブレットに連絡しても音信不通だったって……」

そもそもタブレットを入れたカバンごと行方不明で、どこにあるのかいまだにわからない、という話に周囲の寮生達は顔をひきつらせた。

「やべぇ、なにそれ」

「怖い。それはマジで怖い」


「そういや、植木。お前、川畑はどうしたの?お前らいつも一緒だったじゃん」

「そうだ。同室だろ?引っ越しの件もあいつが何か知ってるんじゃないか」

「ケンカでもしたのか?生徒会長戦でお前らがチーム別れてるの、凄い不思議だったんだけど」

野次馬の中の2年生組が声をかけると、植木はうつむいて涙ぐんだ。

「ケンカなんてしないよ」

美少年の涙にびびった寮生は、恐る恐る尋ねた。

「じゃあ、どうしたの」

「海棠先輩が……僕が川畑くんと仲良くしたら、川畑くんと彼女さんを苛めるって……」

海棠ファンを含む全員の頭が真っ白になった。


その時、廊下の向こうから凄い剣幕で川畑がやって来た。

※コメントはノリコさんの主観です。

……捏造ではないですよ。

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― 新着の感想 ―
改めて整頓するとスオウ本当碌でもないなw
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