格差
学校の駐車場には、ずらりと高級車が並んでいた。黒塗りの運転手付き、なんていうのも多い。
缶コーヒーで一息つきながら、雑談で暇を潰していた運転手達は、すごいスピードで校内に入ってきた1台の車に目を剥いた。
「なんだありゃ」
「すげぇ……」
日頃心がけている丁寧な口調も忘れて、思わず素の感嘆の声が漏れる。
恐ろしく荒っぽい運転で乗り入れたその車は、あり得ない正確さでピタリと駐車スペースに停まった。
車高の低い個性的な流線型のボディ。明らかに一般車と違うエンジン音。底光りする銀色の車体は、どう考えてもラインの大量生産品ではあり得ない。
「ハイパーカー……実物は初めて見た」
スーパーカーのさらに上。とんでもない車道楽のための車である。
どこが開くのかパッと見では継ぎ目がわからないドアが開いた。
降りてきた人物を見て、運転手達は「ああ、こういう人がこういう車に乗るのか」と納得した。
海棠氏は往生際が悪かった。
音声や映像を、悪質なでっち上げと断じて、頑として認めなかった。
Sプロの生徒を何人か呼び出し、誘導尋問めいた方法で、有利な証言をさせ、小細工された電子データよりも、信頼できる身元の正直な青少年の証言の方が信憑性があるとのたまった。
"この人、警備会社も傘下に持ってたよな?いいのかな、こういうポリシーで"
"録音されてた息子の発言とゲスさ加減は同じだから、1本筋が通っているっていってもいいんじゃない?"
"信頼できる身元の正直な青少年って、伊吹先輩や俺は入らないのかなぁ"
"御形君はともかく、どの面下げて身元だの正直だの主張する気なんだか……"
"ヴァレさん、コメントがかなりなげやりです"
"あんたもさっきから退屈してるでしょ"
川畑はヴァレリアと静かに雑談して暇を潰していた。途中までは、かき集めた電子データを裏でちょこちょこ切り出して編集しては、御形に提供していたのだが、真っ向から否定されるので、今はその裏作業もやっていなかった。
話の矛先が植木に及ぶにいたって、川畑の弛緩していた思考は切り替わった。
海棠氏とSプロメンバーは、リコールそのものを植木の責任として、海棠の息子は巻き込まれただけという説を提唱し始めたのだ。
「聞けばこの植木という生徒、茅間家のご子息達に暴言を吐き、いざこざを起こしたことがあるそうではないか。挙げ句、そうやってわざと評価を落とした二人の後釜に収まって、うちのスオウにすり寄り、寮の部屋まで強引に隣に引っ越したというぞ」
海棠氏の口から語られる植木の人物像に、川畑は吐き気がした。
「おおかた転校したばかりで地盤のないこの学校で、手っ取り早く権力を手に入れるために、うちのスオウを利用しようとしたのだろう。あさましい」
ヴァレリアは、沈黙した川畑の様子をうかがってヒヤリとした。一見、表情も何も変わっていないが、魔女の目から見ると明らかに雰囲気がヤバい。
「その植木という生徒は、今日はこの場にはこれないのかね?」
「植木君は、その……先の騒動のため自宅療養中です」
吃りながら言葉を選んで返答する教師を見下して、海棠氏は嗤った。
「呪い返しでやられたのだろう。自業自得だ」
会議室内にざわめきが広がった。
「先生、これ以上、触れずにはすませれんでしょう?一昨日の騒動で、違法な呪術が使用されたことは、皆さんご存じだ」
海棠氏はたっぷりと間をとって、自信ありげに断言した。
「その犯人が植木という生徒だ」
ミシリ……と、会議室の扉や窓枠が軋む音がした。
小さなラップ音など気にかけず、海棠氏は自説を展開した。
「呪術弾だのテイザー銃だの、馬鹿馬鹿しい話が先程出ていましたが、もし本当にそんなものが学校に持ち込まれていたのなら、恐らく入手元はこの生徒でしょうな」
あるいは……と、彼は川畑に目線を送った。
「そこの君、どうした?顔色が悪いぞ」
海棠氏は嫌な笑みを浮かべた。
「君はこの植木君と同室で親しかったそうじゃないか?……実は、君が裏で手を回して、植木君にやらせたんじゃないのかね?」
植木の履歴書は時空監査局が正規に作成したものだ。身元も経歴もそれなりにきちんとしている。帽子の男がコネであとからでっち上げて突っ込んだ川畑のそれよりはまともだろう。少し調べたのなら、切るべきシッポはどちらか、自ずから答えが出るはずだ。海棠氏はそういうところはきっちり見定める男のようだった。
データや証拠品では引く気のない、権力さえ勝っていれば、そんなものはどうとでも捏造できるという自信がある男を前に、身寄りの不確かな川畑の立場はあまりに不利だった。
助け船を出そうとする御形を、身ぶりで軽く制して、川畑は海棠氏に答えようと口を開いた。
その時、ノックの音がして、会議室の扉が開いた。現れた人物に会議室内の全員の視線は集中した。
「え……なんで」
おそらく一番驚いていたのは川畑だった。
その壮年の男性は、ダークグレーのスーツを着ていた。間違いなくオーダーメイドの上質なもので、靴や時計にも隙がなかった。しかし単なるビジネスマンというには、彼は体格が良すぎた。ドイツ系アメリカ人といったところだろうか。アメコミヒーローもかくやという体型で、軍人のように姿勢がよい。短く整えられた銀髪には、所々金色が混ざっており、瞳は紺碧。しかも、年齢で渋味が加わった男性的な正統派二枚目で、映画俳優が薄っぺらく見えるほどの魅力と、とてつもないカリスマ性のある人物だった。
太陽が昇ると、月や星が霞むように、彼が部屋に入ってきただけで、海棠氏を始めとする名家の社長、重役のお歴々は凡庸な一般人に成り果てた。
彼は、何語かわからない言語で、二言三言ほど川畑とやりとりした。どうやら「どうしてきたんだ!?」とかそういうところのようだ。それは明らかに身内同士という雰囲気の会話で、この二人が近しい関係にあることを示していた。
川畑を黙らせた男性は、呆然としている一同に向き直った。
「遅くなりまして大変申し訳ありません。うちの愚息が何かご迷惑をお掛けしたという連絡をいただいて参りましたが……よろしければ詳細をお伺いしても?」
魅惑のバリトンボイスで語られる言葉は流暢で、とりあえず賛成!はい喜んで!と返事したくなる麻薬的な何かが含まれているとしか思えなかった。
「(これが"ダーリングさん"か)」
御形伊吹は、この頼りがいの権化のような男性が、川畑の保護者であることを一目で確信した。
「(ダメだ。これには勝てん)」
明らかにここにいる人間とは、潜った修羅場の数も質も桁違いの大物だった。
そこからあとはダーリングの独壇場だった。自然に議事進行役に収まった彼は、穏やかに聞き手にまわりつつ、無駄な枝葉を払い、脱線を許さず、理路整然と事実確認を行って話をまとめた。
気がつけば彼は、あれほどギスギスしていた場から、謝罪と和解と今後の展望と具体的な対応策を引き出していた。
「では、お忙しいところお時間いただきありがとうございました」
桐生院会長や神納木家当主を含む関係者各位とのリモート通話を終了し、ダーリングは会議室内の人々にも、締めの挨拶を促した。
その手腕に呆然と流されていた出席者の一人が、最後に彼に「お仕事は何を?」と質問した。
「国家間の安全保障に関する仕事をしております」
「が、外交官でしょうか?お勤めはどちらで?」
「どうでしょう。任地と職務の詳細は機密事項にあたるため公表できません」
にこやかに業務上スマイルを浮かべて、そう言ってのけた英雄殿に、その場の全員がドン引きした。
歴史的な星系間戦争を和平に導き、彼が死ぬと銀河系文明が崩壊すると時空監査局に言わしめた"銀河の英雄"を、学校の保護者会に出席させてしまったことを、川畑は非常に申し訳なく思った。
投稿1周年です。
お付き合いいただき誠にありがとうございます。
我ながらよく黙々と続いたなと思っております。
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