親には勝てない
駐車場に向かう途中で、ダーリングは振り替えって、校舎をを眺めた。
「全損したという話だったが、そうは見えんな」
「生徒会信任戦中で魔術結界が学校全域に展開されていたから、事前登録していた学校の設備、備品については、すべて復元できたんだってさ」
川畑は、自分も足を止めて、何事もなかったかのような中等部校舎を見上げた。今朝、登校してこれを見た時には、腑に落ちない詳細を突っ込みたい気持ちを押さえるのに苦労したものだ。
「便利だな。……その技術、軍事転用すれば戦争が一変するぞ」
「物騒なこというな。こういう緩い世界だからこそのご都合主義設定だ。バックボーンになる技術詳細や理論体系はないし、魔力・理力変換をしてもあっちの世界じゃ適用不可能だよ」
「そうか」
ダーリングは校舎を見ていた川畑の頭に手をのせた。
「しかし、貴様もこういう場所でそういう格好をしていると、くそ生意気なことを言っていても、ちゃんと子供に見えるな」
彼は嬉しそうに、わしわしと川畑の頭を撫でた。川畑は不貞腐れた顔をして、不満そうに眉を寄せた。
「そういうそっちは、なんでそんな格好でここにいるんだ」
「あのDとかいう時空監査局の男がやって来て、お前がピンチだといって、こんなものを渡してきたんだ」
ダーリングが取り出したのは、1枚の紙で、"保護者会のお知らせ"と書かれていた。
「な?意味がわからないだろう」
ダーリングは真面目くさった顔で頷くと、学校のお知らせプリントを畳んでしまった。
「お前が呪われて巨大化して大怪獣と格闘戦したせいで、学校が壊れて、先生に叱られそうだから、ややこしいことになる前に来てくれって言われたんだ。それ以上のややこしいことってなんだ?と考えたら頭痛がしたぞ」
最低な説明に川畑は胸が痛んだ。
「……なんで断らなかったんだ?」
「学校の転入時の提出書類では、保護者氏名に私の名前を書いたというから仕方なく来たんだ」
「そんなもの無視すればいいだけだろ!?」
「私はお前の身元保証人らしいからな」
ダーリングは川畑を見つめながら目を細めた。川畑はふいと横を向いた。
「いつも俺が行くと嫌がる癖に」
ダーリングは苦笑した。
「ちょうど休日だったし、仕事中や就寝中に突然連れ去られるよりは、マシだったから来たんだ」
「休日?あんたの仕事にそんな概念があったのか?」
「5年ぶりだ」
「まじでスミマセン」
川畑は心底申し訳なくて涙が出そうだった。
「まぁ、気分転換にはなっているから気にするな。協力してやるから、服や小物は恥ずかしくないものを用意しろといって全部提供させたんだがな。自分がこういうクラシカルな時代物のコスチュームを着る機会があるとは思わなかった。舞台俳優かなにかになった気分だ」
「たしかに俳優みたいではあるよ」
「やっぱり変か」
「いや、似合いすぎてる。その格好で先進国首脳会談に出席しても違和感がないだろうし、大統領選挙に出たら勝てる」
「星系元首はこんな格好はしないだろう」
「……いや、惑星内の話だけど」
「なんだ地方領主か。たしかに古風な風習が残っている辺境ならこういう服装のところもありそうだ」
ダメだ、この人、感覚が汎銀河だ……と川畑は悟った。よく考えたら日頃、彼が相手にしているのは、恒星系を束で扱う大物ばかりなのだ。
「その程度の人物にみせかける演技ができていたなら、問題なかったろう?」
「それでもここの高校の保護者会では、過剰スペックも甚だしいよ」
川畑はダーリングと連れだって駐車場まで歩いて来たところで、そこに停まっている車を見て呻いた。
「要するにあんな感じだ」
それなりの高級車の中で、銀色のハイパーカーは燦然と輝いていた。
「よう、お帰り」
運転席から出てきたのは、ジャックだった。
「なんだ、この車」
「いいだろう。ヴァレリアさんに調達してもらったんだ。ほら、この前、お前を迎えに行った時に"タクシー"に乗っただろう?実は俺、液体化石燃料車に乗ったのあれが初めてでさ。エンジン音が独特で面白いなと思って。とりあえず自分でも運転してみたかったから、個人が購入できる範囲で一番スピードがでる車を頼んだんだよ。なかなかいい感じだろ?」
「あー、なるほど」
そういえばジャックは、恒星間宇宙船をゴリゴリにチューンアップするスピードマシンおたくだったと思い出し、川畑は納得した。彼にしてみればこの世界の地上車なんて、どれ程のモンスターマシンでも、値段もスペックもたいしたことはないだろう。
「さすがにクラシカル過ぎて、買ってきただけの状態じゃ、いまいち色々足りなかったから、ヴァレリアさんにちょっとだけ改造してもらったんだ。やっぱりあの人、最高だな」
ご機嫌なジャックは、黒い手袋をはめた手で、嬉しそうに車を撫でた。
見た目通りかそれ以上の魔改造トンデモマシンであることが確定した車と、スピード狂の運転手の組み合わせに、川畑はドライブの誘いは断ろうと心に誓った。
御形伊吹は、頭を撫でられて照れ臭そうにしている川畑を、遠目から複雑な気持ちで眺めていた。"ダーリングさん"と異国の言語で話している川畑は普段より感情が顔や仕草に出ていて、比較的表情がある。しかも、自分や植木といったかなり親しい友人を相手にしている時よりも、大人げない……かなりガキっぽい態度が散見された。
「ああしてみるとよく似た親子ね」
意外なコメントに驚いて、思わず隣の母親の顔を見た。
「……親子じゃないらしいぞ」
「あら、そうなの?戸籍上はってことではないのかしら。お母様こちらの方で、彼はお母様似なのかと思ったわ」
「ええっ?」
伊吹はダーリングに足したら川畑になる女性の顔を想像しようとしたが、白いエプロンをした川畑しか出てこなくて困惑した。
「似てないと思うけど」
「お父様のが華はあるものね。でも、なんといったらいいのかしら、うわべじゃない中身というか、魔法的な部分も含む存在としての質感?はよく似ているわ。……底知れない感じで。それに雰囲気が地味なだけで見た目も似てるでしょう?あの子の目もお父様よりは暗い色だけど青いし」
「はぁっ!?」
伊吹は驚愕して、川畑の方を見た。もちろんこんな距離では目の色なんてわからない……というか、至近距離で正面から顔を見たことが何度もあるはずなのに、川畑の目の色の印象がない。基本的に彼は糸目のタレ目で、似顔絵を書くなら長方形にハの字という顔なのだ。
「あらやだ。気づいてなかったの?でも、そうね。あの子、たぶんあの目の色のことで何か言われること気にして、日頃から目を細めている癖が付いちゃっているみたいだから、面と向かって何か言っちゃ駄目よ」
伊吹は言葉が出なくて、口をパクパクさせた。
「伊吹。あなた、あの子に嫌われたくないんでしょう?まぁ、仲良くしていたらそのうち向こうからそういう話もしてくれるでしょう。それまでそっとしておあげなさい」
お前はガサツで鈍感だからと母親に貶されて、伊吹はそんなもん気づく方がおかしい!と切実に思った。
「あの"目立ちたくない"、"俺に関心を向けないで欲しい"って態度を改めたら、かなりいい男なのに勿体ない。お前もそう思うでしょう?」
「知るか!」
「いろいろ事情はあるご家庭のようだけれど、お父様も随分あの子には目をかけているようだし、優秀で良い相手であることは間違いないから、このご縁は大事にしなさい」
御形夫人は決定事項を命じる口調でそう言った。
「お帰りになる前に、一言、ご挨拶をしておきましょう」
伊吹は渋々、母親と一緒に、川畑とダーリングの後から駐車場に向かった。




