実戦!精霊魔法
ご立腹の妖精王につれられて、城の庭園に出た。
「この庭園内なら、どこへ逃げても良いぞ」
「逃げるの前提かよ」
きれいに剪定された木々の間に、幻獣の石像が並んでいる広い庭園だった。
「あまり早く決着がついてもつまらぬからな。少しは楽しませてくれたまえ。10数える間待ってやろう。10、」
川畑は鞘に納めたままの刀を、妖精王の頭に振り下ろした。
「貴様~!」
「あと9待てよ。"約束"だろうが」
「~っ!……9、8」
逃げる……と見せかけて、妖精王の後ろに立っていた石像を、妖精王の背中に向かって押し倒す。
「ぐおっ!7、こんなことして、6、ただですむと、5……!」
妖精王にのし掛かった石像が、氷結、爆散する。拡がった力はすぐに反転し、爆縮した。
「ふおぉっ!?」
球状の氷の殻が妖精王を閉じ込める。
「散!」
声と共に氷殻はひび割れ、内から燃え盛る炎に炙られて、粉々に散って溶けた。
「ほら、次のカウントは5だぞ」
「どさくさ紛れにサバをよむな、2、1、0!覚悟しろ!!」
その身を赤い炎に包んだ妖精王は、文字通り烈火の如く怒って、周囲を見回した。
川畑の姿はない。
数歩進んだところで、凍っていた足元が溶けて、妖精王は泥水に落ちた。
さっきの妖精王の"授業"とテーブルの1件で、川畑は気がついたことがあった。
それまでは、机や城などは普通の物質であり、精霊力という別次元のエネルギーが重複して存在して、相互作用や幻覚が発生しているんだと思っていたのだが、そうではないらしい。
妖精王の言うとおり、"この世界は精霊力でできている"。
つまり、机や城といったこの世界すべてが精霊力のみでできており、川畑の体だけが異質なモノとして、自身の精霊力の座標に重複して存在しているのだ。
自分の意思で動かせるのが自分の体であり、自分の精霊力であるならば、自分の体の範囲と、自分の精霊力の範囲が同じだと思い込まなければ、どうなるか。
"それが、自らの力なら自分の意思を働きかけてやれば、思った通りになる"と王は言った。
魔力袋みたいな別次元の付属領域にいれたエネルギーを手から"外"に放出するのではなく、自分の精霊力の"手"を伸ばす、あるいは、周囲の精霊力を自分に同化させてやることで、通常物質の自分の体の枠を越えて、精霊力を操作することができるということだ。
つまり、その場に手を付けていなくても、地面の土の属性の一部を水属性に変えて泥水にし、上の薄い1層だけを凍らせることもできる。
「お楽しみいただけましたか?陛下」
妖精王が泥の中から顔を上げると、この大きな落とし穴を見下ろして川畑が立っていた。
川畑の口角が微かに上がった瞬間、落とし穴の泥水がすべて石化した。
「こんなことで炎の化身たるこの妖精王を閉じ込められると思うなよ」
炎そのものと化した妖精王は、石化した地面の中から浮かび上がった。
巨大な火球が川畑に向かって一直線に飛ぶ。
川畑の前に、大きな雪の結晶の形をした氷盾が現れ、火球の直撃を防いで四散した。
「あれを防ぐか」
今度は多数の火球が連続で飛ぶ。
川畑を中心とした一定の距離上で、火球は次々現れる氷盾に迎撃された。
「ずいぶん使うようになったではないか。余が直々に教えた成果だな」
火球の数と威力が増す。
「あのレッスンでここまでやってるんだ。誉めてくれ」
複雑な軌道をとりだした大量の火球にあわせて、手の平大の氷盾が出現し、追いすがり迎撃する。
「ヨハン某の家のネコよりも上等だ」
「やめてくれ。俺はあんなに器用でも、不死身でもない」
氷盾の結晶の尖った先が分離し、ミサイルのように尾を引きながら火球を追撃する。火球に当たり損なった分は融かされて雨のように降った。
「戦闘機の空中戦でどしゃ降りだ」
炎と氷の熾烈な攻防戦の中央で、川畑はずぶ濡れになって顔をしかめた。
「乾かしてやろう」
妖精王から熱風が放たれ、川畑の足元から炎とともに一気に吹き上がって、水滴と氷を上空に弾き飛ばした。
「ハハハハハ、死なぬ程度に燃え尽きろ」
妖精王は、全身を炎に包まれた川畑に向かって、悠々と歩を進めた。
深紅の炎の中で……川畑はぐっと顎を引いて、妖精王を見返した。
「インメルマンターン」
吹き上げられた氷盾が上空で矢じりのような形に変形し、日の光を反射しながら急旋回して、妖精王目掛けて一斉に垂直降下した。
「なにっ!?」
妖精王の周囲に氷の矢が降り注ぐ。
思わず上に気をとられた瞬間に、足元に突き刺さった氷の結晶が成長する。
「だから、炎たる我が身は閉じ込められぬと言ったであろうが!」
吠える妖精王を無視して大量の氷の矢が降り注ぐ。もうもうと上がった蒸気が収まったとき、炎になった妖精王の全身は、水晶の結晶のような形の、透明な石の中に閉じ込められていた。
「溶かされるからと、石に変えても無駄だ!さっきと同じでこんなものすぐに……」
生きた炎の姿が、石のなかで揺らめいた。
石はくすむことも、ひび割れることもなかった。
「な、なんだ?この石は……我が炎が封じられるだと?」
「この世界の何ものもその炎を止め得ない……とはいっても、よその世界には内に炎を閉じ込める石というのがあってだな」
散り消えた赤い炎の名残を払いながら、川畑は石の中の妖精王を見下ろした。
ワニのいた砂州の石の構造を再現した結晶の中で、妖精王はいささか窮屈そうに瞬いた。
「あーあ。せっかくの白木の鞘が燃えちゃったじゃないか」
川畑は鞘が燃え尽きて、刃のみとなった元・長ドスをかざした。
「待て、貴様。なぜ鞘が燃えて、貴様は燃えておらんのだ?」
「……規格が違うから」
「そんなバカな」
川畑は刀を振りかぶった。
「待て、待て!それは抜かぬという約束であろうが」
「俺は鞘から抜いていない」
「待て、待て、待て!
「なんだ?」
「降参だ。傷薬は渡す。刃を下ろせ」
「ありがとう。では、覚悟しろ」
「そんなバカな」
「降参は敗北条件だが、終了条件ではない。ついでに相手の降参による敗北イコール勝利でもない。そしてお前は、俺が勝たなければ、薬は渡さなくて良い条件になっていた。傷薬はもともと1つは俺用に貰うはずだったから、渡すといいながら俺に使えば、このままならお前は土産なしで俺を帰せるわけだ」
「ちっ、気づいておったか」
妖精王は炎の色をくすませた。
「だが、それで余を切り殺せばルール違反の上に、薬も手に入らなくなるぞ」
「もちろん、知っている。戦闘不能になるまで、死なない程度に力を削げばいいんだろ」
何の殺意もなく、一寸刻み五分試しでいたぶると言われて、妖精王は震え上がった。
「余は……永遠の炎だ。力が尽きることなど……」
「そのわりには、勝負の前に精霊力の回復薬がぶ飲みしていたな。あの杯の中身、仙桃の果汁が少し混ざっていただろう。味は薄かったが香りがしたぞ」
「んなっ!?何で、人間があれの香りや味を知ってるんだ!」
親切な人魚さんに貰って山ほどバカ食いしました。空腹に効いて、たいそう美味しゅうございました。
とは、さすがに言えなかったので、川畑は桃の味を思い出して、微かに口角を上げるだけに止めた。




